ジプシー・青銅の騎手(岩波文庫)アレクサンドル・プーシキン | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第5回:『ジプシー・青銅の騎手』

ジプシー・青銅の騎手―他二篇 (岩波文庫)/岩波書店

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今回は、ロシアの国民的作家アレクサンドル・プーシキン(1799-1837)の『ジプシー・青銅の騎手』を紹介します。

ロシアでは、18世紀後半から19世紀前半にかけて、個人の感情に重きを置いたロマン主義が勃興していました。前回紹介したポゴレーリスキイの『分身』も、一応ロマン主義的な小説だといえるでしょう。

欧州各国では、基本的にロマン主義の後には写実主義が現れますがロシアも例外ではありません。そんなロシアでロマン主義から写実主義への道を開いたのがプーシキンとされています。ただ、プーシキンの作品が完全に写実主義かといえば、そうでもなく、どちらかといえば、それまでのロシア文学の集大成のようなイメージの方がプーシキンにはあっているような気がします。

本書には、そんなプーシキンの4つの叙事詩「バフチサライの噴水」「ジプシー」「ポルタワ」「靑銅の騎手」が収録されています。

ちなみに本書は訳文が古く旧漢字が使用されていますが、それほど読みづらくはありません。ただ、本のタイルは「青銅の騎手」になっているのに、目次や本文では「靑銅の騎手」となっているという表記の乱れが気になるところですが・・・。本書の表記に合わせてここでも適宜表記を変えることにします。

【バフチサライの噴水】(1822-1823年作)

クリミア地方の都市バフチサライに佇む廃墟となった宮殿の片隅で、プーシキンは破損した噴水を見ると、ある物語が彼の心に浮かぶ・・・

タタール人によって治められていたクリミア・ハン国の時代、君主ギレイは戦争に明け暮れていたが、捕虜として連れてきたポーランドの公女マリアを愛するようになると、平和な安逸のために血なまぐさい戦争をさげすむようになる。しかし、ギレイのマリアへの愛は、それまで寵愛を受けていた後宮のザレマの妬みを買うことになって・・・

【ジプシー】(1823-1824年作)

息苦しい都会の不自由さに嫌気が差したアレコは、ジプシーの娘ゼムフィーラと一緒になり、自由なジプシー生活を送ることになる。しかし、ジプシーとの生活でも真の幸福は存在しない。不満が募るアレコは・・・

【ポルタワ】(1828年作)

1709年、皇帝ピョートル1世率いるロシア軍と、スウェーデン王カール12世率いるスウェーデン軍は、ウクライナのポルタワで大規模な戦いを行う。史実では勝負はロシア軍の大勝で幕を閉じるのだが、その戦いにおいて、ウクライナ・カザックの長官マゼパは、野心を抱き、ピョートル1世を裏切り、カール12世の味方につく。なぜマゼパはピョートルを裏切ったのか? そして、マゼパによって強引に妻とされたマリアの運命は・・・

【靑銅の騎手】(1833年作)
ピョートル1世が作り上げたサンクトペテルブルクを流れるネワ(ネヴァ)川の河畔には、ピョートル1世の騎馬像が建っていますが、靑銅の騎手とはその騎馬像のこと。

嵐によって荒れ狂うネワ川が遂に氾濫し、サンクトペテルブルクを襲う。水が引くと、エフゲニーは愛するパラーシャの家に行くが、その家は破壊されており、パラーシャをどこにもいなかった。エフゲニーは気が狂い、さまよい歩く。そして、ピョートル1世の騎馬像に向かって呪いの言葉を吐くと・・・

とまあ、そんな4つの叙事詩を収録。歴史モノの「バフチサライの噴水」と「ポルタワ」はストーリー性が豊かでそれだけで十分面白いですが、それだけではなくて、人間の描写が素晴らしい。「靑銅の騎手」は、様々な要素をつぎ込んだプーシキンの集大成的な感もあって、本書の中では最も出来がいいかと思います。

まあ、全て読む価値ある傑作揃いですので、是非読んでみて欲しいですね。特に本書は今年の春のリクエスト復刊で復刊されたばかりなので、今なら手に入りやすいはずです。しかし、1951年に第1刷が出版され、今年の復刊が第3刷ですので、今を逃すと手にはいりづらくなるかもしれませんので、興味ある方はお早めに。