時雨でございます。   前回のお話⇒ ≪本当にあった話 三話≫



老人は弘美に聞いた


「君が一番望んでる事は成功であり、その成功とは自分の好きな仕事で結果を出して、お金持ちになって、服も、車も、家も買う事なんじゃな?ではワシから質問がある。次の二つのうち、仮にどちらかを選択しないとしたら、君はどちらを選択するかな?一つは、ビジネスでも成功し、出世してお金持ちになり、好きな服も車も家も、そして旅行も行きたい放題じゃ。でも、気持ちはとっても不幸な人生。もう一つは、仕事も出世も収入も平均的で、特に高価な物が買える訳でもないが、気持ちはとっても幸せな人生。君ならどっちを選択する?」



弘美は言った


「それは、もちろん気持ちが幸せな人生ですよ。だって幸せじゃないのにお金や地位や名誉があっても意味がないですからね・・・要は、あなたが私に言いたい事は、私が最も望んでる者は成功じゃなくて、幸せな人生だろう?と言いたんですよね?」


老人は小さく頷きながら言った


「そうじゃ。君に限らず、人は誰だって幸せであることを心から望んでる。不幸になりたいと願ってる者などワシは今まで会った事がないな  ハッハッハ!」


弘美は何か煮え切らない気分になった。そんな事は当たり前じゃないか?と思ったからです。



「私は、自分の人生に目標があります。人より明確な目標です。それに向かって誰よりも努力して走ってきました。目標ノートだってあります。私は仕事も趣味も、恋愛も、そして好きな物も、全てはそういった目標に向かって努力し、達成する事で幸せになれるんです。だから人生目標を設定しそれを達成した先には幸せがあるはずです。」


老人は笑みを浮かべ言った


「目標を達成したら本当に幸せなのかね?ワシはそうは思わんな。世の中には、仕事にしても何にしても、成功をして欲しかった物を何でも手に入れ、それでも幸せじゃない者が沢山いる。どんなにお金持ちで周りに人が居ても孤独で心が満たされない者。成功したのに不安や劣等感から解放されない哀れな者。目標に執着して、成功の過程で本当に大切なものを失ってしまった者など、ワシはそういった人間を今までに数えきれないほど見て来た。彼らは信じていた。君と同じようにな。目標に向かって努力し、達成した暁には幸せが待ってると。でも幸せは来なかった。何故じゃ?彼らの何が悪かったのじゃ?君と彼らがどう違うのじゃ?」



弘美は下をうつむいて老人の言う事に答えられなかった。老人は更に言った



「彼らはな、そして君も、本当の幸せとは何か?を知らないのじゃ。知らなかったのじゃ。彼らも純粋に幸せを望んでいた。しかしな、金持ちになる事を目標して頑張ってる者は、金持ちになる事が幸せだと思ってる。心の何かで、漠然とそうだと信じてるのじゃ。人から認めらるために頑張ってる者は、人から認められれば幸せになれると信じてるのじゃ。多くの人間は、自分にとっての幸せが何を知らないがために、本当の幸せを犠牲にして生きてる事に気がつかないのじゃ。例えば、ある者はお金を得るために、ある者は地位や名誉のために、ある者は自分の存在を知らしめるため有名になるために、その過程で本当の幸せを犠牲にするのじゃ。」



弘美は少し疑問が出てきた。



「でも、成功してお金持ちになったり地位や名誉を得るから、必ずしも幸せを犠牲にするとは限らないですよね?」


老人は笑って言った


「もちろんそうじゃ。お金持ちや地位や名誉があっても周りの人から尊敬されて幸せな人生を過ごしてる者も沢山おる。彼らは本当の幸せが何か?を知ってるのじゃ。それを知ってる者からすれば、お金も、地位も、名誉も、全ては幸せな人生を楽しむための一手段に過ぎないのじゃ。君の場合は成功する事が人生の目的になってるのではないかね?」



弘美は金槌で頭を叩かれたような気分だった。「確かに・・・その通りだわ。私の周りの出世してる上司も社長も、皆同じかもしれない・・・」


「私は、成功する事が手段だったんです。でも、あなたが言うように、いつの間にかそれが目的になってました。冷静に考えてみると、今までの私の人生で、本当の幸せとは?という問いを深く考えた事がないかもしれません。」


老人は言った


「そうじゃ。その通り。ワシが君に軸がないと言ったのはそのことじゃ。」


弘美は目から鱗が落ちたような気分になった。



「今までの人生、私は一体何をやってきたんでしょう。情けないです。どうか、私にその軸を教えて下さい!」



老人は言った


「まぁまぁ、そう焦るな。それでは、軸を教える前に、君に無い、君に欠けてる人との繋がりという話をしよう。」



「君は巨万の富を得て全てを手に入れたとしよう。家も車もレジャー施設も映画館もレストランも何でもじゃ。しかし、その富の全ては誰もいない南海の孤島にある。その島では君一人じゃ。でも、何でもある。好き放題に遊べる。食べ物も何でもある。どうじゃ?面白そうかね?」


弘美は言った


「それは・・・楽しいとは思えません。だって自分一人ですよね?誰も居ないんですよね?それは寂しいです。耐えられないと思います。孤独ですよ・・・」


老人は言った


「そうじゃろうな。現代人と言うのは、孤独な者が多い。それはまるで、海で遭難し、漂流し、大量の水に囲まれながらたった一杯の真水がないために喉の渇きで苦しむようなものじゃ。様々な人間に囲まれながら生きてるはずずなのに、心の繋がりがないために孤独になるのじゃ。」



弘美は思った。「まさに私の事だわ・・・なんて悲しい事なんだろう・・・」



老人は更に言った


「人間は皆、繋がりを求めてる。人間同士の繋がりこそが幸せの鍵となるのじゃ。そして重要なのは、どのようにして人と繋がろうとするか?なのじゃ。真の繋がりをどう得るか?にかかっておる。君が成功する過程において、人から認められたい、女性として社会でも通用するんだと認められたい、そして結果を出して成功したい、そういう思いがあると言っておったな?人から認められるには何が必要だと思うかね?」



弘美は言った



「もちろん結果です。結果は嘘をつきません。百聞は一見に如かずです。結果を出さずに大きな事を言ってるような人間には私は絶対になりたくありません!」


老人は若気の至りの弘美を見ながら続けて言った



「では、君が仕事でも人間づき合いでも全てで結果を出して、周りからも尊敬される成功者になったとしよう。それで本当に人と繋がったと実感できるかね?心は満たされるのかね?」



弘美は自信ありげな顔で言った


「はい、それだけ明確に結果をだして成功すれば、多くの人が私に興味を持つでしょうし、私の話を聞きたがると思います。周りに人も寄ってきて、仲間の輪が増えると思います。私の心だって満たされますし、孤独であると思わないと思います。人と繋がってると思います。」


老人は疑う顔つきで言った


「本当にそうかね?ワシには全くそうは思えんな。それじゃ、ワシが知ってるある男の話をしよう。」


老人はある男の話をし始めた・・・




続きは本当にあった話  五 話 でお話します。



つづく