クコツキイの症例―ある医師の家族の物語(群像社ライブラリー): リュドミラ・ウリツカヤ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第56回:『クコツキイの症例』
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今回は【ロシア文学の深みを覗く】の56回目として『クコツキイの症例』を紹介します。このシリーズも今回を入れて残り5回の予定です。ようやく先が見えてきました。ホッ。

さて本書の作者はリュドミラ・ウリツカヤ(1943-)。ロシアの女流作家です。本書以外にも邦訳本は何冊かあり、最近のロシア作家の中では比較的有名かもしれません。

本書はそんなウリツカヤの長編小説で2001年にロシア・ブッカー賞を受賞した作品。ロシア・ブッカー賞というのは、イギリスの権威ある文学賞であるブッカー賞のロシア版で、ロシア国内では権威ある賞となっているようです。

本書は上下巻に分かれていますが、合わせて500頁強なので、それほど大長編というわけではありません。

パーヴェル・クコツキイは先祖代々続く医者の家系に生まれ、そして、自身も医学の道を志す。時代はロシア革命期、父親が皇帝側の大佐だったことも大した障害とはならず、産婦人科医として成功する。パーヴェルは、人間の内側、内臓の解析画像のようなものが見えるという特殊能力の持ち主だったが、その能力は女性とセックスをすると一時的に失われてしまう。

そんなパーヴェルはエレーナという女性を手術で救う。エレーナは彼の特殊能力が役に立たない唯一の女性であり、セックスしても能力を失わない唯一の女性だった。

エレーナにはターニャという娘がいる未亡人だが、新しい子供を作る能力は失っていた。それを承知でパーヴェルは、エレーナと結婚し、ターニャを養子に迎えた。

エレーナは、パーヴェルとはまた違った、言葉が正面図でも側面図でもあるような普通ではない形に見えるという特殊能力の持ち主だが、お互い相手の特殊能力は知らない。

幸せな家庭であったが、パーヴェルには秘密があった。それは当時違法だった堕胎手術を密かに行っており、政府に対して堕胎手術の認可の要請も行っているのであった。そして、そのことが家族に知られ、パーヴェルがエレーナに向かって言ってはならないことを言ったとき、家族は取り返しのつかないカタストロフィーへと突き進む。

家族の崩壊、個人の尊厳、死と生きる意味などなど様々な要素を歴史の中に描き出す力量は素晴らしいものがあります。さらにマジックリアリズム的な要素を加え、途中にエレーナの精神的な世界を描いたような不思議な物語を挟むなど、構成面でも面白いです。

ロシア・ブッカー賞を受賞するのもうなずける見事な作品でした。ということでぜひ読んでみてください。

次回はソローキンの予定です。