前回に引き続き、今回も安全靴の歴史です。まずは前回の内容をまとめてみます。

 江戸時代までの日本人の履物は「草履」が基本でした。足全体を包む密閉された履物ではないので軽くて通気性が良い草履が主流だったのです。用途によって「下駄」「草鞋(ワラジ)」を履き分けていました。職人たちに重宝されていたのが下駄で、それぞれの用途に応じた創意工夫の下駄が存在していました。幕末には開国と同時に西洋から革靴が入ってきます。ブーツを履いた坂本龍馬の写真が有名です。またアメリカに派遣された武士たちは渡航船の中で草履のせいで苦労したり、アメリカ人たちが土足で室内生活するのを目の当たりにして、革靴の合理性を実感したのです。明治3年(1870)3月15日、築地の隣町の入船に西洋靴の製造工場が完成しました。最初に作られたのは軍靴でした。



「日本独自の創意工夫が生かされる」


 安全靴とは「着用者のつま先を先芯で守り、靴底に滑り止めを備えている」(JIS T 8101規格)靴のことを言います。要は着用者の足を守る履物です。我が国では古代から主に職人たちによって下駄や草履や足袋などに創意工夫が成されました。前回も触れましたが、古くは「皮沓(クツ)」と呼ばれてアイヌの鮭皮沓(チェップケリ)や江戸末期の足袋沓(タビグツ)などのように靴底に滑りどめの工夫が施されたものが存在しました。さらに農業用の下駄、製鉄小屋で暑い床板から足を守る専用の下駄がありました。明治になって積極的に西洋文化が取り入れられるようになると、靴も一般社会に普及します。かつての武士集団も国家軍隊化すると、国産軍靴を製造する工場も築地に完成しました。

 軍靴も兵の足を守る安全靴です。初期の頃の軍靴は不明ですが、調べてみると各国の現行軍靴には先芯が入っており、自衛隊の戦闘靴にも先芯が入っているようです。後述しますが今の安全靴の基礎は、実は米国や英国の安全靴製造技術と規格の研究によるものですが、安全靴の登場までは、明治、大正、昭和…と、時代を経ねばなりません。

 さて、安全靴に話を戻しましょう。太平洋戦争終戦直後…このあたりから安全靴の原型とも言える履物が現れます。当時の労働者が一般的に履いていた履物は「板裏草履」と呼ばれるもので、底に厚い桧板を取り付けた草履でした。桧板は作業場に転がる金属の破片で足裏を踏み抜いて怪我をしないように取り付けられたものです。

 しばらくすると足の指を保護する目的で、金属板を打ち叩いてドーム型にしたものをつま先に取り付けたものが作られました。つま先をぶつけたり重量のあるものを落としたりして足の先を怪我することが多かったからです。

 この踏み抜き防止と、つま先保護のために考案されたものが「爪掛式板裏草履」と呼ばれ、日本の安全靴の原型と言われます。鉄鋼、造船所などで使用されました。

 同じ頃に安全靴としての機能を持った靴の試作開発が開始されていました。最初の安全靴のような靴は、進駐軍から払い下げられた自動車タイヤとズック(帆布)を使用し、軟鋼板の先芯を入れたものでした。形だけは今の安全靴に近くなりました。

 日本安全靴工業会のサイト(http://www.anzengutsu.jp/)に「安全靴の歴史」がありました。引用してみます。

昭和26年(1951)に、米国へ視察旅行に出かけていた当時の労働省安全課の担当者が米国から安全靴を持ち帰って来ました。その靴を解体して安全靴の研究開発が開始されました。昭和32年(1957)には、米国戦時規格(米軍が必要とする様々な物資の調達に使われる規格 )を翻訳して研究を基礎とした「グッドイヤーウェルト式革製安全靴の規格(JIS S 5028)」が制定され、昭和36年(1961)年には英国のジョン・ホワイト社の技術を導入して、直接加硫圧着式(VP式:バルカナイズ式製法。足の甲部周辺を中底に釣り込んだ後、加硫圧着機に装着し、未加硫ゴムを挿入し、加熱加圧成形しながら底部”表底及びかかとを含む”を加硫圧着する製法)安全靴の製造が開始されます。これを元にJIS規格(JIS S 5030)が制定されました。昭和47年(1972)には、現在の安全靴規格の元となるJIS規格(JIS T 8101)が制定されました。つまり、アメリカの安全靴と規格を研究しながら、JIS規格を経由して現在の安全靴の姿となったわけです。

 まとめです。現在の安全靴は海外由来の姿とわかりましたが、古くは草履主体の日本人の履物の中に、農耕や町の職人たちそれぞれの用途に応じた草履や下駄や草鞋が登場しました。それらのほとんどには「足を守る」という発想があって、これらの特殊な履物が日本製安全靴のルーツなのです。

「安全靴は防災にも対応する」

 安全靴は、重量のある機械や部品を製造する工場や建設業などの足への危険を伴う現場で、足を保護することを目的とした靴です。足を保護するには安全靴が一番です。僕は防災対策の一環として普段からブーツタイプの安全靴を履いています。もちろん先芯は軽い樹脂製のものです。つま先の先芯と踏み抜き防止(靴底に薄いステンレス板が入っています)のための機能を持った僕の安全靴は、被災対策には欠かせない靴だと思っているからです。

 2011年の東日本大震災時の被災地の映像を見た僕は、瓦礫の中を裸足に近い状態、もしくは普通の靴で歩いている被災者の姿を見て、心を打たれました。瓦礫の中を歩くには足指の保護と、踏み抜きを防止できる機能を持った安全靴が最適です。できるなら足首まで覆う長靴タイプが良いと思います。今の安全靴は先に述べたように樹脂製先芯のものが登場しており、通勤靴よりも軽く、履き心地も良くなっています。

 今後は首都直下型地震や南海トラフ地震などの発生も予測されています。さらに台風や竜巻、2月に入っては関東を襲った大雪被害なども頻発しています。こういった想定外の被災を最小に抑えるためにも僕は今後も安全靴を愛用したいと思っています。