【産経抄】5月13日 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







すぐれたミステリーには、無実の登場人物の疑惑を強調したり、誤った手がかりを与えたりして、読者の目を真犯人からそらす仕掛けが、織り込まれている。これを英語で、「Red Herring」(赤ニシン)という。独特の匂いを放つ薫製ニシンのことだ。キツネ狩りの猟犬に獲物の匂いと嗅ぎ分けさせる、訓練に使われたという。

 ▼千葉県房総半島沖で平成20年2月、海上自衛隊のイージス艦と漁船が衝突し、漁師の父子が亡くなった。この事故で横浜地裁は先日、あたごの当直士官2人に無罪を言い渡した。事故の関係者は赤ニシンの匂いに惑わされたのではないか。判決は、そう問いかけているように思える。

 ▼匂いの正体はもちろん、自衛隊に吹きつけていたバッシングの嵐である。わずか7トンの漁船と、最新鋭の機器を備えた7750トンのイージス艦。大方のメディアは、事故発生当時から、前者を善、後者を悪と決めつけていた。それから1年半後に政権交代が実現し、やがて自衛隊を暴力装置と呼ぶ官房長官がお目見えする。

 ▼もっとも、元米国防総省日本部長のジム・アワーさんのところまで、匂いは届かなかったようだ。小紙への寄稿のなかで、自衛隊に対する感情的な議論をいさめた。なぜ操作のしやすい漁船の方が、進路をはずれようとしなかったのか、との疑問ももっともだった。

 ▼事故から約1年後に出た海難審判の裁決は、あたご側の見張り不十分が主因と結論づけていた。それとは正反対の判決を、直後の夕刊で各紙がともに1面トップで取り上げたのは当然だ。

 ▼ただ翌日の朝刊やテレビの報道では、くわしく分析した報道は見当たらない。さすがに、ばつが悪かったとみえる。