「活字っていうのも、正業みたいに思われてるけど、字が残るから危険な商売で、また危険なことを書かなきゃ、面白くもなんともないんです」。「最後の無頼派」と呼ばれた作家の色川武大が生前、雑誌の対談で語っている。
▼活字に限らず、およそ言葉を生業(なりわい)としているなら、誰もが思い当たるふしがあろう。劇作家で演出家の平田オリザさんも、例外ではないはずだ。しかも現在は、内閣官房参与という立場で、鳩山由紀夫前首相の所信表明演説作成にもかかわった、より「危険な商売」に就いている。
▼その平田さんの発言が波紋を広げている。ソウル市での講演で飛び出した。福島第1原発事故への対応で、放射能汚染水を海に放出したのは、米政府の要請を受けたものだった、というのだ。
▼菅直人政権では首相や周辺から、これまでも失言や不用意な発言が相次いできた。今回は、細野豪志首相補佐官らが、平田さんの「勘違い」だとして、収束を図ろうとしている。もっとも、国際社会で日本の信用を失いかねない失態である。そんな言い訳は通用しない。
▼「せめて漢字をきちんと読んでくれ、せめて酩酊(めいてい)状態で記者会見しないでくれ」。平田さんは2年前、朝日新聞への寄稿のなかで、当時の麻生政権を批判している。それに倣えば、「せめて外国で、風評被害のタネをまき散らさないでくれ」と言いたい。
▼阿佐田哲也の筆名で賭博小説を手がけた色川は、冒頭の発言をこう続ける。「他人はすべて読者を含めて敵っていうか、少なくともバクチの相手として凌(しの)いでいこうとすると、これはバクチ打ちの神経ですよね」。国難を必死で凌ぐ。政府の要人に、そんな覚悟が決定的に欠けている。