【主張】
東日本大震災の激震地のひとつ、宮城県石巻市で80歳の祖母と16歳の孫が9日ぶりに、倒壊した家屋から救出された。
孫は体温が28度まで低下するなど弱っていた。文字通り「奇跡の生還」である。厳しい避難所暮らしに耐えている被災者だけでなく、困難と闘う列島の人々すべてに希望を与える朗報だ。
11日午後、2人で食事中の阿部寿美(すみ)さんと高校1年の任(じん)さんを激しい揺れが襲った。家は倒壊し、津波に流された。2人はかろうじて残った2階台所の空間に身を置き、冷蔵庫にあったヨーグルトや菓子などを分け合って食べ、命をつないだ。
そして20日、任さんが子供が通れるほどの隙間を見つけ、屋根裏を突き破って屋根にはい上がった。声の限り助けを求めていたところを、周囲を捜索していた石巻署員に発見されたという。
任さんは普段は仙台市に住んでいるが、11日は試験休みを利用して寿美さん宅を訪れていた。署員には、寒さで震えながらも「家の中におばあちゃんがいる」と必死で訴えた。
地震でがれきなどの生き埋めになった人の生存率は、72時間(丸3日)を過ぎると1割を切るといわれている。平成7年の阪神・淡路大震災では5日目までは救命例があり、16年の新潟県中越地震では、土砂崩れ現場から92時間ぶりに2歳男児が救出された。
任さんは震災直後、一度だけ携帯電話で家族と連絡が取れたが、大津波で阿部さん宅は大きく流されており、家族や警察もどこにいるかが分からなかった。さらに氷点下の寒さも加わり、2人の217時間ぶりの生還には、専門家も驚きを隠さない。
今回の震災の死者・行方不明者は、21日現在で2万人を超え、戦後最大の自然災害となった。かろうじて生き残ることのできた人々も、避難所などで、つらい暮らしを強いられている。
寿美さんと、「おばあちゃん子」の任さんをつないだ絆が、2人に奇跡をもたらした。
「芸術家になりたい」。任さんは救助にあたった警察官に、将来の夢をこうもらしたという。大震災から生還した体験を生かし、ぜひ実現させてほしい。
そして東日本の復興も、任さんらの若い力に後押しされながら進んでゆくと信じたい。