~ Literacy Bar ~

ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
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今週も本編感想に入る前にお知らせ。

先日の徒然日記で丸会に関する伝達事項をUP致しました。8月の記事へ参加希望のコメントを下さった皆さまは、今回の内容を御確認のうえ、参加の可否について、改めてご返信下さいますようお願い致します(ご返信頂いた皆さまの分は集計済です)。日記にも書きましたが、そちらに頂いたコメントをもって正式な人数として、会場の予約を入れる予定です。締め切りは9月末日。尚、この記事をUPした時点をもちまして新規申し込みの受付は終了とさせて頂きます。何卒、御了承下さいませ。

 

さて、今週の放送で『信濃のスズムシ』『戦国の高田次』『C調大名』『ナチュラルボーンライアー』こと、真田昌幸が退場となりました。本作の真田昌幸が如何に視聴者を魅了する存在であったかは今更解説するまでもありませんが、こういうキャラクターが支持されたという事実は近年の大河ドラマの低迷に対する、一つの回答であったと思います。この辺について詳しく触れたいので、今週は前置きなしで早速MVPの発表に入りましょう。今週のMVPは勿論、この人。

 

 

1.今週のMVP 真田昌幸

 

ハッキリいって、本作の真田昌幸は札つきの乱世製造人(by司馬遼太郎)に他なりません。愛も義も太平の世も知ったこっちゃあない。我さえよかれし。全く、偽善者かねたんやぼんくら官兵衛とは異なり、今日的な価値観とはかけ離れた思考ルーチンの持ち主でしたが、一部視聴者の熱烈な支持を集めることに成功しました。勿論、昌幸を演じた草刈さんの力量が大きいのでしょうけれども、それが全ての要因か否かについては、本作の真田昌幸とGOの本多正信のどちらが視聴者の印象に残ったかを考えて頂ければ、自ずと答えは出ると思います。現代の価値観では測れない人物を描くことが歴史劇の存在意義の一つ。如何に作劇が軽いとかコメディタッチとかいわれつつも、三谷さんは押さえるべき点は押さえていたといえるでしょう。

その辺は今回の九度山編でも充分に活かされていました。次回以降、恐らくは帰国したたかちゃんの影響で真田一味は困窮に陥りそうな雰囲気ですけれども、今回は手元不如意の描写は控え目でした。作中のお兄ちゃんと三十郎の会話からも判るように、昌幸は九度山蟄居生活をそれなりにエンジョイしていたらしく、側室を三人抱えながら、お兄ちゃん宛てに『小遣いよこせ、焼酎よこせ、雪よこせ』とか無茶ぶりにも程がある手紙を送っています。物乞いや寺子屋で生計を立てていた某又兵衛や某長曾我部が聞いたら、憤怒のあまり、大坂の陣で徳川軍に奔りそうな話ではありますが、しかし、スズムシにとっては不自由ながらも安穏な生活は生き地獄でしかない。危険であっても、戦の空気を味わえない暮らしには馴染めない。今週は九度山に配流されたスズムシの死までが一気に描かれました。三谷さんの真田一族大河と聞いて、私が一番楽しみにしていたのは実は九度山編でしたから、些か残念でしたが、しかし、スズムシの為人の表現だと思うと納得できます。実際の昌幸は配流から十年余りで死去していますが、その期間を一気に描いた影響か、海水に入れられた所為で脱水症状に陥った淡水魚のように、みるみる衰弱していくように見えました。泳ぎ続けていなければ死んでしまう鮪のように、喋り続けないと死んでしまう(と評される)某タレントのように、スズムシには乱世の空気が必要であった。それを描くための超高速九度山生活なのではないかと思えました。

 

乱世でなければ生きていけない。

戦がなければ生きていく楽しみがない。

 

そんなトンデモないキャラクターが近年の大河ドラマでも一、二を争う人気を誇り、その退場を惜しまれる。この事実を大河ドラマは今後の範とするべきでしょう。現代的価値観を持ったキャラクターの全てが悪ではありません。題材となった人物の先見性を描くに際しては必要な要素でもあります。しかし、近年の大河ドラマはそうしたキャラクターの芋洗い状態でした。ナウでヤングなイケメンや美女に愛とか義とか太平の世とかいわせても、今の視聴者がついてこないことは『天地人』『GO』『ぼんくら』『おにぎり女』で実証されましたが、それと真逆の主張を象徴するスズムシが一定の支持層を獲得したことで、上記の理論の裏打ちがなされたといえるのではないでしょうか。そんな訳で今週のMVPはスズムシ。流石に今後の受賞の可能性はないと思うので、その意味でも順当な選出でしょう。

ここまでのスズムシ論で力を使い過ぎたので、以降は本編で気になった場面をチョコチョコと点描していきたいと思います。

 

 

2.諦めろ、試合終了だ

 

真田昌幸「源三郎が捨てた『幸』の字、貰うてくれんか? 真田……幸信繁」

真田信繁「……考えておきます」

 

銀河帝国二代目のアレクサンデル・ジークフリードよりも安直極まる命名。これには信繁もドンびきです。今後のサブタイからして、本作の信繁が幸村に改名するのは確定的なのですが、幸は兎も角、村が何処から出てきたのかは気になりますね。お松さんの通称である村松殿……は流石になさそうだなぁ。

さて、序盤は命名云々とか、どうでもいいことにかまけるくらいに余裕ぶっこいていたスズムシですが、家康の征夷大将軍就任~秀忠の征夷大将軍就任という慶事を耳にして、

 

真田昌幸「家康は今、浮かれておる!」×2

 

と赦免が近いのではないかとウキウキワクワクの日々。この辺はルーティンギャグを見ているようで大笑いしました。浮かれているのはおまえだろ。しかし、何年暮らせども、赦免の知らせが来ないことで、漸く家康が自分を死ぬまで蟄居させる心算であることを悟るスズムシ。九度山の人々から、隣村との諍いの加勢を頼まれた時、最初は目を爛々と輝かせていたものの、途中からは気が抜けたようになってしまいました。これは、

 

①ここでつまらない騒動を起こして、家康の心証を損ねるのを避けた

②村同士の小競り合い程度に本気になった自分の落ちぶれ加減に嫌気が刺した

③多数を破る兵法は信繁に伝える秘伝であり、ここでのネタバレは避けたかった

 

この3つのうちの何れかの解釈でいいのかな。個人的には②ではないかと思います。序盤では信繁やきりちゃんが参戦したように、村同士の諍いは双方の闘争でカタをつける、或いは信繁が人質に出向いた上杉家での場面のように鉄火起請で白黒をつけるのがスズムシの時代の解決方法でしたが、既に確固とした司法行政機関が日本の片隅の村にまで影響力を行使する時代になっている。そうした変遷を目の当たりにしたスズムシは己が時代に取り残されたことを強く実感したのではないかと思います。

 

 

3.闇の深い女

 

きり「お梅ちゃんも貴女も私みたいに垢抜けていないでしょう? 源二郎さんはそういう人が好みなの。自信持ちなさい」

「」ドゴォッ

 

真田信繫「きりに何か言われたのか? 気にすることは全くない!」

「あの人はどーでもいいんです。私、負ける気がしないから」

 

「この子が女の子なら、名は私がつけてもようございますか?」

真田信繫「もう決めてあるのか?」

「お梅。そうすれば、この先源二郎様がお梅の名を口にする時……それはこの子のことになるから」

真田信繫「」

 

おぉう、これは闇が深い。

 

闇深どころか、完全にメンヘラかヤンデレ要素が入っちゃっています。特に理由もなく、美人に好かれる点で信繁もお兄ちゃんもハーレムラノベ体質といえますが、信繁の場合は寄ってくる女性が悉く地雷系というのはどういう巡りあわせなのでしょうか。一番マトモそうなのが、実はきりちゃんという点で色々と終わっている気がします。そういえば、きりちゃんが薪割りのシーンで信繁の想い人をイラッとさせるのは二回目ですね。お梅ちゃんは幼馴染ゆえに抑えが効きましたが、春ちゃんは特にきりちゃんに好意的である理由がないうえ、ご覧の通りの闇深なので、手に持ったナタを何時きりちゃんの脳天に叩きつけるか、ハラハラしてしまいました。大坂編~関ケ原編では真田家の誰よりも輝いていたきりちゃんが、九度山編に入った途端、以前のウザさを取り戻す辺り、この子は都会で輝くタイプの女性なのでしょう。

尤も、春ちゃんは闇深というよりも、父親の刑部の死が堪えているのかも知れません。今でもお梅ちゃんを思い続けているといわれた信繁の『( ゚Д゚)ハァ?』という表情からも判るように、春ちゃんは思い込みの激しさゆえの情緒不安定な状態にあるのでしょう。普通、こういう作品では春ちゃんは悲劇の女性として描かれがちですが、本作では喜劇的な要素として盛り込まれています。そして、意図的に障子を破るシーンから察するに、治部との関係(意味深)が露見した場面の行動は確信犯であった模様。障子破りがの暗喩のように見えて仕方ありません。でも、春ちゃんの危惧も意外とマト外れではないかも。今回のラストシーン付近でも、信繁は春ちゃんに敬語を使っていますからね。他人行儀感は拭えないのでしょう。

 

 

4.諸大名の動向

 

ナレーション「上杉景勝は徳川家康に謝罪し、会津百二十万石から米沢三十万石に減封されることとなった」

上杉景勝「」Ω\ζ°)チーン

 

完全に放心状態の御屋形様。初対面で本多平八郎に睨まれたお兄ちゃんよりも凄いことになっています。二晩連続で博多号に放り込まれたとしか思えない表情。初めて本気を出した代償はあまりにも大きかったようですね。尚、今後は(本気を出す相手を豊臣家に)切り替えていく模様。何が愛と義だ、全く。

一方、勝者に与したからは板部岡江雪斎が登場。

 

板部岡江雪斎「暇かっ?」

 

と現れなかったのが不思議なシチュエーションでしたが、三谷さんは信繁に『倍返しだ』とかいう台詞はいわせないと明言しているので、そういう期待はしないほうがいいのでしょう。でも、折角、信繁の元を訪れたのですから、ここで関ヶ原の詳細や金吾の末路を語ってくれてもよかったんじゃあないでしょうか。確かに高野山は旧主・氏直の縁の地とはいえ、あれで退場では出てくる意味はなかったと思うのですが。

そして、退場組といえば、本多平八郎。こちらは戦場で傷一つ追わなかった男が、小刀で手を切ったことで己の引退と死期を悟ったという逸話を、孫を相手に竹トンボを作る場面に置き換えることで、うまくアレンジしてきましたね。御見事。本編では本多平八郎の戦場での働きぶりに関する具体的な描写がなかったので、何故、お兄ちゃんがああも舅殿を怖がるのかがイマイチ伝わらなかったですが、そこは初代ライダーが弱い訳ないだろ! いい加減にしろ! という理屈で納得することにします。

 

 

5.今週のMVP(二人目)

 

豊臣秀頼「豊臣秀頼である!」

徳川家康「ご、ご無沙汰致しておりまする」フカブカー

 

これは豊臣が勝つる!

 

いや、もう、こんな秀頼を見たら、豊臣側の面々が家康相手に籠城頑張っちゃうかと考えても何の不思議もありません。どう見ても浅井の血です。本当にありがとうございました。それくらい、頼もしさ満載の秀頼でした。『花の様なる秀頼様を鬼の様なる真田が連れて~』という、秀頼生存説の論拠(というか希望)になる里謡がありますが、本作の場合の『花』とは可憐さというよりも、一騎駆けは戦場の『花』という意味に近い骨太な華麗さという意味なのかも知れません。何れにせよ、スズムシの退場と前後して、颯爽と登場した秀頼公。そのインパクトでMVPの資格は充分でしょう。今週はスズムシと秀頼に持っていかれましたわ。

尤も、作中で何気に一番いい仕事をしたのは虎之介。『下がれ、肥後守』という家康の命令に対して家康の側に下がることで『この場の主は秀頼公である』と無言で明言するとか、この辺のツラアテの上手さは治部よりも一枚も二枚も上でした。期待していた治部の遺言が無難というか、予想通りの内容で拍子抜けしたものの、上記の場面で全て帳消しになりました。そんな虎之介は二代目服部半蔵の手にかかり、死亡。いや、どう見ても初代と同じ顔なんですけれども……。

 

 

6.スズムシフォーエヴァー

 

真田昌幸「まず、相手の前で膝をつき、頭を下げる。そして、謝るフリをして噛みつけ。喧嘩に卑怯も何もあるか。勝ったモン勝ちよ。そして、手には常に小枝を隠し持っておく。手で握りしめた時、この先っぽの固い所をちょっとだけ出しておく。これで突くのだ」

 

真田版桃太郎に続く、真田版喧嘩の極意を孫相手に滔々と語るスズムシ。相変わらず、ロクでもないことを……隠し持った小枝での攻撃方法は殆どブラッド・ウェガリーの暗器戦法と変わらん。ヴァーリ・トゥードに出てもいいとこまでいくんじゃあないのか、このスズムシは。まぁ、相手が陸奥でもないかぎり、凶器攻撃という時点で反則失格なのですが。

この場面、感想の前半で触れた九度山村の抗争の一件とは対照的ですね。あの場面では騒動を起こさず、手のうちを明かさず、落ちぶれた己を自覚したくないために口を閉ざしたスズムシでしたが、流石に孫の前ではカッコいいお爺ちゃんでいたかったのでしょう。凶器攻撃がカッコいいかどうかは意見が分かれると思いますが、それを聞いていた大助も凄くいい笑顔を浮かべていたので、この子も真田の子だなとつくづく思いました。ついでに恐ろしく情操教育に悪いスズムシの喧嘩殺法に、

 

「大助、いいことを教えて頂きましたね」

 

といっちゃう辺り、春ちゃんは闇が深いのか、それとも、真田の家風に染まってきたのか判断がつきかねるところです。

病に倒れるスズムシ。巷説では『自分は対家康の必勝の策を持っているが、それを使いこなすには信繁では役者不足である』と語ったとされていますが、本作では逆。場数が足りないと躊躇する信繁を積極的に後押ししていました。この辺のアレンジもうまいですね。

そして、死の間際で亡き信玄公の幻覚に身を震わせたスズムシ。この伏線、ここで回収するのかよ! いや、結構序盤にスズムシが唐突に信玄公の幻影を認識するシーンがあったのですが、あの時は全然ピンとこなかったのですよ。でも、今から思うと、あの時からスズムシは信玄の亡霊に取り憑かれていたのではないでしょうか。信長、秀吉、家康といった天下人たちに頑なに反抗したのも、甲斐・信濃の二カ国に固執したのも、恐らくは自分こそが信玄公の後継者であるという自負の裏返し。本作は主人公兄弟を筆頭に、勝頼、景勝、氏政、秀次、春日信達といった具合に偉大な先代のプレッシャーに抗う二代目の構図が随所に見られましたが、実はスズムシもその一人であった。否、誰よりも先代の背中を追うことに固執していた。私がスズムシ並みの脳みそと評した本作の真田昌幸の言動は、昌幸本来の気質と信玄公の亡霊が一つの肉体に宿ったがゆえのブレから起きたものではないかと思った次第です。

真田昌幸と武藤喜兵衛。真田の当主と信玄公の愛弟子。

この二つの立場と人格が本作のスズムシを善くも悪くも形成していた要素であったのでしょう。通常の人間の二倍は濃い人生を送ったスズムシの最期に相応しいお迎えであったと思います。

 

そんなホロリとさせられるラストから一転。次回予告は、

 

真田信之「全部こんな感じか?」

真田信繁「全部こんな感じです」

 

会話の主題は全然見えないのに絶対に笑うに決まっていると確信できる兄弟の会話。こんな予告卑怯ですよ。絶対次も見るもん!

 

 

 

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本編感想に入る前にお知らせ。

先日の徒然日記で丸会に関する伝達事項をUP致しました。以前の記事へ参加希望のコメントを下さった皆さまは内容を御確認のうえ、参加の可否について、改めてご返信下さいませ。日記のほうにも書きましたが、そちらに頂いたコメントをもって正式な人数として、会場の予約を入れる予定です。宜しくお願い致します。

 

さて、先回の超高速関ヶ原の戦いが物議を醸した本作でしたが、予告&タイトルを見ると、次回は一気に十年近く時間が吹っ飛ばされる模様。関ケ原が一分で終わったとかいうレベルじゃねぇ。まぁ、九度山での真田一族の暮らしは意外と史料が残っていないそうで、妙な場面で史実に拘る本作の傾向&残りの話数から、省略されるかも知れないとの覚悟はありましたが、一方で史実と史実の間に強引にネタを捻じ込む三谷さんの作風を考えると、非常に勿体ない気もします。放送前に私が一番楽しみにしていたのは九度山編なのですよ。そこがスルーされそうなのは痛い。

スルーといえば、関ヶ原の戦いの概要は今回も描かれず。この点に関しては、先週以上に賛否両論が沸き起こると思います。主人公が市松や金吾といった直接参加の面々、或いは虎之介のように間接的に戦と関わったメンツと顔をあわせているので、彼らとの会話、乃至は回想という形で断片的に描いてくれてもよかったんじゃあないでしょうか。真田の女性のシタタカかや金吾の末路、秀忠の意地、虎之介の温情といった具合に意外な点で『おおっ』と感心するシーンはあったものの、ここは敢えてベタに徹することも必要ではなかったかと思います。

『真田丸』はスズムシやチワワやスナギツネやパンダやタヌキのように、キャラクター造型に関しては十二分以上のものを提供してくれているのですが、ストーリー面では執拗に史実に忠実&通説を捻ったりスカしたりしないと気が済まない傾向が顕著。この辺、重要な場面で照れが出る三谷さんの作風&『組!』の時に事あるごとに史実ガーと文句をつけられたことへのリベンジなのでしょうけれども、時にはベタに徹して欲しいと思うのは……贅沢な悩みなのかなぁ。正直、治部の奥さんの悲哀よりも、金吾の寝返りの顛末のほうが需要あると思うのですよね。まぁ、この辺は総評記事で触れられたらと思っています。そんな今回のポイントは5つ。久しぶりに少ないな。まぁ、次回予告に全部持っていかれた感があるからね、仕方ないね。

 

 

1.スズムシの憂さ晴らし

 

真田昌幸「まだ上杉がおる! 上杉と図って、江戸を押さえれば……!」

 

関ヶ原の戦いで石田三成が敗北したとの現実を受け入れられないスズムシ。憂さ晴らし&悪あがき&現実逃避とばかりに葛尾城に猛攻を加えます。こういう態度がのちのちの処遇に響いたのではないかと思われますが、実際に葛尾城を攻めていたのは信繁なので、スズムシにも情状酌量の余地はあるでしょう。まぁ、信繁に攻撃命令を下していたのは違いないと思いますが。そして、この期に及んでも、上杉の加勢をアテにするスズムシ。セコムにしてみれば、どこまで面の皮が厚いのかと例のイケメン三白眼で睨みつけるに違いありませんが、今回は上杉が徳川の背後を衝いていれば、関ヶ原の勝敗そのものが覆った可能性も高いので、大声で反論はできないと思います。伊達や最上の動きが気になる? それは挙兵前にカラクリしておきなさいよ、全く。

一方、勝ったほうにも火種は燻ります。関ヶ原の戦いに遅参した息子に『城攻めは早過ぎたか?』と自分の戦績を棚にあげる父親に対して、

 

徳川秀忠「お言葉でございますが……父上、我らは攻め落とすつもりでいたのです。父上からの『西へ急げ』とのお言葉がなければ、間違いなく攻め落としておりました!」

 

と反抗する秀忠。先週に続き、今週も秀忠の名誉回復となる描写があったのは何気に嬉しいですね。尤も、秀忠には同情しつつも、やはり、正しいのは家康の言い分というのが三谷さんの考えだと思います。局地戦で勝ったところで全体の勝敗は覆せませんし、何よりも秀忠の反論を聞く際の家康はアカラサマに『判ってないのう』と呆れ気味の表情でしたので。要するに立場は異なれども秀忠の主張はスズムシと大差ないのですね。存在自体が水と油の真田昌幸と徳川秀忠の言い分をリンクさせる辺り、やはり、三谷さんの脚本は無駄に細かいですな。

ちなみに信繁と小山田ヒゲによる微妙に嚙み合っていない会話の枕になった烏帽子岳云々は『ブラタモリ』正月特番で堺さんがアドリブでいれようかと語っておられたネタ。実に9カ月ぶりに回収された伏線でした。長いよ。

 

 

2.強き者、汝の名は真田の女なり

 

「私は全く心配しておりませんよ? だって、父上は関ヶ原の戦に加わっていないのでしょ? 上田でチョコチョコっと戦っただけなんですから。源三郎がいます。必ず、あの子が何とかしてくれます!」

 

スズムシでさえ苦笑を漏らすレベルに楽観的なお松さんですが、よくよく考えると如何なる状況でも『何とかなります』という言葉で一族を励ます姿勢は、今は亡きおとりさんの姿と重なります。小山田ヒゲとのバカップルぶりがメインのお松さんですが、何気に彼女も真田家を支える女性に成長しているということでしょう。子供の頃、お松さんに蟹の鋏で鼻の穴を挟まれるという虐待を繰り返されていたお兄ちゃんとしては、こういう時だけアテにされても困るという思いがあるかも知れませんが、それは小さなことです。

それはさて置き、今回は真田の女性の芯の強さが光った内容でした。

 

寧々 = 関ケ原の戦いの意義がイマイチ飲み込めていない

稲 = 命に代えても信繁とスズムシを助けるというお兄ちゃんに困惑気味

春 = 反応はマトモであるが闇深の子が普通の反応なのは逆におかしい

薫 = 人質生活のトラウマで壊れる

うた = 治部の処刑を目の当たりにして完全にブッ壊れる

 

このように女性キャラクターは押し並べて、戦の影響で何処かおかしくなっちゃっているのですけれども、きりちゃんといい、松さんといい、おこうさんといい、真田家で育った女性は皆、ブレることなく、己のキャラクターを貫いていました。女は強し。真田家の女は更に強し。一応、茶々も関ヶ原の前後でキャラクターが変化してない部類に入るかも知れませんが、彼女はキャラクターそのものがブッ壊れている設定なので例外と見なしてよいでしょう。それにしても、信繁も大切にしていると思い込んでいる押し花が、実はとっくにきりちゃんの腹の中と知ったら、茶々がどういう反応を見せるか興味があります。ある意味で本作最大の道化といえるでしょう。

 

 

3.一生真田家宣言

 

真田信之「今日よりのわしの名じゃ。『真田伊豆守信之』。読みは変わらん。わしの意地じゃ」ドヤァッ

 

通説では家康を憚っての信幸→信之の改名といわれていますが、本作では家康からの改名命令に対して、お兄ちゃんがササヤカながらも意地を通すという具合に改編されていました。これは某田中センセの受け売りですが、お兄ちゃんが選んだという字は結構特殊な存在で、中国では親と同じ漢字を名前に用いることは殆ど絶無なんですけれども、この『之』という文字は王義と息子の王献が親子で共通して用いた例があるそうです。某田中センセは『之という文字は文字として考えられていなかったんじゃあないか』という仮説を立てておられますが、それが正しいとしたら、お兄ちゃんが之の字を選んだのも、何となく判る気がします。字面は変えたけれども、これは本来的な文字じゃあないから変えていないも同然という意図があったのかも知れません。ともあれ、上記の場面でのお兄ちゃんの表情は、

 

真田信之「僕ぁ、一生真田家を守ります!」

 

という気概に溢れていました。しかし、そんな息子を使えねぇ奴と罵倒するスズムシ、マジ鬼畜。これ、近くで大井吉政が様子を窺っているので、息子に余計な嫌疑をかけまいとする親心かと思ったら、ガッツリ本心でした。そのうえ、

 

真田信之「これからも力を尽くします!」

 

という言葉を考えると九度山での脛かじり生活の言質を取ったと心中でニヤリとしていそうで怖い。ホンマ、真田家の人間は戦に負けても心は折れないんやね。

 

 

4.大坂城悲喜交々

 

いい場面と悪い場面があります(お兄ちゃん風)

まずは金吾。直接的な寝返り描写はありませんでしたが、目を引いたのは金吾が見た幻影の正体。一見すると亡霊・怨霊の類に見えましたが、実は毛利勝永、明石全登、宇喜多秀家といった具合に、この時点では行き方知れずの連中なのですね。つまり、金吾が脅えていたのは生きた人間ということになります。『葵』では大谷刑部の怨霊に執り殺された金吾でしたが、本作ではいみじくも刑部本人が述べていたように祟りや怨霊という概念は描かれませんでした。これは面白い視点です。

次に平八郎カブトムシ。この人に関しては、もう藤岡さんの存在感が全てといいますか。こんな平八郎に、

 

本多忠勝「腹を割って話そう!」

 

みたいな物言いをされたら、誰も断ることはできないでしょう。ヘタをすると物理的に腹を割られる可能性さえあるので。今回のカブトムシの物言いは嘆願という名の脅迫でした。

そして、三成嫁。

 

うた「あのお方は豊臣家の事しか考えておりませんでした……あのお方は豊臣家の事しか考えておりませんでした! あのお方は豊臣家の事しか考えておりませんでした!!」

 

と夫の至誠を狂気の入った様子で叫ぶ姿はゾクリとなりました……が、これもよくよく考えると『夫の目は豊臣家しか見えず、夫の耳は刑部の言葉しか聞かず、死を目前にしても、夫の口から妻をねぎらう一言もなかった』という怨み節に思えなくもありません。ホンマ、刑部殿の闇は深いでぇ。

さて、ここからは悪い場面。問題の人物は誰あろう、関ヶ原の勝利者である徳川家康。上記の秀忠とのやり取りの場面といい、内野さんの演技には文句はないのですが、その言動に一貫性を欠いたといいますか。それこそ、秀忠との場面では『真田如きにかまけている暇はない』といっておきながら、イザ、真田への仕置きの段になると、鬼の首級でも取ったかのように満面の悪い笑みを浮かべている。まぁ、確かに毛利や島津への仕置きに比べると、真田家への処置は優先順位が低いのは判るのですが、それでもなぁ。家康が真田を怨む直近の動機が掘り下げられなかったのが原因でしょうね。過去は兎も角、関ヶ原前後では家康が真田のみを目の敵にする動機が見えませんでしたので。精々、小山会議に参加しなかったことくらいでしょうか。秀忠の直属部隊の遅参もありましたけれども、これも上田攻めに失敗したために遅参した訳ではないという学説を取っている以上、ロジックとして成立しにくい。やはり、関ヶ原で思いのほか苦戦を強いられる家康の描写は必要であったと思います。史実云々ではなく、物語の構成上の問題としてね。

 

 

5.今週のMVP

 

真田信繁「これからどうする? 上田へ戻ることもできるぞ?」

きり「どうしますかねぇ? 源二郎さまはどうして欲しいんですか?」

真田信繁「私は……母上のこともあるし、できれば一緒に来て貰えると心強い」

きり「……いくとしますか」

 

ついに源二郎をデレさせることに成功したきりちゃん。上記の台詞を翻訳すると、

 

真田信繁「べ、別に私が来て欲しいって訳じゃあないんだからね! あくまでも、母上のことを考えてのことだからね! 勘違いしないでよね!」

 

という具合になるでしょうか。何れにせよ、漸く正規ヒロイン争いに参入する運びになったきりちゃんの今までの頑張りも含めて、今週のMVPを送りたいと思います。尚、この直後には、

 

真田昌幸「薫は上田に帰そうと思う」

 

といわれてしまうのですが、それでもラストシーンでシレッと九度山について来るのがきりちゃんクオリティ。ついでにいうと公式HPでも未だに信繁の妻になるというフレーズが出てこないのですが……まぁ、この二人はこのままで終わるだろうなぁ。

 

来週は遂にスズムシの死! 今までリンリンリンリンとロクでもない台詞を鳴らしてきたスズムシですが、いなくなると思うと本当に寂しい。実質、ここまでの主人公はスズムシでしたからねぇ。

 

 

 

 

 

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今回は丸会に関する告知があるので、前置きなしで本題から入りますが、他にも日々の徒然ネタや時事記事、大ヒット映画の感想や再来年の大河ドラマに関する思いと、分量は通常の日記よりも多めの内容になっております。宜しくお願い致します。

 

 

1.丸会続報

 

先月の記事で募集致しました真田丸を語る会、略して丸会の参加に多くの御希望を賜り、本当にありがとうございます。9月の半ばを過ぎましたので、告知通りに募集は一旦、区切りとさせて頂きます。現時点で参加の御希望を頂いたのは投稿順(多分)で、

 

穂積さん

つらまえさん

カービィ2016さん

明石のタコさん

踊るひつじさん

まるるさん

軒しのぶさん

装鉄城さん

木蓮さん

Kiraraさん

スナコさん

ヤナギさん

 

の十二名様で承っております。当初の目標であった治部主催の宴会をダブルスコア以上で凌駕しました。重ね重ねありがとうございます。参加希望を出していたのに上記の名簿に名前が載っていない、或いは希望を出していないのに何故か名簿に載っているという方がおられましたら、御一報下さい。確認次第、名簿を訂正させて頂きます。

尚、開催日時は10月22日か29日のいずれかで募集をかけさせて頂きましたが、皆様の御希望日時と当方の都合を考慮致しまして、

 

10月22日(土曜日)

 

とさせて頂きます。ご希望の日時と合わない方もおられると存じますが、何卒、ご容赦下さい。時間と場所は当日17時~18時新宿駅東口近辺で変更ありませんが、予約店舗の都合上、会合の所要時間は2時間ほどに短縮となります。予め御了承下さい。

また、参加御希望の皆さまは、大変お手数ですがこの記事のコメント欄今月末日までに改めて参加の可否についての御返信を賜りますよう宜しくお願い致します。当該記事へのコメントを以て、正式な人数として会場の予約を入れたいと考えております。

 

以上、丸会に関するお知らせでした。

 

 

2.そういや張須陀もいなかったな

 

大学時代、同じアパートに住んでいた後輩の紹介で中国人留学生の女性と交流を持つ機会を得ました。この人は陰麗華も斯くやと思うほどに聡明で美しく、お会いするたびに胸がときめいたことを今でも鮮明に思い出せます。気障な言い方をすると、笑顔が芙蓉の花を思わせる女性でした。ちなみに二回告白して二回フラれましたが、元より、自分には高嶺の花という諦観があったので、悲しさよりも納得の思いで失恋を受け入れたものです。カツがサラに告白したようなものだと幼馴染の腐れ縁に自嘲気味に話したら、カツがハマーン様にプロポーズしたようなものだと返されました。アイツ、何時かブッ転がす。

まぁ、そんなことがありながらも、彼女とは友人としての交流を続けることができましたので、中国の話を色々と聞かせて頂きましたが、或る時、ふと思いついて、

 

与力「貴女が一番尊敬する中国の歴史上の人物は誰ですか?」

 

と尋ねてみました。この時期、私は既に某田中センセの作風に毒されていたので、諸葛孔明とか劉備とかいう返答は全く期待していませんでしたが、それでも、岳飛とか薛仁貴とか趙匡胤とかいう返事を想像していたのは確かです。彼女は重慶出身でしたので、同性同郷の誼で秦良玉もあり得るかなとも思っていました……が、

 

女史「周恩来ですね」

与力「……そッ、そうきたかァ~~~ッ」

 

確かに既に歴史上の人物ではありましたが、その発想はなかった。日本史でいうと現代の歴女が『尊敬する歴史上の人物は池田勇人』と答えるようなものでしょうか。いや、別に池田勇人がアレという訳ではありませんが、中国の人は古代の逸話も近現代の事象も分け隔てなく、一貫した『歴史』として捉えているのかも知れないと思ったものです。

こんな話をしたのも、拙ブログにもコメントを下さる江馬さんのブログで拝読した、、

 

唐王朝公認?『武成廟六十四名将』

という記事がもの凄く面白かったから! 詳細はリンク先をご覧頂くに如くはありませんが、唐の名臣・顔真卿(日本では書家としての名声のほうが高い)の主導で、歴史上の名将から六十四人を選び、その誉を讃えようという内容で、江馬さんが評しておられたように、どういう基準で選んでいるのかと首を傾げたくなる内容のオンパレード。漢代では韓信、灌嬰の代わりに曹参、周勃(!)が選ばれるってどういうことなのとか、梁では王僧弁とかいう畜生(侯景ファン目線)が入っているのに韋叡が除外されているのが納得いかないとか、唐代では李靖・李勣がいないという、日本球界でいうと王・長嶋クラスの飛車角落ちとかの連続。私と留学生の女性のように同じ時代に生きる人間同士でも歴史に対する認識が違うのですから、況や、時代を隔てた過去の価値観というものは本当に判らないものなのでしょう。

これは別に愚痴とか文句とかではなく、そうであるからこそ、歴史の研究は面白いということですね。何故、今日評価されている武将がいないのか? そもそも、コイツは誰なんだ? そういう考察や調査をすることが、歴史を知る楽しみに繋がっていくのです。誰もが知るありきたりの人選やありきたりのキャラクターばかりでは歴史劇が連作障害に陥ってしまう。常に自分の知らない境地を開拓し続けることが、最高のエンターテインメントになるのではないかと改めて思った次第です。新しい歴史観を認識させて下さった江馬さんに多謝! 凄く刺激になりました!

 

16/09/23付記

 

江馬さんが追加記事がUPされました。何故に韓信や李靖・李勣が選ばれなかったかはこちらをご覧下さいませ。成程、そういうことでしたか。でも、諸葛亮が祀られているのに司馬懿が入らないのは、やはり納得いかねぇ。

 

 

3.三つの条件

 

先項のネタを引き摺ることになりますが、唐代の武成廟六十四名将には高仙芝の姓名もありませんでした。高仙芝についてはブログで記事にしたこともあり、決して好きにはなれないにせよ、結構思い入れのある武将なので、除外されていたのは意外です。外征ではなく、統一戦に活躍した武将にかぎられているのかとも思いましたが、李広、衛青、霍去病、趙充国は選ばれているからなぁ。

或いは異民族の出自というのが影響しているのでしょうか。これも以前触れたように高仙芝は高麗の出自で純粋な漢民族ではありません。高仙芝は功名心の異常に強い為人で、小勃律国(パキスタン)を攻めた時、上司の頭越しに本国へ戦功を伝えてしまいました。これに激怒した上司の夫蒙霊詧は高仙芝に向かって、

 

「啖狗腸高麗奴! 啖狗屎高麗奴!」

 

これは史実のため、とばすことのできない大事な記述ですが、アメブロの検閲もあって翻訳することができません。申し訳ありませんが、御想像にお任せします。ただ、よっぽど下品なことを言っているのだと思って頂ければ間違いありません。

 

という、今日では訴訟不回避の暴言を浴びせています。先述した武成廟六十四名将に郭子儀の名はあっても、彼と共に安史の乱の鎮圧に貢献した李光弼が記されていないのは、彼が異民族(契丹系)であったことも影響しているのかも知れません。尤も、高仙芝を罵った上司の夫蒙霊詧も西羌(チベット系)の出自なのですよね。武成廟六十四名将には慕容紹宗や尉遅敬徳といった鮮卑系異民族の血を引く武将も選出されているので、出自を理由にランキングから除外されたというのは、やはり、私の考え過ぎでしょう。

後代、明の治世に土木の変という椿事が起きます。詳細を端折って事実のみを解説すると、モンゴル攻めに出陣した五十万の親征軍が、四万足らずの敵軍に完膚なきまでに叩きのめされた挙句、現役の皇帝が野戦で捕虜になったという冗談としか思えない事件なのですが、この前哨戦で明軍の殿を務めたのが呉克忠と薛綬という武将です。共に味方を逃がすために討死しており、特に薛綬は刀折れ、矢は尽き、弓の弦が切れても、空弓を振り回して抵抗をやめなかったため、激怒したモンゴル兵に八ツ裂きにされてしまいました。ところが、呉克忠も薛綬も実は明に帰順したモンゴル人でした。呉克忠の父親の名はバトーティムール、薛綬の父親の名はトゴンといいます。これを知ったモンゴル兵たちは、

 

「同胞と知っていたら、こんな惨い殺し方をしなかったのに!」

 

号泣したそうです。泣くくらいでしたら、最初からやらなきゃあいいんじゃあないかと思いますが、何れにせよ、中華帝国は古来、漢化した異民族の登用に積極的でした。まぁ、唐の場合は異民族の安禄山と史思明を重用した結果、安史の乱という国家滅亡の嚆矢となる大乱を招いてしまうのですけれどもね。

先日来、或る政治家先生に関する様々な報道が話題を呼んでいます。私個人は、

 

『職責相応に有能であること』

『法律を遵守する意思があること』

『有権者に対して誠実であること、或いは誠実を装うフリができること』

 

の三つを果たしてくれれば、誰が政治家になってくれても文句はありませんが、しかし、よくよく考えると上記の三つは日本人の政治家でさえマトモに果たせていないケースがあるので、些か厳しい条件なのかも知れません。ちなみに話題になった政治家先生が上記の条件をクリアしていたか否かについてのコメントは差し控えさせて頂きます、悪しからず。

 

 

4.『君の名は』簡易感想(多少ネタバレ有)

 

話題をガラリと変えて、絶賛大ヒット中の『君の名は』の感想でも書きましょう。同じ夏の大作映画である『シン・ゴジラ』とどちらを見ようか悩んだのですけれども、私は特撮よりもアニメ側の人間なので、こちらを選びました。この判断が正しかったか否かは『シン・ゴジラ』のDVDレンタルがリリースされるまで待とうと思います。

結論から言うと期待外れの面白さでした。期待以上ではなく、期待外れ。日本語的におかしい言い回しですが、そういうしかありません。ほら、今までの新海監督の作品は見ていると如何に自分が汚れた人間かを思い知らされるピュアピュアストーリーじゃあないですか。『秒速』とか『雲のむこう』とか。或いは『言の葉の庭』のように名作感が先走るあまり、エンタメ要素に乏しいといいますか。『面白いもの』よりも『名作』を作ろうという意思を拭えないでいたのですよね。

でも、本作は主人公二人の入れ替わりから生じるトラブルというエンタメ要素を序盤からガンガン注ぎ込んできて、いい意味で違和感を覚えました。アニメにかぎらず、大成した作家さんの多くは出世作に連なるエンタメ路線から小難しい名作路線に切り替えるもので、この辺は近年のスタジオジブリや細田守監督の作品でも顕著な傾向なのですが、本作は名作系に属する新海監督が敢えてエンタメに挑戦した印象を受けました。こういう切り替えはなかなか見られませんので、作品以上に作者の作風の変化そのものに面白みを覚えたものです。『名作』と『エンタメ』。描く側にとって難しいのも、作品として優先されるべきなのも後者だと思うのですよね、実際。

尤も、物語の後半に入ると素の新海監督が出たというか、前半の疾走感は何処へやらといった具合にグニャグニャッと名作路線に入っちゃうのですよね。ラスト近辺でヒロインが皆を救うためにひたすら町を駆けるシーンがあるのですが、ヒロインの頑張りの割に物語の疾走感はゼロ。この辺はヒロインの転び方のオマージュと思われる『時かけ』のほうが変な理屈がない分、無心の疾走感がありました。前半はエンタメ路線、後半は名作路線といった不具合にスウィートウォーターコロニーのようなチグハグ感が否めなかった。両者がうまく融合していないというか。まぁ、これは主人公二人の時空列が融合していないことの隠喩と取れなくもないのですが。

この後半のグニャグニャ感はヒロインと友人の行動原理の弱さにも一因があると思います。いや、一応作中では説明されているのですよ。ヒロインもテッシーも父親の仕事に対する抜きがたい不信感があるのは物語序盤でキチンと説明されている。でも、それが一足飛びに発電所の爆破という発想に思い至るかというと疑問。某ネットでの『ヒロインは〒口リス卜!』とかいうくだらねー議論に参加するつもりは毛頭ありませんが、ヒロインは措くとしても、テッシーがそこまでやるかという印象は拭えません。繰り返しますが、彼らの行動原理の筋は通っているのです。ただし、それ単品では弱いよねという話。筋は通っているけれども、押しが弱い作品であったというのが私の感想です。

それでも、総体としては面白かったですし、未見の方にはオススメできる作品であるのも確かです。私の贔屓のキャラクターは奥寺パイセン。声を聴いた時には『このナチュラルにエロい声は誰だ?』と映画館の中で密かに悶々としましたが、エンドロールを見たらきりちゃんでした。うせやろ? きりちゃん、ぐうエロやんけ! 『コクリコ坂から』の微妙なアレは何やったん?

 

 

5.違う、そうじゃない

 

『18年大河は西郷隆盛』

 

 

「原作・林真理子×脚本・中園ミホ『女の視点で切り込みます』」

 

 

ハッキリいって素直に西郷さぁを見せろやという気持ちしか出てこないのですが。

いや、判るよ。西郷さぁというのは日本史上でも特異な存在で、恐らくはカリスマを保持していた唯一の日本人だと思うので、理論的に分析していたら、マトモな物語にならないのは百も承知ですよ。ちなみに私が思うカリスマとは個人の才能や容姿や実績から放たれる内発的な魅力ではなく、時勢や大衆の願望といった要因が一個人に集中した時に起こる外発的な魅力の謂いです。勿論、西郷さぁは幕末屈指の謀略家ですが、明治期に彼が発した光芒は幕末期の彼の才幹や実績とは別の要因に拠るものと思っていますので。まぁ、余談は兎も角、結局のところ、西郷さぁは彼の対になる大久保さぁの存在なしに魅力を描けないと思っているのに、女性の視点で西郷さぁを魅力を描くって……この際なのでハッキリいいましょう。西郷さぁはワーカホリックで最初の妻に愛想を尽かされ、流刑地で現地妻を娶ったものの、鹿児島に連れ帰ることができず、三人目の妻は上野の西郷さぁの銅像の除幕式で、

 

西郷イト「やどンし(うちの旦那様)はこんなだらしない方じゃない」

 

と空気も読まずに暴露しちゃうといった具合に女絡みでマトモな逸話のない人物です。そんな人物を女性視点で描くとか……制作陣は何を考えているのでしょうか。

そもそも、一口に女性視点といいましても視点の主語が曖昧ですよね。作中の女性なのか、それとも、女性視聴者なのか。これで随分と作品の方向性が異なると思います。作中の女性視点というのであれば、これは生半な男性主人公大河よりもハードルが高い。当時の女性の多くは名前も活躍も史書に記録されることのなかった存在。そうした女性の視点で物語を描くのは被害者データが一切ない犯罪のプロファイリングをするようなものでしょう。逆に女性視聴者のニーズに応えるというのであれば、単純に若いイケメンにいい人っぽいことをいわせておけばいいやという考えでは『おにぎり女』の如く大火傷をすること請け合いです。むしろ、一定の女性視聴者の支持を得るには若いイケメンとかいい人とかいう発想は逆効果といえるでしょう。試みに『真田丸』をご覧下さい。本作で女性の支持層が厚いキャラクターはスズムシとかセコムとかチワワとかパンダ(出浦さんね)とか信尹叔父さんとか、中年から熟年に差し掛かった俳優陣の、それも、現代的価値観からはかけ離れた言動をメインにする連中ばかりです。少なくとも、昨年の久坂や高杉よりも、ファンの絶対数において凌駕していると思います。物証はありませんが心証は確実です。この辺の事情を制作陣が弁えているか否かが二〇一八年の大河ドラマの分水嶺といえるでしょう。まぁ、二〇一三年の八重ちゃんや今年の『真田丸』のように不安を感じつつも、イザ、本編が始まったら、案外イケるやんと思える作品もあるので、事前の論評はこれくらいにしておいたほうが、のちのちの自分のためでしょう。取り敢えず、主演俳優くらいは確定してから発表して欲しいのですけれども……まぁ、又やんの悪夢があったからね、仕方ないね。

 

 

 

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