歩いている。
両手にスーパーのレジ袋を下げた中年の主婦が、生活に疲れた顔でひいふう言いながら坂を登っている。
私は彼女に追いつくと、速やかに追い抜く。
歩いている。
右手側の茶色いマンションの2階の1室で、周囲に豪快な音を響かせ、干してあった布団をたたいてしまっている。
薄暗くなりつつある夕暮れの今頃取り込むのではかえって湿気を帯びてしまったのではないか、と心配になる。
最後に太陽の光をたっぷり吸い込んだ布団で寝たのはいつだっただろう、と考えるがわからない。
歩いている。
左手側の車道を車が2台続けて猛スピードで通り過ぎていく。
そんなに焦らなくてもいいのに。
事故を起してしまってから後悔しても遅過ぎる。
歩いている。
前方から、中年に差し掛かった夫婦が走ってきた。
キャップ、Tシャツ、ジャージと色違いだがおそろいの格好だ。
夏に向け、体をしぼろうというのだろう。
体を鍛えるのはいいことだし、同じ目的の元、行動を共に出来る伴侶がいるというのは幸せなことだ。
結婚か。見果てぬ夢だ。
すれ違い様、私は自分の歩く道を譲ることはなかったが、二人は何事もなく走り抜けていった。
歩いている。
間もなく到着というところで、信号待ちのタクシーに乗車している女性が、私をみて悲鳴をあげた。
たまに気づく者がいる。
私の存在に。
しかし、そっとしておいて欲しい。
わたしはただ歩いているだけだ。
坂の途中の横断歩道から、事故の起きたこの交差点まで、毎日同じ時間、同じ速度で歩くことだけが、こうなって以来ずっと続いている私の日課なのだから。
ほら、もうすぐ消える。
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