~ Literacy Bar ~

ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
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織田信長「善い働きも悪い働きもしない者には、かける言葉もない(善悪の働きこれなきの段、世間の不審余儀なく、我〱も思ひあたり、言葉にも述べがたき事)


大河ドラマ『軍師官兵衛』が終了しました。番組関係者の皆様、大変お疲れ様でした。
さて、今年は結論から書いちゃいましょう。

100点満点中、0点です。

よい点も悪い点も見つからない。後世の鑑になるほどの成功を収めた名作でもなければ、前向きな失敗と引き換えに何らかの教訓を残したワケでもない。もっというと放送した意義も見えてこない。兎に角、退屈でつまらない。視聴者の心に何の感情も芽生えさせない。怠惰。虚無。徒労。空疎。そういう印象しか残らない作品であった以上、点数はプラスもマイナスもない0点しか有り得ないと思います。一昨々年が最悪の大河ドラマとすると、今年のは無駄な大河ドラマと評してよいでしょう。あってもなくても誰も困らないし、何も変わらない。放送するだけ&見るだけ無駄な作品でした。まぁ、面白いかつまらないかは畢竟、個人の感性次第ですが、それでも、私がつまらないと感じた理由を幾つか書き連ねてみますので、おつきあいの程、宜しくお願い致します。

1.物事の結果しか描いていないから

確かに今年の大河は一昨々年のような馬鹿丸出しの捏造や、二十代半ばの女優に六歳児を演じさせる類のアカラサマな欠点はありませんでした。何かとやり過ぎ&至らなさが目立った昨年&一昨年に比べれば、安定感はあったかも知れません……が、言い換えれば、それだけのことです。評価に値する内容も皆無でした。一年間という長期スパンの番組にも拘わらず、本作でしか見られない内容が殆どないというのは、ある意味で奇跡のような存在と呼べるでしょう。別に一昨々年のようにGOが家康と共に伊賀越えをするといった類の愚劣な捏造をやれというワケではありません。あれはアホのすることです。しかし、今年の大河には、これが『売り』だという内容が全くなかった。

原秀則

この焔燃の台詞が『軍師官兵衛』という作品の本質でした。

本作の特徴として挙げられるのは、常に結果しか描いていないということでしょう。史実として正しいことしか描いていないので、そりゃあ、マイナスポイントにはなりませんが、歴史上のイベントには必ず原因があり、過程があり、結果があり、その影響がある。しかし、本作は多くの場合、描かれたのは結果のみでした。

永禄十二年になりました! ⇒ 史実通りに毛利軍が攻めてきました!
母里武兵衛が戦死しました! ⇒ 代わりに母里太兵衛が仕官してきました!
荒木村重が謀叛を起こしました! ⇒ 説得は失敗です! 官兵衛は幽閉されました!
官兵衛を救出しましょう! ⇒ そのコマンドを実行するには家臣の能力が足りません!
秀吉の猜疑心が上昇しています! ⇒ 官兵衛は剃髪した! 猜疑心が下がりました!


一事が万事、この調子です。何で毛利が攻めてきたのか、或いは如何なる経緯で太兵衛が登場したのか、そうした原因や過程の描写が完全に欠落していました。これでは歴史系SLGのイベントシーンや計略コマンドを入力するのと何ら変わらない。本作がゲーム大河(Ⓒハカセさん)と評された所以です。それが最も顕著に出たのが、前半の山場、播磨の諸勢力を信長に服属させる場面。クセモノ揃いの播磨の連中を如何なる手段を用いて、信長の勢力下に組み込むのか。それが見せ場になるかと思いきや、フタを開けると肝心の説得シーンや謀略シーンは完全にカットされて、彼らが官兵衛の説得に応じたという結果しか描かれませんでした。そのくせ、中国大返しの直後には嫁と会うとか会わないとかいうどうでもいいシーンに余計な尺を費やす始末。こうした『山を切り崩して谷を埋める』が如き構成の所為でストーリーに抑揚も緩急も生まれず、物語は結果を羅列するだけの、千早のバストも裸足で逃げ出すレベルの平坦極まりない作品に堕してしまったといえるでしょう。まぁ、何でもいいですけれど。
極めつけは終盤。それまでは口を開けばタイヘーノヨとかいう譫言しかいわなかった主人公が、関ヶ原の戦いを控えると唐突に、己の野望のために天下の大乱を狙うというワケの判らない展開を迎えました。確かに関ヶ原の混乱に乗じて官兵衛が天下を狙っていたのは巷説通りですが、そこに至る過程が何もかも、完全に、ズッポリと抜け落ちているので、主人公がボ【禁則事項です】たのかと見まごうばかり。マトモな家臣がついていれば、昨日と正反対のことを喚き散らす官兵衛を座敷牢に押し込められたことでしょう。しかし、本作の家臣団も主君に負けず劣らずのボンクラ揃いのため、一緒になって【ヒャッハー!】する始末でした。これも、結果しか描かない作劇が生んだ歪みですね。
極論すると歴史劇の結果というものは殆どの視聴者は知っているんです。信長は本能寺で死に、三成は関ヶ原で敗亡して、竜馬は近江屋で暗殺される。これは南方センセでも覆しようがない。必定、歴史劇とは結果ではなく、原因や過程や影響に対する独自の解釈を描くものと定義できます。例えば『独眼竜政宗』の小田原参陣。この場合の結果とは『政宗が白装束のパフォーマンスで秀吉に許された』ということでしょう。しかし、作中では上記の結果よりも、浅野長政たちによる一次面接、徳川家康による二次面接、豊臣秀吉による最終面接(ⒸRinkaさん)のほうに時間や労力が費されていました。特に家康の存在が大きい。二次面接での『関白は長陣で退屈しているから、何か一発芸をやれ』というアドバイスや、最終面接の際、帯刀したままで御前に出ようとした政宗を、秀吉からは見えない角度で(しかも無言で)制するといった場面。これらはアリテイに申さば、

ジュラ-C

の類なんです。そんな事実は確認されていません。でも、物語で何よりも力を入れなければならない箇所は、まさに『それ』なんですよ。政宗が白装束のパフォーマンスで秀吉に許されたという話なんて、調べれば誰にでも判る情報でしかありません。そんな情報を得たければ、日曜日の夜八時に小一時間もテレビに釘づけにされるよりも、歴史系の雑学書やバラエティ番組を見たほうが遥かに効率的です。結果しか描かない歴史劇はドラマである必要性がない。要するに本作に欠けていた『内容』とはドラマ性なんですね。本作がしばしば、歴史バラエティの再現VTRみたいと評されたのも、ドラマというよりも結果と情報の羅列に過ぎなかったためでしょう。オリジナリティの絶望的な欠如と評してもよい。オマケに結果と情報を繋ぎあわせるのは、他人の手垢の臭いがプンプンと漂うヴィンテージクラスのテンプレ展開ばかりで、何の新鮮味もない。これで物語が面白くなるほうがどうかしています。判りきっている話をクドクドクドクドと繰り返される退屈さ。それが『軍師官兵衛』がつまらなかった理由の一つではないでしょうか。

2.主人公がド低能クサレ脳みそ過ぎたから

私の記憶が確かであれば、今年の大河ドラマの主人公は黒田官兵衛であった筈です。黒田官兵衛が戦国でも一、二を争う智将として名高い存在であるのは論ずるまでもありません。勿論、黒田官兵衛といえども人間です。時には間違った判断を下したこともあるでしょう。実際に有岡城のような計算違いもありました。そもそも、ドラマである以上、主人公の多少の失敗や挫折は物語を盛りあげる要素として必要欠くべからざるものといえます。
しかし、そうした事情を差っ引いても、今年の主人公は頭が悪過ぎました。コイツが黒田官兵衛に見えた場面は事実上、皆無と評してよいでしょう。ここまでド低能な主人公というのも、なかなか見られるものじゃありません。先項で『本作ならではのモノが皆無であった』と書きましたが、その意味では本作の主人公は確かに今年の大河でしか見られない存在でした……見たくもありませんでしたが。
兎に角、毎回毎回誰かに騙される&裏切られる。しかも、懲りずに同じ手口に何度も引っかかる。鶴ちゃんに裏切られたのも、アラーキーに幽閉されたのも、信長の命令で御家が断絶しそうになったのも、秀吉に騙されたのも、三成にハメられたのも、元を糺せば全て主人公の見通しの甘さが原因でした。同じ過ちを繰り返すようで何が軍師でしょうか。何が黒田官兵衛でしょうか。騙し騙されるのが戦国の倣い。過ちを気に病むことはない。それを虚心に認めて、次の糧にすればいい。それが大人の特権かも知れません。しかし、この主人公は自分の失敗を全部他人の所為にするんですね。鶴ちゃんが悪い。アラーキーが悪い。信長が悪い。秀吉が悪い。三成が悪い。誰かに騙される度に、

実際、彼は悪くない

という態度に終始する。自戒も反省もしないから、同じ過ちを何度も繰り返すのは当然の経緯といえるでしょう。ある意味、非常に筋の通った構成といえなくもありませんが、それに巻き込まれてワリを食った宇都宮一族や北条氏はいい面の皮です。特に北条氏政の切腹に至る流れは、宇都宮一族の殲滅と殆ど同じ展開にも拘わらず、主人公は過去の過ちに全く学んでいませんでした。まさにド低能。如何に戦国の世でも騙すほうが悪い、という論法が百歩譲って通るとしても、備中高松での毛利との和睦の時のように、自分が相手を騙した際には、

真田信繁?

と居直った態度に出る。こんな主人公にどうやって感情移入すればいいのでしょうか。
一時、私は本作の呼称を『軍使官兵衛』と定義しました。とても軍師とはいえない低能ぶり、ツカイッパ程度の役にしかたたない主人公への皮肉のつもりでしたが、事実とは往々にして出来の悪いジョークよりも遥かに出来の悪い展開を迎えるものです。この主人公は軍使としても役立たずでした。何しろ、説得に赴いておきながら、自分たちの都合しか語らない。『これこれこういう理由でこちらに味方したほうが得ですよ』という類の、相手の利益を考えるという説得の基本スキルも持ちあわせていない。二言目には『天下のため! 太平の世のため!』という抽象的概念しか持ち出さない。人呼んでボキャ貧軍使官兵衛。それに加えて、有岡城以降は『従わなければ御家が滅びますぞ!』というタチの悪い恫喝スキルを習得していました。自分たちが攻め込まなければ相手が滅びることもないというのに、この『身勝手で恩着せがましい好意を押しつける言動』はクレーマーそのもの。まさにクレーマー官兵衛(Ⓒ戦闘勇者さん)でした。自分の戦は『太平の世のために必要な戦』で、それ以外の戦は『無駄な戦』と断ずる自己客観性を著しく欠いた傲慢さも、クレーマーの典型でしょう。
それでも、天下統一までは織田軍or秀吉軍の威を借りてのクレーマー説得も通用したのですが、兵力の後ろ盾を失った瞬間、主人公は単なるぼんくらに成り下がりました。秀吉の唐入りや秀次一族の粛清に対しては主人公は成す術なし。軍師の智謀や軍使のスキルといった個人の才能を磨いていないのですから、当然の帰結ですね。挙句の果てに、秀吉の不興を蒙って誅殺されるか否かという瀬戸際に追い込まれたにも拘わらず、何の策も講じずに雨を見ながらボーッとしているんですよ。アホか。この場面で主人公がしたことといえば、

頭を丸めて謝罪を乞うただけ

でした。頭の使う方向性を完全に間違えています。オマケに『生命が惜しいから頭を下げるけれども、俺は絶対に間違っていないから』という、場違いも甚だしい台詞まで飛び出す始末。既に事態は正しいとか間違っているとかいう段階を完全に通り越しているのに、コイツは今更、何を言っているのかと本気で頭を抱えましたよ。だいたい、正しいことを積み重ねていけば全てがうまくゆくなんて発想は『八重の桜』で完全に否定されていたじゃないですか。こんなものを見せられた視聴者がサスガカンベージャと主人公の智謀(笑)に感動するとでも思っているとしたら、本作の製作者も主人公に負けず劣らずのド低能でと評さざるを得ません。
そう、本作の主人公がド低能になってしまった原因は、作品から製作者の知性が全く感じられないためなんです。全てが何処かで見た場面&何処かで聞いた台詞のツギハギなのも、主人公の口から聞き手が耳を傾けたくなる知性の輝きに溢れた言葉が一度も出たことがなかったのも、製作者が史実と結果におんぶにだっこで、自分の頭を絞ってストーリーや台詞を考えていないからです。主人公の交渉シーンに説得力が全くなく、軍使としてもド低能に見えてしまったのも同じ事情ですね。主人公が『織田or豊臣が勝つから降伏しろ』と繰り返すしか能がないのは、描いている人間が『何で織田or豊臣が勝ったのか』を理解していないから、

岸谷五朗

と肝心の点をスルーしてしまい、主人公の言葉が結果しか知らない人間による未来予知になってしまっている。策略とは何か。他人を説得するとはどういうことかを理解していない人間が軍師の活躍を描こうとしても、具体性やリアリティのある場面や台詞が思い浮かばない。製作している人間が残念だから、彼らが描く登場人物も残念にならざるを得ない。物語の中で登場人物を巧みに騙すシナリオを描けない製作者が、どうして現実の視聴者を心地よいフィクションで楽しませることができるでしょうか。しかも、そんなド低能が作中で天才軍師(笑)と持て囃されるのですから、本当に救いようがありません。今時、おバカブームでもあるまいにド低能な主人公の残念な言動を延々と見せられた視聴者が心地よく思うワケがないんですね。これが『軍師官兵衛』がつまらなかった、もう一つの理由でしょう。
一昨々年の大河ドラマも大概でしたが、あれは頭の善し悪しよりも先に性根が腐っていたというほうが適切でしょう。それに対して、本作は単純に制作陣の知性の乏しさが露呈した作品でした。病状としては明らかにGOのほうが深刻でしたが、しかし、今年の主人公が黒田官兵衛という戦国屈指の智将であったため、史実と創作の落差を激しく感じた。その分、作品の質も悪く映ったのではないかと考えられます。

結論:『軍師官兵衛』とは何であったのか?

昨年の『八重の桜』関連記事で、近年の大河&『坂の上の雲』を料理に例えるというネタをやりました。詳細は当該記事を御覧頂くとして、今年の大河が始まった時も、料理に例えると何になるかなぁと考えたことが何度もありました……が、ついに結論が出なかった。取り立てて不味いワケではないが、明確な旨みがあるワケでもない。一昨々年のような有害物質ではないにせよ、食した人の血や肉や骨となるほどの栄養価があるとも思えない。この毒にも薬にもならない作品を如何なる比喩で表現すればよいのか、頭を抱えたものです。
最初に思い至ったのが水大河という表現です。兎に角、ストーリーもキャラクターも総じて印象が薄く、書き手の個性や主張が全く感じられなかった。昨年、一昨年は善かれ悪しかれ、総じて尖がった逸話や連中のオンパレードであった分、本作の無味無臭っぷりに落胆したものです。まさに主人公・黒田官兵衛の号・如水そのままに水の如き作品でしたが、しかし、水は生物に必要不可欠な存在なので、この表現に違和感を覚えていたのも確かでした。
そんな時に同県人さんの『今年の大河は出涸らしのよう』というコメントを拝読して、膝をうったのを覚えています。成程、人体には無害で一応の風味はあるにも拘わらず、滋味も栄養もなく、そのうえ、出された側の機嫌を地味に損ねるという意味で、

『出涸らし大河ドラマ』

という表現ほどに『軍師官兵衛』の本質を突いた評価は稀でしょう。何度も何度も使い古されたテンプレの上に更にテンプレを重ねた薄っぺらい味わいしかない作劇も、確かに出涸らしでした。『今年の大河ドラマを食べ物に例えると?』という御題に関しては、同県人さんの『出涸らし大河』に丸乗りさせて頂きたく存じます。まさに本作は今までの大河ドラマ&歴史劇の絞りカスの寄せ集めに過ぎませんでした。

それにしても、何故、こんなことになってしまったのでしょうか。

一つにはスタッフの怠惰があったと思います。黒田官兵衛といえば、戦国時代でも押しも押されぬ実績と知名度を誇る人物。それこそ、食べ物に例えるとマグロの中トロ級の題材です。しかし、それだけにスタッフは題材の知名度に胡坐をかいてしまったように思えます。今までの大河&歴史劇のテンプレと結果の数珠繋ぎで、何の工夫も新鮮味も独創性もないストーリー構成が何よりの状況証拠。勿論、オリジナリティとは安定した作風があってこそ映えるものです(この辺は『平清盛』の失敗点ですね)が、ハナから題材におんぶにだっこで自分たちで何も創造しようとしない姿勢は怠惰と批判されても仕方ないでしょう。
或いは怯懦があったのかも知れません。昨年&一昨年の大河ドラマは、それぞれの作品なりの『何か』を伝えようとする意思と情熱は感じられた意欲作でしたが、視聴率という点では惨敗の一言でした。様々な方面からのバッシングもありました。それがスタッフの萎縮を招いた可能性はあります。オリジナリティの欠片もない史実とテンプレの連発は、どんなに批判されても『史実通りだから』&『昔の大河でもやっていたから』との言い訳にできるという逃げ口上のためと感じてしまうのは、下種の勘繰りではないでしょう。要するに『いい作品を作ろう』というよりも『批判されないようにしよう』という創作姿勢でした。それほどに本作からは批判されたくない&早く一年が過ぎて欲しいというやる気のなさが透けて見えました。視聴者を楽しませるためではなく、製作者の都合と保身に基いて製作された大河ドラマ。それが『軍師官兵衛』であったように思います。

視聴者に何かを伝えようとする意思と能力が欠落した作品が面白くなるワケがない。

最終的には、この一文が『軍師官兵衛』がつまらなかった最大の理由といえるのではないでしょうか。
歴代大河の中ではお花畑脳GO偽善者かねたんに次ぐワースト3位の出来。通称はぼんくら官兵衛が相応しいですね。直江兼続と黒田官兵衛のネームバリューの違いを考えたら、或いはワースト2位かも知れません。黒田官兵衛を題材にしたにも拘わらず、この程度の作品しか作れなかったというのは非常に深刻な事態といえるでしょう。
ちなみに毎年恒例のキャラクターベスト10は五十音順で以下の10名。

安国寺恵瓊
宇都宮鎮房
黒田休夢
黒田長政
黒田職隆
小早川隆景
茶々
別所賀相&別所重棟
松永久秀
山中鹿介


安定度ではベールさん&恭兵パパン、ネタ度ではハムの人とミッキーカーチスが双璧。共感度では黒田長政と宇都宮鎮房。長政を演じた松坂さんのインタビューで『鶴姫は長政の側室になったという説がある』と聞いた村田さんは『ますます腹が立った!』とか。こういうインタビューをもっと前面に出せよ。萌え度は休夢叔父さん。別所賀相&別所重棟はキャスティングの妙。ベンガルと佐戸井さんのコンビは反則です。小早川隆景は仇敵の鹿介の首級に手をあわせる場面が素晴らしかった。将来性は茶々……というか、演じた二階堂ふみさんが印象に残りました。是非、今後の御活躍をお祈りさせて下さい。

総括記事は以上。ここからは予告通り、

『軍師官兵衛』キャラクターワースト10

を発表致します。次点は高山右近。作中の動向を見るとトンデモないロクデナシですが、史実の右近も表面上の行動を辿るとああなるんだよなぁ。これも結果しか描かず、右近の内面に迫れなかった弊害といえるでしょう。『黄金の日々』の右近は魅力に溢れていましたしね。

第10位 栗山善助&母里太兵衛&井上九郎右衛門

『独眼竜政宗』でいえば、伊達成実、片倉小十郎、鬼庭綱元に該当する立ち位置にも拘わらず、全くといっていい程に主君の役にたたなかったボンクラ家臣団が三人まとめてランクイン。兎に角、無能。恐ろしく無能。雁首揃えて愚痴を零す場面しか記憶にない。彼らの口からマトモな策が出た場面は殆ど皆無であった。有岡城幽閉イベントで一番役に立ったのは善助の妻という段階で、彼らの無能は推して知るべしである。三人寄ってもクズはクズであった。通常の作品であれば、この三人でベスト3を独占してもおかしくないレベルのボンクラであったが、彼らの主君が輪をかけて無能であったため、この順位。よかったね。

第9位 マグダレナ

お福やお道といった黒田家の侍女たちも大概であったが、作中に登場した中で誰が一番不快な侍女かとの問いにはダントツで彼女の名前があがる。主人公でさえ膝を折った棄教令をガン無視して、常にロザリオをさげ続けるのみならず、御目こぼしをしてくれている秀吉に対する不平不満罵詈雑言のオンパレード。寧々の侍女でなければ、とうの昔に耳と鼻を削がれて首級を晒されてもおかしくない……というか、それが当然の処置としか思えないほどの不快なキャラクターであった。作中で何度も茶々に対する無礼を咎める台詞を口にしていたが、視聴者の多くがおまえがいうなと思ったことであろう。ちなみに彼女は小西行長の実母であるが、その設定が本編で活かされることはなかったのはいうまでもない。

第8位 宇喜多直家

BS再放送中の『独眼竜政宗』の余波を喰らった被害者の一人。要するに陣内さんのムダ使いである。策士ぶっているくせに全然謀略の場面がなかった本作の直家よりも、分不相応な地位に就かされた驕りと不安の狭間で揺れ動く『独眼竜政宗』の秀次のほうが遥かに印象に残った。況や、佐々木判官とは比べるべくもない。陣内さんと宇喜多直家という最高の組みあわせを、みすみす台なしにした本作スタッフの罪は重いといわざるを得ない。尚、後半に登場した宇喜多秀家が直家の息子という点には誰も触れないままで終劇を迎えた。この点で上記のマグダレナといい勝負なので、彼女と並ぶ第8位。

第7位 後藤又兵衛

本作屈指のクズエピソードである長政吊しあげ事件の共犯者其ノ一。長政の言動にケチをつけるのは又兵衛のディフォなので仕方ないとしても、それが彼個人の矜持や判断に基く反論ではなく、官兵衛や光さんの威を嵩にきたものというのが最悪。代案なしに批判を繰り返す。上司に対する説得スキルがない。それにも拘わらず、自分が正しいと思っている。まさに本作の主人公の悪い面を全て引き継いだ存在であった。史実の又兵衛は官兵衛を実の父のように慕い、官兵衛も又兵衛を我が子のように慈しんだと聞くが、そういう方法で両名の関係性が描いてくれと頼んだ覚えはない。凡そ男臭さの欠片もない後藤又兵衛であった。

第6位 糸

本作屈指のクズエピソードである長政吊しあげ事件の共犯者其ノ二。百歩譲って又兵衛は従犯としても、糸は確実に主犯の一人である。それを除いても本作の糸はミニGOと評していいほどに登場するだけで不愉快なキャラであった。魅力的な女性陣が殆どいない本作の中でも、夫に対する常習的&精神的DV、メンヘラ、ネグレクトとトリプル役満が揃った、絶対に嫁にしたくない女性キャラクター筆頭。まさにミニGO。三馬鹿家老同様、充分にベスト3が狙える人材であったが、キャラクターに漂う小物感も半端なかったので、順位も中途半端な第6位。演じた高畑光希さんがどうこうという意味ではありません、念のため。

第5位 織田信長

学生時代、協会に名を連ねていた&新人賞を受賞した友人に脚本のイロハのイの字を教わった経験があるので、物語の構成に関してはそれなりに論評させて頂いているが、演技の経験は皆無なので、俳優の演技にダメ出しするのは極力避けてきたつもりである。しかし、それでも、今年の信長はあまりにもダメ過ぎた。未来からタイムスリップしてきたサブローやミッチー演じる信長のほうが『らしく見える』ってどういうことだよ。私は『Newジャングル』の頃から江口洋介さんを応援してきたが、それでも今回は擁護しようがないくらいに致命的に信長に向いていなかったように思う。江口さんはワイルドな容貌の割にいい人キャラのほうが似あうのに、何で信長のオファーがきたのかサッパリ判らない。『敦盛』のシーンは余りの似あわなさに、思わず目を背けてしまった。今まで見てきた中で最悪の信長。モニカやオッチョよりも下というのが凄い。モニカは最近、いい雰囲気出すようになったからなぁ。

第4位 だし

第6位の糸は長政と離縁するのを見越しての嫌われキャラ設定であったと思えなくもない。しかし、だしさんについては製作者が彼女をいい人に見せようとすればするほどに視聴者に嫌われるという状況に陥っていたように思える。勿論、有岡城の一件。アラーキーが一世一代の大博打に出たのに傍で支えるどころか、地下牢に幽閉されている主人公にかかりっきり。旦那が『俺を裏切るな! 傍にいてくれ!』と頼んでるにも拘わらず、それをガン無視して甲斐甲斐しく主人公の面倒を見る始末。うぬは誰の女だ。有岡城でアラーキーが正常な判断ができないほどに追い詰められたのは間違いなく、だしの背信が原因。切支丹信徒としての無償の愛、或いは自分の所為で主人公が幽閉された負い目があるのは判るが、その前に大名の妻女としてやらなければならないことが山ほどある筈だ。それを描かずして、主人公に肩入れする姿を見せられても、視聴者が『だしさんは主人公を助けたいい人だ』などと思うワケがない。単純に旦那の多忙を口実に間男の元に通い詰める不倫妻にしか見えなかった。史実のだしさんや、演じた桐谷美玲さんに含む所があるワケではありません、念のため。

第3位 黒田官兵衛

主人公がキャラクターワーストランキングで堂々の3位に入るという段階で、如何に本作が『終わっているか』が窺えよう。軍師らしい智謀の冴え、大河ドラマの主人公としての魅力、その双方が完全に欠落していた。主人公に魅力が欠けるのは近年の大河ドラマ共通の弱点にせよ、昨年&一昨年の主人公は己の至らなさや悪業を自覚していたのに比べて、礼儀も人情もないド低能極まる主人公がサスガカンベージャと持て囃される本作は、新手のカルト宗教のPVを見ているようで実に薄気味悪かった。余命を賭して豊臣家の内訌をとめようとした前田利家をくたばりぞこないはすっこんでいろ(これでもマイルドな要約である)と罵倒した場面さえもサスガカンベージャと褒め称えられるシーンは大河史上でも屈指の胸糞エピソード。そもそも、参謀とは蛇蝎の如く憎まれてでも己の策を実行する存在であるべき(Ⓒ戦闘勇者さん)なのに、登場人物全員から好かれ、褒められ、慕われるという段階で軍師もの失格。製作者一同は『銀英伝』の軍務尚書や『るろうに剣心』の佐渡島方治を勉強して出直してこい。

第2位 光

本作屈指のクズエピソードである長政吊しあげ事件の元凶にして総元締め。自分の息子を城中の女総出で吊しあげるという所業を平然とやってのける光さんの姿に本当に人の親なのかとのコメントが相次いだが、何てことはない、答えは実にシンプルだ。光さんは劇中で母親としての役目を何一つ果たしていないから、息子に対する態度も母親らしさの欠片もないものにならざるを得ないのである。安手の置物のようにニコニコと笑みを浮かべながら長政を見ているだけで、息子を心から諭したことも叱ったこともない。そんなキャラに母親らしさを求めるのがムリな話だ。勿論、嗣子の養育は傅役の務めであるが、手ずから育てずとも、息子への愛情に溢れた母親を描くことができるのは『独眼竜政宗』が証明している。夫には知性が皆無であったように、妻には母性が欠落していた。一度も息子のために何かしたことがないキャラクターが、したり顔で主人公の隣に座っていても、母親らしいことができるワケがない。如何に外面を取り繕っても肝心の中身が空っぽ。本作の悪しき特徴を主人公以上に象徴していたキャラクター、それが光さんである。全く、この夫婦は悪い意味で割れ鍋に綴じ蓋であった。

第1位 櫛橋左京進

物語序盤における主人公のライバルキャラ……の筈であったが、既に誰が演じていたかを覚えておられる方は稀であろう。ちなみに私も総評記事を書くまでは完全に忘れていた。物語の構成上、主人公と左京進はモーツァルトとサリエリ、諸葛亮と周瑜のように描きたかったであろうことは察しがつくが、左京進が余りにも不快極まる人物として設定されていたため、見ている側は関係性を云々するより先にウザいから早く殺してくれと願わずにいられなかった。単純に主人公を嫉むほかに能がなく、しかも、主人公への憎悪も何から発しているかが全く描かれない。死ぬ直前になって唐突に『俺は官兵衛を憎んでいたのではない』というウワゴトをノタマッタものの、そんな弁明を信じたのは光さんくらいなものである。存在そのものが意味不明。それが左京進というキャラクターであった。ついでに絡まれる側の主人公も充分にウザかったので、この二人が揃って画面に登場すると相乗効果で不快度が更に倍。いっそのこと、史実も時間も空間もガン無視して、有岡城も本能寺も宇都宮謀殺も唐入りも熊之助遭難も関ヶ原も全部左京進が糸を引いていたという、

『天地人』の遠山康光

レベルのブっ飛んだ捏造をしたほうが、まだしも話のネタになったと思う。裏を返さば、その程度のタチの悪い捏造のほうがマシに思えるほどに魅力のないキャラクターであったことの証明といえよう。初登場から退場に至るまで結構な出番があったにも拘わらず、一度たりとて行動原理を理解できなかった点で左京進がブッチギリのワーストキャラクター。まさか、遠山よりも意味不明な敵役が登場するとは夢想だにしなかった。人間の想像力などタカが知れている。

以上が『軍師官兵衛』キャラクターワースト10です。まぁ、トップ3は早い段階で確定していたのですが、他のメンツは競争激しかったですね。次点の高山右近は元より、秀吉も結構ヤバかったですし、行動原理が全く読めないという点ではテラさん家康も大概でした。事前の期待を裏切ったという意味では小寺政職も宇喜多直家に匹敵するかも。それと女性キャラは殆どダメでしたね。

これにて今年の大河ドラマの総評を終了します。今年は『GO』以降続けてきた大河ドラマの感想記事を断念するという事態に陥りましたが、それでも、時折、日記で書いた簡易感想には多くの皆様からコメントを頂き、改めて、大河ドラマというものの存在の大きさを感じました。願わくば、こうした思いに応える作品が生まれて欲しいのですが……来年はなぁ、現時点ではナレーションしか楽しみがないという段階で既に心が折れ気味。まぁ、一応、第一話の感想は書きますが、再来年までは感想記事の本格復帰は難しいかも知れません。それでも『八重の桜』も第一話を見るまでは全然期待していなかったので、今回も予想が裏切られることを祈っております……が、年末年始の番組ガイドに掲載されている『花燃ゆ』のサブタイを見ると、

第一話『嵐を呼ぶ妹』


黒マリーさん


第二話『波乱の恋文』


炎と風


第三話『ついてない男』


現実逃避


もうどうにでもなーれ(AA略

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今回の何が凄いって、サブタイの仙台築城の他に歴史的な動きが殆ど描かれていないということ。まぁ、家康の征夷大将軍の就任はありましたけれども、作中でも詳しくは触れられてはいませんでした。。しかし、それにも拘わらず、

どうしようもなく面白い

というのが凄いわ。何だろうな、これ。大きな歴史イベントを題材にすれば、普通の脚本家でもある程度のモノは描けると思いますが、今回みたいに政宗の上洛と帰郷しか描かれていないのに退屈させないってどういうことなんでしょうか。脚本家としての基本スペックが違うとしか評しようがありません。逆に有名な歴史的事件をバンバン扱っているにも拘わらず、全くストーリーが盛りあがらないというスペックが著しく低い大河ドラマが明晩、最終回を迎えるそうです。今回のアバンタイトルで描かれていたように、本作が放送されたのが一九八七年。あれから四半世紀で大河ドラマの何が如何歪んでしまったのでしょうか……まぁ、このテの愚痴は明日の総評記事に取っておくことにしましょう。今回のポイントは一つ。細かい見所は多かったものの、煎じ詰めると次の一文に集約できると思います。

1.徳川家康という男

先回、百万石のお墨つきを反古にしたことで、完全に主人公の倒すべき相手(悪ではない、念のため)と定義された徳川家康。その人物像を明確にするのが今回の主題でした。作中では、

伊達政宗「俺は太閤には三度も殺されかけた経験がある! 家康如きに手玉に取られてたまるか!」

という何の自慢にもならない理由で家康への対抗心を露わにしたものの、残念なことに秀吉と家康では天下人としての質が違いました。勝新秀吉は全身から漂うバイオレンス臭で政宗を頭から捻じ伏せにかかりましたが、津川家康はジワジワと足元から相手の自由を奪うように浸み込んでくる。政宗がそらっ恍けようとした仙台城の普請の進み具合までも把握して、逃げ場や言い訳の余地を絶ち、相手を自分の意図した方向に動くように仕向けてくる。秀吉が虎や獅子、或いは赤カブトとすると、家康は劫を経た狐狸の類。力ではなく、知恵と道理で相手の行動を誘導する名人ですね。
これは政宗にとっては秀吉よりも厄介な相手です。知恵と道理を重んじるということは、政宗お得意のハッタリが通用しないということに等しい。秀吉の場合は政宗がちょっと(というか大概な)悪さをしても、白装束とか黄金の十字架とかいった一発芸で笑いが取れると許してくれたのですが、家康はそうではない。道理に反することはとことん追求してくる。政宗にしてみると天敵と評してもいいほどに相性が悪い相手ではないでしょうか。奇策使いを完封するのは正統派の用兵家ということでしょう。
これに対抗するには二通りの方法しかありません。
一つ。こちらも道理に則った行動で揚げ足を取る。家康よりも先に秀頼に年賀の挨拶に伺ったのが典型ですね。形式上、家康は秀頼の臣下といえなくもないので、政宗の行動をアカラサマに批判できない。やり過ぎはマズイですが、一朝事ある時に伊達家は豊臣家と結ぶかも知れないぞ、と家康に匂わせておくのは有効な手段です。勿論、言質を取られない範囲でね。
もう一つは相手の知らない&影響のない要素で反抗に及ぶ。香ノ前との間に生まれた子を密かに仙台に向かわせたのが好例。流石の家康も、茂庭家の子供が政宗の胤とまでは気づかない。妻子のみならず、自らも伏見に留め置かれた主人公としては、

伊達政宗「家康の奴、俺の妻子を全員統制下に置いた気でいやがる。ププッ、実は一人抜け出しているんだよ、ブワァーカ」

という暗い快哉に胸を躍らせたでしょう。勿論、主目的は万一の事態に備えて伊達家の血筋をセーブしておくことなんですが、絶対に上記のような思考も働いている筈です。まぁ、煎じ詰めると雑巾絞り茶の発想と変わらないのですが、この辺が妙に人間のリアルを感じさせますな。キャラクターの生臭さと評してもいいでしょう。

しかし、如何に政宗が手練手管を弄そうとも、結局は家康のほうが一枚も二枚も上手。

片倉小十郎「決して器用な御仁ではございませんが、自然の摂理に抗うことなく、押すべきは押し、退くべきは退いておりまする」
伊達成実「確かに読みは深い。自ら天下を奪うのではなく、天下が懐に転がり込むように仕向けておる」


と評したように、相手の心理を洞察して、攻める時と退く時を見誤らないという家康の掌で、豊臣家のみならず、政宗も踊っていました。征夷大将軍に就任した際に生じた豊臣家との摩擦は、秀頼を内大臣に推薦&千姫との婚礼でチャラにしたように、百万石の御墨つきを反古にした&二条城の普請を手伝わされた&妻子と共に伏見に留め置かれた&江戸屋敷に入ることをゴリ押しされた……etc.etcといった政宗の鬱積が頂点に達する寸前、

大久保長安「で、どうすんの? うちの忠輝と五郎八姫の結婚、何時にする? 何? 『足留めしておいて何をほざく?』 大丈夫、上様の勘気はとっくに解けているよ」

とポーンと甘~い飴をしゃぶらせる。案の定、踊るように仙台城に帰還した政宗は上機嫌極まりない状態。全ては家康の計算通り。勿論、政宗としても牙を抜かれたつもりは毛頭ないとはいえ、家康の敷いたレールの上を通らされた感は否めませんね。秀吉が力づくで自分の望む場所に相手を引き据えるとすれば、家康は相手がいつの間にか、その場所にゆくように誘導されている。小十郎と成実の評価は蓋し名言ですな。
そのうえ、もっと重要なのは家康の相手は政宗だけではないということです。天下人である以上、家康は全ての不穏分子に対策を講じていなければいけないんですね。政宗には政宗向きの、豊臣家には豊臣家向きの、清正には清正向きの、市松には市松向きの飴と鞭を用意している。基本、家康と豊臣家に目を向けていればいい政宗とは視野の広さと思慮の深さが格段に違うんですね。家康の相手でイッパイイッパイになっている政宗との根本的な違いはそこにあるんじゃないかと思います。この辺は特に本編で明確に描かれていたワケではないにせよ、対豊臣家と対伊達家の態度の類似点を見ると、自然と視聴者もそういう視点で家康の凄さが判るんじゃないかと思いました。何気ない日常パートの回にこそ、大河ドラマの脚本家の力量が試される。それを実感した内容でした。

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歳の瀬になんちゅうものを見せやがるんだ。

いや、もの凄く面白かったよ。謎解きは弱いけれども、それは今回の主題がミステリよりも社会派のベクトルが大きかったからですし、真犯人を除いた登場人物全てに感情移入できるという点で、今季一番の出来と断言してもいいんですが、よりにもよって、こうも重い話を今年最後の回でされると、幸せな気分で年越しできないというか。幾つか大きな穴はあっても、先回の馬鹿話のほうが歳の瀬を飾るに相応しい内容であったと思いました。シリーズ構成の人は仕事をしてんのかと野暮を承知で文句をつけたくなりましたよ。
話の系譜としては、歴代でも随一の問題作と呼ばれる『ボーダーライン』に連なる内容でしょうか。他にも『ライフライン』というのもありましたな。兎に角、見ていて身につまされる系の切なさのオンパレードで、面白かったけれども二度と見たくないという奴です。小宮山親子の置かれた境遇、或いはもっと悲壮な状況下にある現実の介護問題というものを否応なく考えさせられました。我が家でも両親が亡き祖母の介護をしていた記憶があるので、その辺でも感情移入しちゃったのかなぁ。勿論、私の両親はキチンと介護をしていましたが、ネグレクトに奔った小宮山親子の関係性も判らんではない。息子も別に親が憎くてやっているワケじゃない。八方塞がりでどうしようもない状況から目を背けたいという感情で心が一杯なんですよ。それが正しいというつもりは毛頭ありませんが、その感情を理解(同意ではありません)しないと、ネグレクトの問題の社会的フォローは難しい。そして、母親がネグレクトする息子を庇うのは、息子に見放されたら他に面倒を見てくれる人がいないという厳しい現実があると思います。杉下の思わせぶりな物言いのように単純に息子を庇う母心ばかりではない。まぁ、その辺をリアルにやっちゃうと『ボーダーライン』のよう心底救われない話になっちゃうので、ベタでも綺麗にまとめたほうが視聴者の負担も少ないという配慮でしょうね。それこそ、

杉下右京「ドラマの場合、ただ事件を描写しても面白味がないんでしょうねぇ」

というように、ガチで問題を扱い過ぎてドラマ性がブッ飛んでいた『ボーダーライン』の教訓を生かしているんじゃないかと思いました。
一方でサイドストーリーに感けて本筋が疎かになるというのは作中での事件報道のアリヨウ、ひいてはリアルマスコミorネットへの警鐘とも捉えられますね。別に夜の仕事をしていたって、ヘルパーの業務に支障を来さなければ何の問題もないにも拘わらず、本質とは関係のないサイドストーリーで他人を叩く風潮は現実世界でもよく見るパターン。実際、本作で誰が一番のクズかというと、真犯人よりも冒頭とラストでの露骨過ぎる掌返しを見せた劇中のマスコミなんですね。まぁ、彼らも別に悪気はなく、目の前の利益を確保するのに精一杯なんでしょうけれども、小宮山さんの息子さんも同様の理由で被害者と真犯人を会わせてしまったがために今回の殺人事件が起こってしまったワケですから、そうした人々に対する何らかのメッセージであるのは明白。この辺は私もブログを書いている者として気をつけねば……手遅れかも知れませんが。

不満点は2つ。
まず、エンディングで小宮山さんの入居施設が決まった件。あんなに都合よく決まるワケねーだろ! 本当に大変なんですよ、介護施設に入居するのって。私の祖母も入るまでは大変でしたし、一度、病気の都合で退所すると再入居も難しい。せめて、犯人扱いされた社会保険労務士の助言を元に介護施設を探し始めたくらいで留めるべきでした。
もう一つはその社会保険労務士。自分がやっていないのであれば、何でもっと強硬に無罪を主張しなかったんでしょうか。てっきり、誰かを庇っているのかと思いきや、事件とは殆ど関係ないままでの退場。それこそ、社会保険労務士がキャバクラ通いをして何が悪い。特に後者は非常に大きな穴です。ここをうまく補完してこそ、物語のクオリティが保たれるというものではないでしょうか。まぁ、それこそ、ベタで意味のないサイドストーリーの象徴としてのフェイクなのかも知れません。

上記のように今年の『相棒』は今回で〆。次回は元日SPです。仲間さんの再登場は期待の要素が多いとはいえ、予想はしていました……が、もっと驚いたのは寺島進さんの再登場ですよ! 懐かしい! 『バベルの塔』以来じゃないですか! あの回では何気に杉下よりもいい仕事をしたので、今回も肝心の場面で美味しいトコロをかっさらっていくんじゃないかと予想してみます。

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