~ Literacy Bar ~

ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。


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エラム「……私が……賊を……目的の場所へ案内してしまった……」

 

魔導士の囮にされて、ヴァフリーズの密書を奪われてしまい、恰も原作最終巻を読んだ読者の如き絶望のズンドコに叩き落されたエラム。少しネタバレになりますが、奪われた密書はナルサスが魔導士を誘き出すために用意した真っ赤な贋物なので、取り敢えずは大事に至りません。尤も、魔導士の囮にされたと思っていたら、実は自分を囮に使っていたのは主人のナルサスであったのは、それはそれでエラムにはショックでしょう。魔導士に騙されたうえ、ナルサスにも欺かれていたと知ったら、暫く立ち直れないのではないでしょうか。『軍師を目指すのであれば、身内の言葉も疑ってかかれ』というナルサスなりの愛の鞭かも知れませんが、上司の命令を頭から疑ってかかる心構えでは、イザという時の命令伝達に支障を来すように思います。それほどのリスクを背負ったドッキリの報酬が魔導士の腕一本。ナルサスにとっては些か効率の悪い計略に終わったようです。まぁ、腕一本失ったうえ、贋物の密書を掴まされたサンジェが一番可哀相ではあるのですが。

 

サンジェ「尊師……尊師……! 密書はたしかに手に入れました。直ちにエクバターナへお届けいたしますぞ……!」

 

と意気揚々と帰還したものの、いざ、封を開けると『ハズレ』とか書いてありそう。何かバラマキクイズみたいな密書だな。そんな今回のポイントは2つ。白い悪魔が来襲しているので、時間取れないのよ~。

 

 

1.藤竜也ではない

 

ギスカール「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛ !゛!゛!゛!゛!゛」(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!

 

ボダンに破壊された用水路の修理が遅々として進まないうえ、労役を嫌った将兵の脱走まで頻発するという事態にプッツンしちゃった王弟殿下。流石に漏らしていないとは思いますが、何もかも投げ出して楽になってしまいたいという心境には違いないので、精神的には既に漏らすことを許容しているといえなくもありません。あとは身体が正直になるのを待つだけですね。

脱走したルシタニア兵は『こっそり国に帰ってしまおう』と話していましたが、地元に戻ったら、脱走の罪を問われたりはしないのでしょうか。尤も、ルシタニアは動員兵力の割に土地が貧弱で、法整備やインフラも不充分な御国柄ですから、戸籍調査はザル同然なのかも知れません。分不相応な占領地を持った国は大抵の場合、抱え込んだ国土を保持できずに自滅するのは古今東西の歴史の鉄則ですが、ルシタニアも例に漏れないようです。

 

 

2.逆スケキヨ的な?

 

サンジェ「~~~~~~!(ビグンビグン

 

ナルサスに左腕の肘から下を持っていかれたサンジェ。切断面も腕のド真ん中に骨という類の漫画的な表現ではなく、尺骨と橈骨の二本がリアルに描かれている分、なかなかにエグイ構図になっていました。グロ注意! グロ注意! 更にエグイのはナルサスの膝を踏み台にしたギーヴによるシャイニング牙突。御丁寧にも左手で柄尻を押さえることで剣の貫通力をあげています。上記のように結果的に密書の強奪に失敗したことで、魔導士の中でも低く見られがちなサンジェですが、ナルサスとギーヴの両名の本気の剣から逃げ遂せた戦闘力は高く評価されるべきかも知れません。惜しむらくはリベンジの際に毒手という『磨いた五体以外の何ものかに頼みを置く性根の腐った技』に奔ったことでしょう。片腕でも地行術のほうに磨きをかけたほうが勝ちの目は高かったのではないでしょうか。

その地行術。冷静に考えると天井に戻る際に腕のほうが残る態勢というのは些か不自然です。頭から戻るのでしたら、普通は足が残るんじゃあないでしょうか。或いは天井からブラ下がる格好で水槽の中を探っていたのかも知れません。それはそれでもっとマヌケなポーズではありますが。

 

 

 

 

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感想記事を書くために何度か読み返しているうちに、本作の樊噲がドランクドラゴンの塚地に似ていることに気づきました。詳細は『西郷どん』のHPを御参照下さい。髭を生やしたら随分と似ていると思いませんか? いや、そうだからといってドーダコーダいうつもりはありませんが、以前の感想記事で樊噲=ゆるキャラ説を唱えた身としては、結構イイ線突いていたなとの自画自賛の気持ちで胸が一杯です。ストーリーとしては張良の援軍が増えた以外は概ね先月号と同じなので、感想記事は短め。ポイントは4つ。

 

 

1.ぬしの名は

 

劉邦「あいつ……何だっけ、軍師のとこの若いやつ」

 

黄石が『丈夫』と評したことからも判るように相当使える人材にも拘わらず、劉邦に名前を憶えて貰っていないことが判明した林秀。少なくとも、盧綰よりも使い勝手がいい人材の筈なので、少し可哀相。尤も、林秀の実務処理能力と情報伝達技能は張良のように好んで諜報を用いる人材に仕えてこそ、その真価を発揮できる訳で、自分の力量では彼の才能を使いこなせないと判っている劉邦はムダなメモリーを使わないのかも知れません。人材とは自らが用いるばかりが全てではなく、人材同士の繋ぎ方も重要。曹操に呂布は使いこなせないが、劉備は呂布を手懐けられる。つまり、劉備を介して呂布を飼いならせばよいと考えた蒼天版郭嘉のような発想です。まぁ、郭嘉が白馬の戦いでブチぎれたように曹操の何時もの気まぐれで実現はしなかったんですけれども。

 

 

2.一種のフラグ

 

劉邦「あいつら失って、わしは再起できるか? 沛の鼻つまみ者だったわしを沛公なんぞと立ててくれた昔の仲間を捨てて、この後、何が出来るって言うんだよ」

 

黄石に『愚』なれども『龍』と評される所以を発揮した劉邦。『生命は大切にするのがいい……が、たまには嘘でもハッタリでも生命を賭けてみせないと誰も惚れちゃくれない』というファンの金言を思い出します。尚、史実……特に対項羽戦では何度も味方を見捨てて逃げるのですが、それは先の話としておきましょう。そもそも、今回の話でも、

 

劉邦「『ふり』でいいんだよ。わしがちょいと前に出りゃ、樊噲は必ずもっと前に出る」

 

と味方をチョロく扱っている訳で、劉邦のタチの悪い人誑しの所以も伺わせています。

 

 

3.魔術

 

張良「人は予見すれば安心し、実像を小さく見る……しかし、予想を超えた時には逆に遥かに大きく見える」

 

前回の会戦と真逆に、本当に万単位の援軍を率いて来た張良。それでも、総兵力では楊熊のほうが上でしたが、一度『虚』と見た攻撃に『実』があった時の衝撃は計り知れません。単純な正拳突きも躱せなくさせるイグナシオのマジック理論に近いものがあります。

しかし、そうはいっても、今回も楊熊は油断し過ぎ。前回の戦闘と同じく、事前に諜報の網を広げておけば、今度こそ万単位の軍勢であった張良の動きも捕捉することができた筈。張良の作戦勝ちというよりも、前回の敗戦に何も学ばなかった楊熊の自滅と評すべきかも知れません。まぁ、そのほうが秦軍にとっては深刻な事態といえるでしょうけれども。国が亡ぶ原因は敵の勢いよりも、味方の自滅のほうが遥かに多いからね。

 

 

4.フクザツ

 

張良「章邯が打てる手……の微かな希望が楊熊……いえ、趙高よりの援軍によって、この大乱が収まった……という形式上の大功を趙高にもたせる」

 

なるほど、わからん!

 

鉅鹿の戦いから引っ張ってきた章邯の思惑。勝とうと思えば何時でも勝てたけれども、趙高に功績を譲るために援軍を待っていたということでしょうか。全く判らないではないですが、些か込み入り過ぎ。少なくとも、ここまで引っ張るネタではなかったと思います。作中で劉邦にも無理だろと突っ込まれていました。そういや、劉邦も晩年は老害化の挙句、家臣を粛清しまくるんだよなぁ。今回、章邯の思惑を甘いと断じたのは後年のフラグ……なのか?

 

 

 

 

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~某ネフ司令室~

 

ンドウ「……………」

与力(プラグスーツ)「…………」

碇ゲドウ「……………」

与力(プラグスーツ)「…………」

碇ゲン「……貴様に重要なことを伝えておく」

与力(プラグスーツ)「」ビクッ

 

碇ゲンド「新劇ヱヴァの完結編は今年も公開されない」

与力(プラグスーツ)「うるせぇよ」

 

以上が二〇一八年の初夢でした。

 

『絶対に笑ってはいけないネフ24時』的な初夢で幕を開けた二〇一八年。皆さん、改めまして、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

何か本当にテレビやアニメの見過ぎで、色々と手遅れになっているんじゃあないかと思える初夢でしたが、これでもここ数年ではマシな内容なのが怖い。単純に予知夢としても、ほぼほぼ当たるでしょうからね。ちなみにプラグスーツはシンジ君のものと同じデザインでした。レイやアスカのものを着ていたら、激しい自己嫌悪と興奮を覚えたことでしょう。私の深層心理は願望よりも理性を優先したといえます。昨年はギリギリチョップな精神状態が続きましたが、ひょっとして、まだまだ余裕ある? 尤も、精神面は兎も角、物理的なスケジュール面は公私共にイッパイイッパイなので、今回は単品記事にする予定であった年末年始の視聴作品をまとめて書こうと思います。

 

 

1.大河ドラマ『西郷どん』第一回『薩摩のやっせんぼ』超簡易感想(ネタバレ有)

 

島津斉彬「ここで見たことは誰にもいうな。もし、喋ったらヌシらの生命はない。一人残らず、錦江湾のフカの餌にしてやる。判ったな?」

西郷小吉((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

タダのヤザじゃあないですか。

 

まずは昨年の大河ドラマの総評も終わっていないことを遠い棚にあげて、今年の大河ドラマの感想。昨年の忘年会で『西郷どんに期待すること』を尋ねると、参加者全員が失笑を漏らしたこともあり、殆ど期待せずにいましたが、実際に第一回を見ると非常にコンパクトにまとめてきたという印象を受けました。麗しき郷里、貧しくとも暖かな家族、少年たちの『スタンドバイミー』的な大冒険、未来の配偶者&師匠との邂逅……といった具合に、如何にも平成以降の大河ドラマの第一話の最大公約数的な内容。色々と突っ込みどころは多いものの、初回から目くじらを立てるのも何だかなぁという気分にさせられる第一話でした。

ただし、第一話をコンパクトにまとめてきた大河ドラマは(あくまでも私視点で)大コケするのも事実。自分の黒歴史を晒すようで恥ずかしいのですが、あの『GO』も『花燃ゆ』も第一話を見た時は、

 

綺麗にまとまっているじゃないの?

 

みたいな感想記事を書いた覚えがあります。逆に『八重の桜』や『真田丸』の初回感想は今読み返すと意外と辛口なのよね。第一話から最終回まで、一貫してダメ出し感想で終わったのは『ぼんくら官兵衛』くらいでしょうか。あれ、ほんまひで。

まぁ、初回をコンパクトにまとめていた大河ドラマがコケる理由は明瞭で、コンパクトさとは売りのなさに繋がります。炎尾燃の言葉ではありませんが、一流というのはズバ抜けていいところもあるが、ズバ抜けて悪いところもある。しかし、兎に角、ズバ抜けたところがないと印象に残る作品にはならない。これは制作陣の作品に対するコダワリと言い換えてもよいかも知れません。そして、他人に何をいわれようとも、俺たちはこういうものを描きたいという確固たるコダワリがないと、一年の長丁場になる大河ドラマは乗り切れない。その意味で『西郷どん』が小綺麗にまとまっているものの、確たる推しが殆ど見られなかったのは、逆に不安材料といえるでしょう。

尤も、全くズバ抜けたところがない訳ではありません。その筆頭がナベケンの島津斉彬。『翔ぶが如く』の加山斉彬という至高の斉彬を知る世代(ちなみに同作の高橋三郎も至高)にとっては、正直、他の誰が演じても納得できないと思っていたのですが、本作では名君・島津斉彬の通俗的なイメージよりもナベケン色が前面に出ており、しかし、それが逆に納得できたというか。加山斉彬を越えるためには脚本や演出ではなく、俳優の存在感を以て対抗するしかないとのスタッフの狙いが奏功したと思われます。コンパクトさ重視の本作では珍しい尖った部分になっていました。視聴者の印象に残る場面。純粋にネタにして楽しめる箇所ですね。思えば、ナベケンの出世作『独眼竜政宗』で勝新が演じた秀吉もタダの勝新でしたが、あれもあれで反則級の大正解でしたので、今回ナベケンに求められているのも、それと同じものではないでしょうか。

逆にアカンかった点はイトの存在。第一話から主人公と接点を持つ意味が全く判らん。そりゃあ、史実で接点がなかったとも思えませんが、現時点でイトが出てきて、物語にプラスの影響があったかといわれると全力でNOと答えざるを得ません。今回のストーリーにイトがいなくても話は通るよね。そもそも、公式HPでの『大久保=片思い⇒イト=片思い⇒西郷』という人物相関図が非常に納得いかない。

 

イト =片思い⇒ 西郷 ⇔ 相思相愛 ⇔ 大久保

 

こうでしょ? 脚本家の『BL路線でいきます』という事前の宣言はどこにいったのやら。いや、別にBLとか衆道とか悪左府とか帝国軍の双璧とかいう話は措くとしても、西郷と大久保という日本史上稀にみる名コンビを、女性を巡る三角関係みたいな矮小な枠に閉じ込めて欲しくない。予告を見ると西郷と於一とも何かあるみたいだけれども、歴史好きが大河ドラマに期待するのはそういう話じゃあないから。

そんな訳でコンパクトにまとまっている割に……というか、まとまっていたからこそ、不安要素が先にたつ今年の大河ドラマ。次回以降の感想記事は未定。まぁ、やる気以前に『直虎』の総評を先にあげないといけないからなぁ。

 

 

2.『風雲児たち ~蘭学革命(らんがくれぼりゅうし)篇~』感想(ネタバレ有)

 

ナレーション「これは大河ドラマではない。よって、時代考証は大ざっぱである。ただし、二百五十年前、こんな感じのちょっと変わった男たちがいたころだけは、紛れもない事実である」

 

初っ端のナレーションから飛ばし過ぎだろ。

 

企画発表の段階から全国の三谷ファン、或いは『真田丸』フリークが待ち続けていた作品……ですが、正直に申しあげると私はそんなに期待していなかったのですよ、ここだけの話。原作は折り紙つきの面白さ&三谷さんの力量があるとはいえ、色々な意味で分量が半端ない作品なので、単なるダイジェストドラマで終わる危険性も充分に在り得た。ぶっちゃけると6:4でしくじるんじゃあないかと思いまして、当日は感想記事の優先順位を慮り、本編の後に放送された『相棒』元日SPを先に見たくらいです。本編が始まってからも、漫画的表現に寄せた腑分け人の登場シーンとか、ナレーションによるフルヘッヘンドに関する玄白の手記への突っ込みとか、高山彦九郎や林子平といったチョイ出のゲストキャラクターの場面とか、如何いう手法で物語を進行しようとしているのかがイマイチ掴めず、前半は、

 

「何て取っ散らかったドラマだろう」

 

と思いながら見ていました。

しかし、中盤以降、それらの伏線が早期の出版を目指す玄白と翻訳の完成度を追求する良沢の対立軸に集約されてから、物語にグッと惹きつけられましたね。先述のように原作はメチャクチャ長い(蘭学編にかぎっても相当分量がある)ので、何処を山場にするのかと思いましたが、〆切とクオリティの鬩ぎあいに焦点を絞ってきたかぁ。これは『ラヂオの時間』や『笑の大学』などに代表される三谷さん御得意の分野なので、面白くならない訳がない。納得できない翻訳で出版する以上、自分の名前を出さないで貰いたいと良沢がブチぎれるシーンは、

 

鈴木みやこ「最後に私の名前呼ぶのやめて下さい! 『私の台本じゃない』っていって下さい!」

 

と脚本家がブースに籠城する『ラヂオの時間』を彷彿とさせました。

更にいうと今回の良沢と玄白の対立は原作や三谷さんの作家性に留まらず、現実の医学や化学の分野でも往々にして発生する問題ですね。一度、提唱された学説の過誤は、それが偉大なものであればあるほどに訂正は困難になる。この辺は『フランケンシュタインの誘惑』で何度も取りあげられています。目の前の十人を助けることはできても、将来の誤診で百人の生命を喪うことになるかも知れないことを考えると、自己満足の我儘に固執している&玄白に痛いところを突かれて逆ギレしたように見えた良沢の姿勢は、実は医師としては正しい在り様なのです。勿論、玄白の言い分も間違っている訳ではない。否、後世の嘲弄を恐れる良沢の心底を見抜くほどに正しかったからこそ、両名は決別せざるを得なかった。あんなに一緒だったのに夕暮れはもう違う色。こういう対立軸、狂おしく好き。

主要キャラクターも全員が全員、ハマリ役のオンパレードという神配役。個人的には中川淳庵推しですかね。『真田丸』の兼続とは似ても似つかない、気弱で篤実で、しかし、良沢と玄白の間を取り持つ人間関係の結着剤の役割を果たしていました。原作を読んだ時には益岡徹さんのイメージでしたが、村上新悟さん、イケるやん! 『真田丸』的には田沼意次がタダのスズムシかというレベルのスズムシっぷりでしたが、もっと笑えたのは良沢の妻・たま子さん。死の床で夫と玄白の和解を促す件は普通に泣けるシーンなのですが、何せ『真田丸』のおこうさんのイメージがあるので、どんなにゴホゴホ咳き込んでも『騙されるな、良沢! この人は@四十年くらい生きるぞ!』と一人でツボッてしまった。

唯一の欠点は元日早々、このレベルの作品を見てしまった所為で、今年の作品批評のハードルが爆上げされてしまったこと。今年のベスト10記事は激戦必至になりそうな予感。

 

 

3.『決戦! 鳥羽伏見の戦い ~日本の未来を決めた7日間~』感想

 

ナレーション「大砲といえども、当たらなければどうということはない!」

 

池田さんにいわせたかったんだね。

 

尚、Z冒頭のグリーンノア潜入時には生身に銃弾を食らった模様。まぁ、クワトロ時代は色々と迷いがあったからね。仕方ないね。

さて、こちらは年末に放送された明治維新百五十年記念番組の一つ。録画予約の段階では大して期待していた訳ではなく、全体のクオリティも辛うじて及第点レベルの内容に留まりましたが、上記の池田さんナレーション(『花燃ゆ』繋がり?)を筆頭に、細かいところで妙に印象に残る番組でしたので、話題性では上記二作品に及ばないのを承知で併記しようと思います。

まず、鳥羽伏見の戦いは旧幕府軍圧倒性優勢であったことを懇切丁寧に描いていたのが高評価。大抵の歴史劇では会津兵や新撰組を中心とした近接戦重視の旧幕府軍が薩長軍の最新鋭の重火器の前に成す術なく斃れる様子が描かれますが、実際は旧幕府軍も薩長軍を上回る武装を整えており、視聴者に重火器の性能の違いが戦力の決定的差でないことを教えてやるという姿勢が制作陣から見て取れました。実際、番組でも取りあげられていた大鳥圭介の伝習隊は、当時の日本最強の武装と練度を誇っていたのになぁ……まぁ、倒幕さんサイドに大村益次郎&奇兵隊とかいう完全上位互換がいたから仕方ないのですが。

また、単純な武装のみならず、戦略的な旧幕府軍優勢に触れたのも大きい。特に海軍が大阪湾の制海権を掌握することで、京都に籠る薩長軍を干乾しにする、つまり、無理に戦端を開かずとも、戦わずして勝つ戦略を旧幕府軍は有していた訳ですね。そして、それほどの戦略的優勢にありながら、何故、旧幕府軍が敗れたのかも、なかなかに興味深かった。薩長軍は西郷=軍略、大久保=戦略、岩倉=謀略に専念していたのに対して、旧幕幕軍は政治、軍事、謀略の役割分担が曖昧な状態で戦争に突入してしまったため、戦況が優位な時にも政治的配慮から追撃を渋るといった具合に、目まぐるしく変化する戦局に対応できなかったようですね。尤も、薩長軍は戦略的不利の局面を打開するためにハナから戦を仕掛ける計画であったのに対して、朝廷に弓引く形となった旧幕府軍の指導者は徳川慶喜にせよ、滝川具挙にせよ、戦争と講和、双方の可能性を常に天秤にかける必要があった訳で、これを旧幕府軍の失策とするのは些かアンフェアでしょう。特に徳川慶喜。本作でも彼の立場で鳥羽伏見の戦いを振り返ると、

 

無能な味方は敵より怖い

 

ことがよく判ります。上記のように無理に戦端を開かなくても四分六で勝てる戦略を練りあげたにも拘わらず、それを理解しない部下が勝手に戦って、勝手に負けたのですから、そんな連中を置き捨てて江戸に帰るのも道理というもの。そんな慶喜を演じる半田健人さんがド嵌りでした。自分の戦略を理解できない部下に対する不貞腐れた態度や醒めた視線とか、マジ徳川慶喜。私の中では『八重の桜』の小泉慶喜を抜いて、歴代暫定二位(一位は『翔ぶが如く』の三田村慶喜)。『西郷どん』でも是非、登板を希望!

 

 

 

 

 

 

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