【東日本大震災】
【ワシントン=古森義久】東日本大震災の被災者の救援には米軍も参加しているが、仙台近くの沿岸で活動している米海軍第7艦隊の駆逐艦「マスティン」乗り組みの士官がその救援活動の模様を伝えた報告が17日、明らかとなった。
マスティンは13日に横須賀を出航し、本州東部を北上して宮城、福島両県海岸部の沖での活動を開始した。その報告の主要部分は以下のとおり。
いま本艦は仙台近くの海洋にいるが、陸上から流されてきた家屋などの破片や遺棄された漁船の船体や貨物などものすごい分量の漂流物が目立つ。私がそこから感じるのは悲劇と希望だ。周辺の海域は漂流する墓場だともいえる。人間の生活や生命の無数の破片が水に洗われているのだ。
一方、海岸近くでは生存者たちが物資の不足と冷寒の天候と戦っている。今朝は雪も降った。私たちは陸上で道路や線路を切断されて、一般の救出活動からは隔離され、孤立していた人たちを救うことができた。本艦のヘリコプター群は休みなしに飛行し、陸の被災者たちに食料、水、衣服、毛布などを供給した。
マスティン艦内では乗組員から衣類や現金の寄付を募った。その結果はすごかった。発進していくヘリはどれも大量の物資を積んでいた。状況がもっとわかっていれば、基地からもっと多くの物品を持ってきただろう。私自身も艦内で自分のロッカーを調べ、すべての下着などの衣類やタオル、靴下、毛布などを提供した。乗組員のみんなが最大限の寄付をしていた。
放射能の危険はメディアが伝えるほどではないという。だがいかなる汚染も避けるために必要な予防策はとった。本艦の位置や航行の方向についても、そのための最大限の注意が払われている。原発でメルトダウンが起きれば、危険が増すのは当然だが、いまはまだないという。
次の日は午前2時から7時まで偵察の任務となった。本艦のヘリは陸上で孤立し、屋上にSOSの表示の出た病院に着陸した。200人ほどの患者がいて、物資を緊急に必要としていた。私たちは食料、水、衣類、毛布などを提供した。