~ Literacy Bar ~

ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。


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遂に次号で最終回を迎える『修羅の門』。
九十九VS海堂の結末はどうなるのとか、館長本当に死んじゃうのとか、ケンシン・マエダは生きてるの死んでるのとか、来日している筈のイグナシオの出番はないのとか、九十九VS海堂をスクープし損ねた谷山は編集長の座を守れるのとか、山田さんと羽生社長の大人のロマンスはどうなるのとか、色々と気になり過ぎて夜も眠れず、昼寝で補っている今日この頃です。舞子? 比較的どうでもいい。『第弐門』の舞子は『PSYCHO-PASS』第二期の朱さまと同じように、人間としては成長しているのですが、女性としての魅力は半減している感がありますので。それは兎も角、発売日が近づくにつれて、逆に発売日が待てない気持ちが暴走炎上しちゃうファンタジー状態なので、これまでの『修羅の門』で描かれてきた戦いの中から私的ベスト10を選出することで、過剰に蓄積された『修羅の門』熱を放熱したいと思います。
ベストバウトを選出する理由は他にもありまして、現在進行中の九十九VS海堂の仕合。これ、私のブログに投稿頂いたコメントを見ると、結構賛否両論があるんですね。それゆえ、最終戦の決着を読む前に今までの仕合のベスト10を選んでおいて、最終戦がベスト10のトップにたつのか、或いは選外になるのか、上位に食い込むか、はたまた、下位に甘んずるか、その評価の基準を提示しておくのも悪くないんじゃないでしょうか。勿論、以下のランキングは私個人の独断と偏見に基くもので、客観的な評価の基準にならないのは承知していますが、少なくとも、

最終回後に九十九VS海堂が何位に入るか

次第で私の中での『修羅の門 第弐門』の評価もある程度決められるんじゃないかと思います。最終回の感想で何位に入ったかを発表したいと考えていますので、その点も含めて、今回の企画を御笑覧頂けると幸いです。

第10位 飛田高明 VS ニコライ・ペトロフ

アナウンサー「勝ったのは飛田高明、兵(つわもの)!」

冒頭から九十九と関係ない試合を持ってくるのが私のハラワタの捻れ具合の証明。実際、この試合は展開読めなかったですよ。飛田の膝の具合を考えると、ここで勝っても準決勝が凡戦になるのは目に見えていたので、ペトちゃんが勝つ可能性のほうが高く思えましたからね。本作には陸奥圓明流=不敗の縛りがある以上、九十九は最終的には勝つワケで、バトル漫画の醍醐味の一つであるどちらが勝つかハラハラドキドキするという楽しみは九十九以外の戦いに求めるしかありません。その意味で&上記の理由でペトちゃんが勝ったほうが準決勝が盛りあがるという予測もあって、この試合は純粋に勝敗が読めませんでした。折角の再登場なのに『カモンボーイ』『Go! ヒダ!』しか言わないクラウザーの爺ちゃん可愛いとか、前田日明VS藤原組長へのオマージュとか、細かい点でも見所多し。しかし、何よりの衝撃は飛田のアヘ顔でした。誰得だよ!

第9位 陸奥九十九 VS ジム・ライアン(2号)

陸奥九十九「これでもお前は、壊れないか!」

連載当時はパッとしないと思っていたのですが、単行本で何度も読み返すうちにジワジワきたのがジム・ライアン戦。ボルト戦が現代総合格闘技の表の顔への挑戦だとすると、ライアン戦は所属選手を勝たせるためにリングの外で何でもやるという裏の顔との戦い。現実の現代総合格闘技でもルールにツブされたorルールに守られた選手は掃いて捨てるレベルで存在したワケで、それを正面から破壊した九十九の『斗浪』&『雷』にはスカッとしちゃいました。そして、敗れたとはいえ、ライアンに最適化したルールを呑ませたマイケル・ラントの手練手管も素晴らしい。表の恥は表で濯ぐとかいいながら、九十九に稚拙な強迫を繰り返した挙句、表に出る前に身内に消されたルゥ・ズ・ミィンはラントの足元にも及びません。呂蒙の名前を冠しているワリに残念過ぎる男でした。双子の入れ替わりという白土三平を思わせる漫画の古典的トリックも好き。

第8位 陸奥九十九 VS 陣雷浩一

陸奥九十九「手は外せなくったって、指一本くらいなら何とかなるんだよ」

基本的に『修羅の門』は格闘モノのわりに、読んでいるほうが痛く思える場面が少ない漫画です。そっち方面は『刃牙』の独壇場といいますか。数少ない例外が陣雷戦。九十九に指を折られた陣雷のリアクションを描いたシーンは今でも正視するのに度胸が要ります。況や、陣雷が折れた指で九十九の目を突きにいくコマは直視に堪えません。勝つためには平気で相手の指を折る。同じく、勝つためには折れた指で攻撃する。この漫画で描かれるのは格闘技であって、試合ではないということを強く認識させられた戦いでした。その意味で陣雷の功績は極めてデカいと評さざるを得ません。中盤以降もリアクション要員として優遇されたのも宜なるかな。指どころか腕を折られたにも拘わらず、パッとしないリアクションで終わった木村さんが、単なる九十九のファン扱いになってしまったのも判る気がします。リアクション芸は磨いておいても損はないという好例でしょう。

第7位 陸奥九十九 VS レオン・グラシエーロ

レオン・グラシエーロ「タップ(ギブアップ)したまえ」
陸奥九十九「馬鹿はそんな言葉知らないんだ」


ここからレオンのマウントパンチを素で躱す九十九の姿は、何度読んでも鳥肌たちまくりですよ。当時の格闘技界にはマウント絶対信仰があって、マウントを取られたら十中八九、試合は終わったんですね。そういう状況を九十九が如何なる方法で打開するかと思ったら、まさかのマウントパンチ回避。いや、現実には絶対に無理なんですが、それをやってこその主人公なんですね。こういう主人公補正は大歓迎。
試合内容も前半のガードポジション~三角締め~パワーボム返し~マウントポジションという緻密な詰め将棋の流れ、中盤の打撃VS組み技の鬩ぎあい、後半で両腕を折られる&無空波を受けとめられた九十九の絶望感、終盤に開いた『四門』と見所満載過ぎ。川原センセの見解はどうあれ、九十九が一番追い詰められたのはレオン戦だと確信しています。唯一の瑕瑾は、この戦いのあとで連載が無期限休載に入ったことでしょうか。内容的にはベスト3入りしてもおかしくないのですが、そこを割り引いての第7位。承太郎先輩同様、私もネに持つ性格なのでね。

第6位 陸奥九十九 VS ブラッド・ウェガリー

ブラッド・ウェガリー「衣服の一部だよ、ほつれ糸だ。ジュードー家が道着のソデ使うのと同じだろ」

一瞬、納得しかけましたよ。

実際問題、道着の袖を使う絞め技と、仕込んでおいたタングステンワイヤーで地蔵背負いをするのと何が如何違うのか、私の中では明確な結論が出ていません。勿論、スポーツの場合は双方が対等の外的条件で始めるという大前提がありますが、作中で飛田が明言したように、それはスポーツであっても格闘技ではない。ライアン戦がルールを利用する者との戦いだとしたら、ウェガリー戦はルールを破ろうとする者との戦いで、その双方に対応できてこその格闘家ではないのかという川原センセの主張のように思えました。
作劇的にも九十九とウェガリーの遣り取りはテンポもよく、言葉の裏を読みあう楽しみもあり、直後に始まった『海皇記』での会話劇が、この両名の影響が濃厚であることを思うと、単に『修羅の門』の名勝負というワクに留まらない、川原センセの漫画家としての枠を破った戦いでもあったと思います。

第5位 アリオス・キルレイン VS アナクレト・ムガビ

龍造寺巌「アナクレト・ムガビ、この男の強さは尋常じゃない」

ボクシング編白眉の一戦。以前も記事にしたようにボクシング編はバトルそのものよりも、陸奥圓明流とは何か&陸奥九十九とは何者かに重点が置かれていた(これがヴァーリ・トゥード編の基礎になった)ので、試合そのものは些か他のシリーズに比べると単調になりがちでした。まぁ、ボクシングを漫画で表現するのは非常に難しいうえに、それに成功した『はじめの一歩』の興隆期とカブッた不運もあったと思います。その中で九十九VS巌と、この試合はベツモノのように面白かった。ファイタータイプのアリオスとアウトボクサーのムガビという、一歩VS間柴を思わせる王道の組みあわせに加えて、ムガビの変則フック&変則アッパーを如何に攻略するのか、或いは攻略できないのかというハラハラ感がありました。全日本編の準決勝で館長が敗れるという悪夢の記憶が生々しい頃でしたので、ひょっとしたら、アリオスも……という思いがあったんですね。ライバルキャラが途中で敗れそうになるというのもバトルものの王道展開ですが、これほどにヤバいと思ったのは、この試合の他はメイジンVSレナート兄弟くらいなものでしょう。勿論、ボクシング漫画としても充分に及第。ここ数年の『はじめの一歩』よりもボクシングしています。マジ、一歩はどうにかならんのか。

第4位 陸奥九十九 VS 片山右京

片山右京「たのしかったですねぇ」

九十九の戦いは結局のところ、幾つかの例外を除くと既存の格闘技への挑戦なワケで、既存である以上、ファンタジーよりもリアリティが優先されるものです。既存の格闘技の使い手が突拍子もない技を使っては、リアリティに欠けますからね。そういう事情でアリオスもレオンも『強さ』は感じられても『謎』のない存在でした。その点で『菩薩掌』という『謎』を引っ提げて、九十九の前に立ちはだかった片山右京は、本作の中でも特異の存在といえるでしょう。これに伍する『謎』を有していたのは不破の『神威』と呂家の『発勁』のみ。しかも、両者は数百、数千年の歴史を有していたのに対して、片山は彼一代で彼らに匹敵する『謎』を開発したワケですから、その天才っぷりが判るというものです。

敵の正体不明の技を破る。

バトル漫画の王道でありながら、主人公が最も神秘のヴェールに包まれている本作では滅多にお目にかかれないシチュエーションを堪能させてくれた片山戦が第4位。先バレすると第3位、第2位は九十九と関係ない戦いなので、これが実質上の第2位と評していいかもです。

第3位 レオン・グラシエーロ VS ジョニー・ハリス

ジョニー・ハリス「弱いやつはプロレスラーとは呼ばねえんだ」

今回のランキングでも、特に私情が入りまくりなのが、この一戦。もうね、当時のプロレスファンには感涙ものの試合ですよ。丁度、安生がグレイシーの稽古場に道場破りを仕掛けて失敗するとか、日本の格闘技界をグレイシー旋風が席巻し始めた時期。相手は必ずしもグレイシーばかりじゃありませんでしたが、それでも、名のあるプロレスラーが総合格闘技に出場しては成す術なく敗れるというケースが頻発していて、プロレスファンは肩身の狭いをしていたものです。真剣勝負なので負けるのは仕方ありません。でも、プロレスラーらしさを完全に封殺されての秒殺というのが納得いかなかった。そりゃあ、実戦でパワーボムやリフトアップスラムが出せるなんて思っちゃいませんでしたが、それでも……という悔しさといったらなかった。

敗れてもいい。
プロレスラーらしさを見せて欲しい。


それが当時のプロレスファン共通の切なる祈りであったと思います。そんな願いを漫画の中だけでも叶えてくれたのがこの試合。特にハリスがレオンをパワーボムで叩きつけるシーン、リアルタイムで読んでいた時に涙したのは内緒だ。これと同じ涙をリアルで流すには2000年5月1日まで待たなきゃいけなかったんだよなぁ。勿論、宮本翔馬のモデルがラモン・グラシエーロのモデルに勝った日です。

第2位 陸奥天兵 VS 西郷四郎

陸奥天兵「あんたには手が四本あるって事を忘れてた」

外伝である『修羅の刻』の仕合が堂々の第2位にランクイン。これ、本当に面白かったよ! いや、今読んでも面白いよ! 『刻』ってさぁ、義経や信長と絡んだ頃から、歴史上の強者との対戦よりも陸奥が如何に良血の家系かを語る内容になっちゃったじゃないですか。義経編の経験は『海皇記』を描くステップになりましたし、信長編は不破の誕生という、本編の重要な補完ではありましたが、格闘漫画というよりは本編のサイドストーリーに過ぎなくなっていたのは否めませんでした。
その点、西郷四郎編は陸奥よりも西郷四郎の視点で物語を描くことで、外伝にありがちな陸奥の家系の物語という要素を完全に排除。純粋な格闘漫画として成立させてきました。否、西郷からバトンを託された前田光世がグラシエーロ柔術の祖になったという流れを考えると、これはグラシエーロ柔術の系譜の物語なのでしょう。『蛸足』『猫』『山嵐』『会津藩御留流』といった西郷を構成する様々なキーワードを、戦いの中でキチンと表現する辺りも流石。前・後編の短い内容にも拘わらず、連載当時はすっかりド嵌りしてしまいましたよ。どのくらい、ハマッたかというと、

西郷の郷里の会津に二泊旅行に出かけた

くらいでした。あの経験がなかったら、大河ドラマ『八重の桜』の感想記事もだいぶ違った内容になっていたでしょうし、山川の歴史記事も書かなかったに違いありません。その意味でも本作には大感謝です。

第1位 陸奥九十九 VS イグナシオ・ダ・シルバ

龍造寺巌「イグナシオ・ダ・シルバ、この男が見せたもの……それは空手をやる者にとっての光の道だ」

今回のランキングに際して、該当する試合は一通り読み返したものの、これを第一位にするという決意は小動ぎもしませんでした。『修羅の門』のみならず、私が読んできた創作作品の中でも一、二を争うベストバウト。これに匹敵する勝負はストライクイーグルVSヤシロハイネス(天皇賞・春)、マウント斗羽VSアントニオ猪狩、ラインハルトVSヤン・ウェンリー(バーミリオン会戦)くらいしか思い浮かびません。今でこそボンクラ解説者の地位を不動のものにしているものの、当時は誰よりも鋭い評論で鳴らした舞子ママに、

龍造寺凛子「絶対に倒れない空手家……理想ね。イグナシオ・ダ・シルバ、あの男をころがせる者はおそらく、地上にはいない」

と言わしめた南米のモンスター&魔術師の弟子・イグナシオの強さに連載当時はガチで戦慄したものです。特に序盤で変型の『弧月』を放った九十九をマネキンのように蹴り飛ばしたシーンは、本気で『九十九負けるんじゃね?』とか思っちゃいましたよ。尚、本作のベストバウトを語るに際して、必ず上位に挙げられるであろう九十九VS飛田はルールの範囲内で全力を尽くすという点で本戦と被るうえ、飛田VSペトちゃんが第10位にランクインしているので、そちらは選外とさせて頂きました。何卒、御了承頂けると幸いです。

こうして改めて見直すと……意外と九十九の試合が入っていないな、うん。先述のように九十九=常勝不敗という設定がある以上、他の選手の試合のほうが勝敗が読めない分、面白いというのはあると思います。@はウチのブログとしてはきばっちのリターンマッチも入れたかったのですが、内容的には九十九VS竹海のほうがキックボクサーの美意識が感じられて好きなので、こちらも選外となりました。VS竹海とかVS羽山とか、ああいうクサい展開が結構好きなのよ。
さて、泣いても笑っても、残る『修羅の門』の仕合は九十九VS海堂の結果発表を残すのみ。果たして、この仕合が上記ランキングのどの戦いと入れ替わるのか。最低でもベスト10には入って欲しいですし、欲をいえばトップは取れなくても、ベスト5には食い込んでくれると嬉しいですね。九十九VS片山の上か下かに入るくらいが丁度いいかもと考えています。あー、記事を書いたら過剰に蓄積された『修羅の門』熱を放熱できると思っていたのに、逆に蓄積されちゃったよ!

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父の話から始めたい。
父が幼い頃というから、戦後間もない頃の出来事であろう。近くの川で捕まえた数匹のエビをバケツに入れて、夢中で眺めていた。今日のアクアリウムを例にするまでもなく、水棲生物には独特の美しさがある。また、人間が暮らすことのできない水の中を自在に動き回る魚やエビは、子供の頃、泳ぎが苦手であった父にとって、一種の憧憬の対象になり得た。成人した女性が宝石箱のフタを開いて、自らのコレクションに陶然とするように、父は飽きもせずにバケツの中を泳ぎ回る生きた宝石を眺めていたという。
そこに近所の職人さんが現れた。子供がしげしげと何を眺めているのかが気になった職人さんは、バケツの中に目をやった。半透明のエビが数匹、陽光を浴びてキラキラと輝いている。父と共に暫くの間、エビを眺めていた職人さんは、徐にバケツの中に手を突っ込むと摘みあげたエビをパクリと食べた。

「ごちそうさん」

といい残して、職人さんはたち去った。父は言葉もなかったという。エビが可哀想とかいうのではなく、単純に驚いたらしい。川エビは当時の貴重な蛋白源であり、父も自宅の食卓に並べるために捕獲に向かったことは何度かあったと思われる。職人さんも『ほんのツマミ食い』程度の発想で、悪意も害意もなかったのは間違いない。ただ、その時、そのシチュエーションで食べられるとは思わなかったのであろう。余程、記憶に残っているのか、今でも父は酔う度に同じ話を聞かせてくれる。そのことのほうが息子として気になっている。ともあれ、同じ地域に住まう者同士の間でも、或る生物を食材と見做すか、愛玩品と考えるかは時と状況次第で大きく隔たるという話である。


話は大きく変わる。
歴代の中華帝国で最も幸運な皇帝は誰かとの問いに司馬炎と応える人は決して少数派ではないと思う。高名な三国志の時代に終止符を打った晋王朝の初代皇帝ではあるが、事実上の開祖が祖父・司馬懿、伯父・司馬師、父・司馬昭の三人であったことは、恐らくは司馬炎本人が誰よりも自覚していたであろう。彼は上記三名が敷いたレールの上を踏み外さずに歩めばよかった。尤も、天下統一を目前にした北周を僅か三年で滅亡させた宇文贇のような存在を思えば、座して他人がついた餅を待つような感覚で玉座の主になったワケではないのは確かである。
ただし、孫呉を滅ぼして天下を統一して以降、司馬炎が統治者としての責任を疎かにしたのは、後世の歴史家の多くが等しく批判する通りである。自分好みの女性を選り抜いて後宮に入れるために庶民に婚姻を禁じたり、辺境異民族の侵入の危機が叫ばれているにも拘わらず、大規模な軍縮に着手したり、臣下一同誰もが『ソイツだけはやめておけ』と反対したあかんたれを後継者に指名したりと、凡そ、亡国の皇帝がやりそうなことは全てやった。実際、彼の悪政が遠因で晋王朝は中原を逐われることになるのだが、司馬炎本人は国が亡ぶより先にベッドの上で天寿を全うしていた。司馬炎は死ぬタイミングまでも幸運児であった。
さて、やりたい放題の後半生で、司馬炎はグルメにも目覚めた。芸と食に対する執着において、中国人を凌駕する民族は多くはない。御多分に漏れず、司馬炎も美食のかぎりを尽くした。或る時、臣下である王斉の邸宅で蒸豚を食した。今までに食べたこともない、稀なる美味であったため、司馬炎は秘訣を問い質した。

王斉「人の母乳で育てた豚でございます」
司馬炎「……………気持ち悪い」


食事もそこそこに司馬炎は邸宅を去ったという。他人の迷惑を顧みず、やりたいことは全部やって死んだ司馬炎の放埓さを以てしても、人の母乳で育てた豚を食することには抵抗があったらしい。司馬炎が食したのはあくまでも家畜の豚に過ぎず、人の母乳を与えて育てた豚が人になるという話も聞いたことがないが、そこにカ的な倫理上の忌避が発生するというのは面白い話である。人間と動物を隔てる倫理の境界線は我々が日常生活で認識しているよりも、遥かに柔軟でいい加減なものであるようだ。私なんぞは倫理上の忌避よりも母乳を与えた女性の容貌とプロポーションのほうが重要だなどと不埒なことを考えてしまうのだが。


「オレだったら、戦って敗れたい」

千年不敗の神話を誇る古武術・陸奥圓明流の後継者、陸奥九十九はフローレンス・ヒューズに向かって、そう言い放った。漫画の中での話である。地上最強、世界最強を証明するために『陸奥圓明流でボクシングに勝つ』ことを志しながらも、組織とルールの壁に目標を遮られ続ける九十九の血を吐くような心境が伝わってくる台詞だ。ボクシング編は戦闘そのものは地味ながらも(ボクシングをハデに描くことに成功した漫画家は車田正美くらいであるが)、陸奥圓明流とは何か、陸奥九十九とは何者かを描いた点で、作中屈指の重要パートであるといえよう。
助けた……というか、食事を驕った相手のフローレンスに『クジラやイルカを食う日本人は吐き気を催す人類の恥』と批判された九十九は、

「どうせ人間に喰われるんだったら、クジラになりたいね。喰われるために育てられ、何もわからないまま友達だと思っていた人間に殺される。ブタや牛に対してしてる事のほうが残酷だと思うぜ、俺はね。クジラやイルカは食われたとしても、それまでは自由に大海を泳いでいたんだ。つかまったのは運と力がなかったからさ」

と説き、冒頭の台詞を挟むと、

「ブタや牛とクジラやイルカとの間に決定的に違うことが一つある。戦うチャンスすら与えられない者と戦って敗れることができる者。オレにはこの差はでかいと思うぜ」

と続ける。一見、捕鯨論争をしているようで、完全に自分の都合しか語っていない点で実に陸奥九十九らしい台詞だが、意外と事態の本質を射抜いているようでもある。次回で最終回を迎える『修羅の門』が今日の我々に残してくれたモノは意外と大きいのではないか。


しかし、実はそうでもないかも知れない。
今日の捕鯨論争ではアニマル・ライツという思想が一翼を担っている。アリテイにいうと動物にも人間と同等の権利を認めるという概念で、私のような保守的な人間にしてみれば、

「アイツら未来に生きてんな」

という言葉しか浮かんでこない。特定の種族ではなく、動物全体の権利を擁護するという主張の前には、九十九の理論も沈黙せざるを得ないであろう。勿論、そのことで九十九が恥じる必要も全くない。しかし、私のように競馬を見、馬券を買い、乗馬を志しながら馬刺しを食える類の人間には、色々とやりにくい世の中になっているようである。全くもって、

「この世に価値観が一つなら、キャンベルのチキン・ヌードルしか食べ物がなくても、誰も文句は言わないよ。そいつが良いか悪いかは別としても、とりあえず世界は平和だ」

とラグーン商会の機材担当員が語った世界は心底ぞっとしない。

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映画館に足を運ぶほどでもなく、DVDをレンタルするでもなく、でも、地上波で放送したら見ようと思っているレベルの映画は結構あると思います。私の場合は『テルマエ・ロマエ』がそれ。実際、第1作目は地上波放送されるまでは見ませんでした。先週の土曜日に『2』の地上波放送があると知って、それなりに楽しみにしていたのですが、いざ、フタを開けてみると、

『世界侵略:ロサンゼルス決戦』

に差し替えられていていました。差し替えられた理由はネットで検索しても、特にヒットしなかったので、あくまでも私個人の下衆の勘繰りなんですが、ひょっとするとこれが影響しているのかもと思っています。殺人や〒□の要素の欠片もない温泉スペクタクル映画にも拘わらず、放送局が自粛を考える可能性は他に思いつきませんので。勿論、違っていることを祈っています……というか、詳細を御存知の方がおられましたら、情報プリーズ。確定情報の場合は、この記事に追記という形で掲載したいと思っています。
上記の予想が正しいとしたら、今回の放送中止は突発的事態に基くものですので、致し方ないと納得はしています。規模は異なれども東日本大震災翌日に『ゴールデンスランバー』が放映中止になったようなものでしょう。あれ、仙台が舞台でしたし。確か『県庁の星』に差し替えられたんじゃないかと記憶しています。勿論、そちらも放送されませんでしたが。

同じように予期せぬ事態で放送が順延されたのが今週の『ダウントン・アビー』。まさか、あの時間帯まで開票の結果発表がズレ込むとは思いませんでした。作品のファンにとっては至極残念な話ですし、マシューの中の人もツイッターで放送順延について呟いておられたので、本当に予期せぬ事態であったのでしょう。私も結婚式の真っ最中にストラランに逃げられたイーディス嬢レベルのダメージを受けましたが、

「『ダウントン・アビー』の完成された世界観に浸っている最中に開票速報のテロップに水を差される事態が起きなくてよかった」

と気持ちを切り替えています。横浜に拠点を置く某球団のファンをン十年もやっていると、この程度の自己欺瞞ポジティブシンキングは朝飯前ですね。
しかし、折角の特番延長にも拘わらず、内容が全く伴っていなかったのはお寒いかぎりでした。住民投票の案件の内情、双方の主張、結果の分析といった要素は欠片もなく、単なる集計結果の提示と敗戦側の記者会見しか放送されないのでは何の意味もありません。今回の住民投票の案件は遠くない将来に再度議論のタネになるのは容易に想像がつくのですが、NHKにかぎらず、どこのマスコミも提唱者の進退ばかりを取り沙汰して、肝心の政策の是非に関しては口を拭って知らんぷり。彼らは視聴率取れればいいんでしょうけれども、それで偉そうにマスコミを自称するのはやめて欲しいものです。ちなみに私個人は今回の案件に投票できたとしたら、恐らくは反対票を投じたでしょう。政策の内容は兎も角、肝心の提唱者には役人や官僚を味方につけた長期的な政策運営が全く期待できない以上、中途半端に終わる可能性のほうが高い。改革とは完全に遂行できない場合は、全く手をつけないほうが途中で挫折するよりも遥かにマシなものです。まぁ、もっと端的にいうと提唱者に対して、

元ネタってなんだっけ?

といいたいだけなんですが。

さて、上記事案と全く関係のないことながら、土日の番組ということで他に印象に残ったのが『仮面ライダードライブ』。ここ数回は結構面白くなってきました。進ノ介がライダーだと周囲にバレたあとのほうがイイね。刑事ものがベースである以上、多数の仲間とのチームプレイを前提にしたほうが話がスムーズに進むと思っていた通りでした。『デカレンジャー』くらいに刑事ものの定番ネタをもっと盛り込んで欲しいのですが、既に中盤を過ぎているので、その辺は全体の構成からしても厳しいかも。しかし、今回の放送で何よりも印象に残ったのが、以下の台詞。

泊進ノ介「真実を突きとめたいからって、人を傷つけるようなコトはしちゃいけないって。俺たちは市民を守る警察官なんだから」

おい、何気に杉下がdisられてるぞ。

同じテレ朝系列でよくぞやってくれた。こうなったら、次期相棒には泊進ノ介をプッシュします。ライダーという設定以外は完全に引き継いでいけると思うし、杉下もカイト君で失敗した若者の育成にリトライするチャンスかも。@はラスボス候補の真影壮一を演じる堀内正美さんがイイ。この人、年末時代劇では『白虎隊』『田原坂』『奇兵隊』の三作で三条実美を演じて、記憶に残っている&私の好きな俳優さんなので、素直に嬉しいですよ。三条実美を演じさせたら、この人以上の俳優さんはいないと思う。モンクの中の人が演じた『翔ぶが如く』の実美は演技力は兎も角、見た目のコレジャナイ感が半端なかったので。

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