2008
賞をとって話題になった本や漫画には、人を惹きつける魅力がある。
2004年に開始した『本屋大賞』に注目!
大賞作品はもちろん、ノミネート作品もみんなが知っている作品も多い!
…では第5回目にプレイバック!
大賞
ゴールデンスランバー (2007/11/29) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |
首相暗殺の濡れ衣をきせられた男の2日間に及ぶ逃走劇を描く。
さえわたる状線など、伊坂小説の集大成ともいわれる作品。
堺雅人主演で2010年に映画化された。
『大賞』受賞作品を読んでみました。
伊
坂幸太郎の14作目に当たる本書は、2年ぶりの書き下ろしで、しかも1000枚、単行本にして501ページにも及ぶ久しぶりの大長編である。
物語としては結末まで一気に読ませる面白さで、「管理社会」をテーマにしている。
首相暗殺犯の濡れ衣をきせられた男という社会的な主人公のシュチュエーションにもかかわらず、中心に描かれているのは、主人公と社会に出てから散り散りになった学生時代の仲間達、仲間達の周辺を取り巻く癖は歩けど憎めない権力とは縁遠い人々の心のふれあいである。
「ゴールデンスランバー」というタイトルもいい♪
読んでいる間、私の脳裏にも常にポールマッカートニーの声がBGMとして流れ続けた。
ただね、結末まで読んでも事件の仕組みは解明されない。
「まだ続編あるのかよっ」と突っ込みたくなるくらい伊坂幸太郎は、商業的である。
そんな伊坂らしいにやっとせずにはいられない素敵なエンディングで、読み進むうち、彼の実像と“本当のこと”が分かる構成になっている。
とにかく、逃げる!逃げる!青柳、そして彼を直接的に間接的に助ける仲間たち。
とりわけページを割いて登場するかつての恋人樋口晴子の活躍は印象的だ。
そして、伏線と過去のカットバックが効果的に取り入れられていたり、人を喰ったような意外性もあったりして、行間からは“伊坂エッセンス”が溢れている一冊である。
人に本をお勧め紹介する限り、なるべく私もうろこさんも全書は読むようには心がけています。
つぶやき程度の文章から行段をとるものまでありますが2位から10位まで感想を書いてみました。
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位
サクリファイス (新潮文庫) (2010/01/28) 近藤 史恵 商品詳細を見る |
自転車ロードレースの海外遠征に抜擢された主人公が、思いもよらない悲劇に遭遇する青春ミステリー。
単なる事故が二転三転する意外な展開に。
、この書籍は「ミステリー」だとか「サスペンス」を期待して読むのは間違いである。
これはいわゆる殺人や犯人探しの物語ではないからだ!!
しかし、そんなことは面白さとは関係ない。これは「サイクルロードレース」という、日本人にはまだ馴染みの薄いスポーツに人生をかけていこうとする若者の物語で、ロードレースならではのルール、組織、葛藤、問題をこれほど見事に盛り込んだ「小説」が日本でやっと生まれた、記念すべき作品ではなかろうかと思う。
主人公は自転車ロードレースのプロチームに所属する「アシスト」。アシストとは、リーダーたる一人の選手の為に走る、支える存在。でも、彼らがいるからこそ、リーダーは勝利への責任を負っているのだ。
「サクリファイス(犠牲)」とは、はたして何なのか、そして誰なのか。最後まで気をゆるませない展開と、可能性に満ちたラストシーンに、読後は知らずに涙していた。
果たして、冒頭の悲劇は誰に降りかかったものなのか?
そして、その事故に隠された真実とは?
終盤になってようやくミステリーの要素が拡がっていくものの、やはり今作は紛れもなくひとりの青年の成長小説と、同時にある男の崇高な生き様と贖罪の物語、その清新さと潔さで、ラストはちょっと熱くなります。
ロードレースのファンなら、読んで損なし。そして、これからロードレースを知る人にも…。
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位
有頂天家族 (幻冬舎文庫) (2010/08/05) 森見 登美彦 商品詳細を見る |
京都・糾ノ森に住む狸一族と天狗、人間が入り乱れて巻き起こす騒動を描く。
狸が大学生や虎に化ける奇想天外なストーリーが楽しい。
京都に住む狸一家の物語である。というと何か可愛い動物物語のように聞こえるが、実際が競争する狸一家あり、天狗たちが登場するわ、変わった人間も出てくるわで誠に馬鹿げたストーリーである。
それをこの作者はいつものごとく真面目ぶった文体、しかも極めて高度な文体で描くものゆえ、面白さ抜群である。いつものごとく、京都の風景はふんだんに描かれ、そこを闊歩する狸たちの生活ぶりは人間と同じく、楽しくまた愚かなのである。
また、2007年本屋大賞2位だった『夜は短し歩けよ乙女』を彷彿させる、森見ワールドならではの歌い、踊り、流れるような筆致。ひょいひょいとつながって行くエピソード、その連係プレイがとってもイケてる話の展開。そういうところが、実にいいんだなあ。
終章の話の疾走感などは、遊園地で人気のアトラクションに乗ってるみたいな、スリリングな楽しさがいっぱい。帯の背表紙のところに書いてあるとおり、「面白きことは良きことなり!」であるなあと、存分に堪能させられました。
彼らが考えることはただ一つ面白ければいいでしょ、といったことで全編深く考えずに読むのがよろしいかと…。
この作者はいつも馬鹿げた、げらげら笑わせることに腐心して、なかなか面白い。
飄々としていて痛快で楽しかったのでシリーズ第二部にも期待しましょう。
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位
悪人 (2007/04/06) 吉田 修一 商品詳細を見る |
保険外交員の女を殺した男が、別の女性と出会い、逃避行に及ぶ。
2010年、妻夫木聡主演の映画化で話題になり、200万部を超えるベストセラーに。
優しさって、本当はこういう事なんだ、って思える内容で、読み応えのある小説という意味では「レ・ミゼラブル」以来です。
最後の方で止め処なく自然に溢れ出る涙を拭うことも忘れてしまいました。
自分を捨てた母親に対して、金をせびる祐一。
自分を捨てた母親が「負い目」を抱いている事を感じ取って、母親の負い目を軽減させる為に、本当は欲しくもないお金をわざわざ母親にせびるという行為をする祐一の気の使い方。
これで母親は「負い目」よりも、母親に祐一に対する幾ばくかの「嫌悪感」を持たせることによって、「負い目」を忘れさせてあげることができた。
灯台の管理小屋に警察が入ってくる間際に光代の首を絞める祐一。
この場面を見た警察官は「光代はやはり脅されて、連れ回されていたんだ」と信じる。
殺人犯である自分を恐がりもせず「一緒に逃げよう」と言ってくれる光代。
祐一にとって心を許しあったかけがえのない人だからこそ、自分が捕まった後のことを考えて、光代に犯人隠避の罪や、他人からの誹謗・中傷・罵倒を受けたりしないようにとの思いから為せる祐一の言動・行動はあまりにもやさしくて、切ない。
結果、光代は会社にも戻ることができて、普通の生活を営むことができて、祐一が光代に与えてあげることができなかった「幸せな生活」を得ることができる。
最後の部分で逆説的に光代のことを酷く語っているのは、光代がその話をどこからともなく聞き及ぶだろうことを予想して、「オレのことなんか忘れて幸せになってくれ!」との祐一の叫びだった。
もし最後に至って、まだやさしい言葉をかけたり、抱きしめたりという行動を取っていたなら、光代は祐一を忘れることができず、普通の生活を取り戻すことができなかったであろう。
この一連の優しさは祐一が頭で考えてした行動ではなく、本能のまま自然と出てくる優しさなんだろうと思う。
本当は無骨なんかじゃない、無私の愛を与えられる祐一は本当に優しい人だと思う。
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位
映画篇 (集英社文庫) (2010/06/25) 金城 一紀 商品詳細を見る |
『ローマの休日』『太陽がいっぱい』など名作映画をモチーフに、孤独な人たちが映画をきっかけに出会い、、愛や友情を通して再生する姿を描く。
金城さんは映画をものすごく観ている、だけでなく、映画をものすごく愛しているんだってのを、深く感じさせる作品たちです。
登場人物の一人が言う「映画を批評するようになってしまうのでなく、映画を楽しみたい」という思いは何より金城さんの本音なのかもしれません。
登場する96本の映画をスタッフが片っ端から観てレビューを書くという企画が集英社の公式サイトで行われていますが、どの映画も是非とも自分で観たい欲求がわいてきます。
5つの中編はあちこちリンクしていますが、全体を通して一つの物語が浮かぶというよりは、一つの出来事がそれぞれの人生のどんな1ページだったか、という多面的なものに感じられます。
金城一紀さんの作品を一貫して大好きなのは、どんな物語であっても主人公(高校生だったり、元殺し屋だったり、サラリーマンだったりするけど…)が、クソみたいな現実の中でシニシズムに陥らず、自分の判断を信じるからです。
それは、書き下ろし5篇から成るこの本についても当てはまっています。ただ、彼の物語は物語の世界へ逃げ込むことを許すものではなく、あくまで現実へ立ち向かい、現実を「ひれ伏せ」させるエネルギーを内包しています。
私らは現実を生きている、そんなことは言われなくても分かっている。だからこそ、(たまに蹴っ飛ばしてくれるような)物語が必要なんだと思うのです。この本から浮かび上がってくるような彼の信念に、強く共感します。
個人的に私は最後の話「愛の泉」が最も好きでした。
これを読んでから改めて内表紙を見ると、じんわりと胸が熱くなります。
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6位
八日目の蝉 (2007/03) 角田 光代 商品詳細を見る |
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか…。
東京から名古屋へ、女たちにかくまわれながら、小豆島へ。
偽りの母子の先が見えない逃亡生活、そしてその後のふたりに光はきざすのか。
心ゆさぶるラストまで息もつがせぬ傑作長編。
第二回中央公論文芸賞受賞作。
2011年に井上真央主演で映画化され、子供を誘拐した女・希和役を永作博美が演じた。
不倫相手の赤ん坊を誘拐して逃げる女。始めは、どうしようもない男のために人生棒に振ってバカだな・・・と、どこか冷めた視点で読んでいたのですが、中盤、追い詰められて、迷うことなくなにもかも捨てて逃げ出そうとするところでなぜか、ほんと突然に、何かが私の中で弾けたように不意に泣けてきました。
その後も、ずっと、心を揺さぶられるというか…。平凡な日常を、どんなに願っても手に入れることのできない主人公の、「ただこの子と一緒にいられるだけでいい」という強い思いと行動は、私に何かを訴えてくるのです。
主人公は犯罪を犯し、身勝手な行動で周りを不幸に巻き込んでいるのだとしても、とりあえずそれは置いといて、今この瞬間の、二人の幸せが続いたらいいのに、と思わせます。
ただ、ここまでレビューを書いておいて変なはなしですが、希和子でもなく薫でもなく、私が一番グッときたセリフは何故か千草でした。
「私、自分が持っていないものを数えて過ごすのはもういやなの」
この一文でなんかスコーンと憑き物が落ちたみたいな…。
正解が何かなんてわからないけど、生きていくしかないんだな。とこれで100%正しいなんていえないけど、いろんな人がいるけど、ただ淡々と生きて行こうとそう思いました。
捨てられないものだらけなのに、持っているものの本当の大切さも理解していない、そんな自分に気づかされた一冊でもありました。
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7位
赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫) (2010/09/18) 桜庭 一樹 商品詳細を見る |
千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもない私。
戦後史を背景に、鳥取の旧家に生きる三代の女たちを比類ない筆致で鮮やかに描き上げた雄編。
日本推理作家協会賞受賞を受賞した桜庭一樹の代表作がついに文庫化!
いやー、や、やられたって感じです。つい不覚にもしみじみと読んでしまっていました。
日本推理作家協会賞受賞作と銘打つとどんな重々しい推理小説だろうと思うが、ミステリーの体を成している部分は終盤100ページぐらいで、後は語り手による人物紹介とその人物の出来事が主だった内容です。ですのでそういった部分は期待せずに読むことをオススメします。
むしろ推理とかミステリーとかそういった先入観は不要で勝手に登場人物や人間関係、時代背景が飛び込んでくるというほうが正しいかもしれません。それにそういったこと関係なく面白く読める作品であり、読んでいて圧倒されるというのはこういうことだと思いました。。
物語は現代に生きる赤朽葉瞳子による語りを中心に時系列順に進行。ただその時系列というのが瞳子の祖母、万葉の幼き頃からだというから壮大。祖母、母、そして娘と時代は変わる。戦後やバブル景気といったそれぞれの時代背景の細やかな描写が輪郭を持ち浮き上がる。様々な人が抱く、もしくは抱いてきた気持ちや思いを作者は言葉に直しきってしまったともいえる。時代の変化、人々の心の移り変わり、それらを丁寧に描いたからこそ最後のあの静かな問とその答えがすんなりと読者の心に落ちてきたのだろうと推測される。
三者三様の時代背景を持った女達の肖像、印象的なシーンの数々と三代に渡る謎。カタカタと流れるモノクロの映画からだんだんと現代の映画に近づいていくのを見ているようでした。
そして過去から今、未来に連なり物語は終わりを迎えます。老若問わず、昔は良かった、と言う人は沢山いますが、昔は昔で大変で、今は今の面白いことがある。
最後に小説の筋も好きですが、文章全体の彩り豊かなところも良く、赤朽葉や溶鉱炉の赤、髪や肌や製鉄所の煙の黒など、その色からするりと場面場面に入っていきました。
最後は少しだけ無理矢理感がありますが、それで後味が悪くなるだとかそういうことはないので、これでいいのかな。と思います。なので主人公に感情を重ねて読みたい方、もしくは歴史小説が苦手な方は読んでいて少し苦しくなる部分があるかもしれませんが、ただ文章に硬さがあるわけではないので、同氏の他作品が読める方であれば、きっと楽しめるはずです。今後の桜庭一樹先生の作品も楽しみです。
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8位
鹿男あをによし (2007/04) 万城目 学 商品詳細を見る |
「さあ、神無月だ――出番だよ、先生」。
二学期限定で奈良の女子高に赴任した「おれ」。
ちょっぴり神経質な彼に下された、空前絶後の救国指令!?
「並みの天才じゃない」と金原瑞人氏激賞!
2008年1月17日から3月20日までフジテレビ系で毎週木曜22:00 - 22:54 (JST) に、玉木宏主演の連続テレビドラマとして放送された(初回は15分拡大)。
『鹿男あをによし』。前作『鴨川ホルモー』と同様、「なんじゃそりゃ?」と、思わず書店で手を伸ばさずにはいられない、奇妙なタイトルと、可愛らしい表紙絵の組み合わせが素晴らしいww。
自意識過剰な主人公が、古都を舞台に、神様(に近い存在)の気まぐれに翻弄されながら奮闘する。そして、第一印象はパッとしないけど、一皮剥けば輝くツンデレなヒロインが、思わぬ形で主人公の行動に絡んできて大活躍―――。
前作『鴨川ホルモー』の基本的な構造を踏襲しつつも、脇役たちの作りこみ、物語のテンポなど、いたるところに進歩が見受けられる良質な青春ファンタジー小説です。巧みな風景描写で実在する土地の魅力や雰囲気を引き出しつつ、マニアックになり過ぎない程度に歴史ネタや神話ネタを物語に落とし込むのが、この作者は本当に巧い。
ただ、これは『鴨川ホルモー』の時もそうだったのですが、少し穿った読み方をしてしまうと、周囲とのコミュニケーションの軋轢に苦しみ、そのくせ原因を自分に追求することが出来ず、ひとり悶々と燻っているような男のためのドリーム小説に思えてしまう一面も…。
どこがドリームあって、すかした口調で物語を進め、自己中心的なきらいさえある主人公が、新天地ではいわゆる「選ばれし者」となり、(その性格のわりに)理解者や協力者に恵まれ、自分からは特にアプローチせずとも、素敵な女の子の方から好意を寄せてくれる展開が、少し出来すぎているというか、うらやましいというか………。
でも、この著書の真の主人公は何と言っても人の言葉が話せる鹿さんであると思うのだ。主人公を救国の英雄に仕立てるは、自身はおもいっきり親父声なのに何故か姿が雌鹿だったり、好物がポッキーだったりととてもユニーク過ぎるww。主人公との絡みが実に面白いので、是非一読をお勧めします。
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9位
私の男 (2007/10/30) 桜庭 一樹 商品詳細を見る |
お父さんからは夜の匂いがした。
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。
暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、美しく力強い筆致で抉りだす著者の真骨頂『私の男』。
物語は2008年6月、結婚式を翌日に控えた腐野花が婚約者の美郎、父の淳悟と3人で会食する場面から始まり、第2章は2005年11月、第3章は2000年7月、第4章は2000年1月、第5章は1996年3月、最終章は1993年7月と、年月をさかのぼっていく形で物語は進む。また年月がさかのぼるにつれて舞台も東京から北へ変わっていく。
震災孤児となった9歳の花を、同じく身寄りのない25歳の淳悟が引き取って、2人きりの歪んだ家族を作っていく、アンモラルで強烈な恋愛小説。
前に進むことは望めず、底に向かって深く沈んで行くしかない背徳的な関係は世間の常識からすればおぞましいけれど、愛情に恵まれず居場所がなかった二人が求め合ってしまうのは必然で、善悪の線を引くことは難しいのだろう。
冬のオホーツク海でひとつの事件が起きるのだが、「殺人」という人と獣との分かれ道を、海と陸の分かれ目である流氷が象徴している。
お互いに、相手さえいれば何もいらないという覚悟の逃避行シーンはとても美しかった。
親子で初恋の人で共犯者、これほどまでに濃密な関係はないだろう。いくら体を重ねても満たされず、ずっと一緒にいるために相手そのものになってしまいたいという渇望感が幾度も描かれる。
究極の愛とは相手の幸せを願うことで、そのためには身を引くこともいとわない献身だと言われるけれど、相手を失うことを恐れるあまり、いっそ殺してしまいたいという考えに行き付く愛し方も、私は否定できない。
とにかく暗く、重苦しく、醜い世界を生々しく描写している。直接的な行為、心理描写だけでなく、背景描写1つとっても、ネトネトとまとわり付くような不快感を与え、また、例えば「お父さん」でなく「おとうさぁん」と表記させたことにより、花の淳悟に対する「欲望」を、より強く感じさせるなど、隅々まで手抜かりなく描ききっています。
さらに、嫌悪感を持たせながらも、その世界に巻き込み、最後まで読ませてしまう、著者の筆力の高さも認めざるを得ません。
この物語は結局、性的虐待の末路をつづっているだけだ、と嫌悪感しか感じられない人は大塩さんの言う「越えちゃいけない一線」を越えずに生きている人達なんだろうな。けれど、この物語にとって、そして花と淳悟にとってそんな一線、何の価値もないのだろう…。
「愛が動機なら やってはいけないことなんて なにひとつない」
これは、映画『三月のライオン』(こちらも近親相姦)のキャッチコピー。つい思い出してしまった。
花だって早々に気付いていたはずで、全ては淳悟が幼い自分にしたことが許されないものなのだと…。歪んだ関係と愛を作り始めたのは淳悟の方だと、自分は逆らえなかったと…。けれど淳悟に抱いてしまった愛情が体の底から花自身を喜ばせるようになってしまう歪みを…。歪んでいるのに、花の愛情は本当に素直で澄んでいてる。全部一緒になりたいと思っている。きっと淳悟と花はお互いのことが一番大事なのだ、本当に、単純に……。
きっと「許されない一線」を越えられない人は「でもそれは基はと言えば淳悟が・・・・」って言うんだろう。
でも、それは違う。花の全てを作ったのは淳悟なのだと言い切っていいほど、花は淳悟のこと、愛しすぎてしまったのだ。全て読むと分かる。愛しすぎて愛しすぎて怖くて、もう行き着く先がないと音を上げそうになって…の、第一章の美郎との結婚なんだろう。
この物語はえげつなくて、ヌメヌメしてて、退廃的で、残酷で、花も淳悟もどうしようもないけど、けれど優しさがそこかしこに顔を出していて、つい読む手が止められなくさせる。
花と淳悟が想い合う気持ちは、ヌメヌメの体の重なりよりももっと激しくて純粋すぎる。
人と人の気持ちってどこまで行っちゃえるのかな、と子どものようにいつまでも考えてしまう物語だった。
ちなみに2014年に腐野淳悟役を浅野忠信で、腐野花役を二階堂ふみで映画公開される予定です。
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10位
カシオペアの丘で(上) (2007/05/31) 重松 清 商品詳細を見る |
生きること、ゆるすことを問う、感動の長編肺の腫瘍はやはり悪性だった。
40歳を目前にして人生の終わりを突き付けられた俊介は、限られた時間の中で、かつて逃げるように後にしたふるさとの丘を目指す。
幼い頃に満点の星空のもとでボイジャーを探し、夢を語った幼馴染みの4人。そこから数十年が経ち、その中の一人、シュンが肺癌に侵されてしまう。死を前にした彼は、数十年振りに故郷に帰り、過去の思い出と現在の暮らし、そして自らの生と死に向き合った。
そんな感じの、重松さんが非常に得意としそうなタイプの物語です。
あとがきを読む限り、重松さん自身も、かなりの手応えを感じた作品のようで、実際、力作だと思うし、精緻な心理描写には思わずぐっときてしまうことも多々ありました。
だけど、とにかく長い! 冗長としていると言うべきか上下巻合わせて、800ページちょっと。ページ数だけ見ても短い物語だとは言えませんが、ページ数以上に長く感じます。
感傷的で、読み手の心を揺さぶる表現も、連続して使えば「くどく」、テーマも「重く」、勢いもほとんどないので、途中だらけてしまったのが正直なところですが、このような作品を真っ向から書けるのが、この作者の良いところではあると思いますが、出来れば上下で500ページくらいにこの内容が収まっていたら、もっと作者を代表する作品の一つになり得たと思います。
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Playback 2008
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第5回目となる2008年本屋大賞は2007年11月1日から一次投票を開始。
今回は1,037人もの書店員がエントリーし、一次投票には全国349書店より426人の投票が、二次投票には全国325書店より386人の投票がありました。
投票の結果、初回からノミネートされてきた伊坂幸太郎さんが、ついに第一位となり、「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本 2008年本屋大賞」に選ばれました。