• 19 Aug
    • にわかファン

      高校野球をみにいってから、にわかファンになってます。今日もいい試合みられました!とくに第4試合の大阪桐蔭✖️仙台育英。その試合展開の劇的さに最後は涙まででました。(簡単にでる涙。。)大阪桐蔭が1点リードしての9回裏。仙台育英の打者たちがこんなときに、見逃し三振しても満面の笑顔でいられることに、すごいメンタルだ、、と思っていたら、2アウトからの大阪桐蔭にとっては残酷ともいえるまさかの展開。どんな危機的状況にも笑顔でいられる強い精神力は大阪桐蔭にも仙台育英にもありました。みんなピンチでも笑顔でした。私はそういうときにものすごい怖い顔になっちゃうフツーのひとです。高校生たち見習わないとなぁ。試合後の監督インタビューも楽しみのひとつ。直後の興奮冷めやらぬインタビューなのに、監督も選手もみんな、冷静にすごくいい事いってる。野球に限らず、人生一般に普遍的にあてはまる深いコメントもきくことができる。正座して聞きたいくらい。いままでかけてきた情熱からうまれるエキスみたいなコメントが、心に響くのです。あとは、チアの女の子も選手の男の子も、みんなタレント?モデル?みたいに輝くばかりの美しさ。目の保養としても高校野球はみていて楽しい。高校野球の合間には、全日本高校大学ダンスフェスティバル(通称ダンス甲子園)をみたり、インターハイ水泳みたり、存分に高校生の青春観戦をしました。盛岡大付と仙台育英を応援してるので、明日も楽しみに野球みよ。

      NEW!

      8
      テーマ:
  • 18 Aug
    • ”自分を信じるしかない”

      素晴らしいビーチ!ここで泳いだのでしょうか?!泳がなくとも、あのアジアンな藁葺きビーチパラソルのしたでカクテル飲めたら最高です!極楽。そして、こちらの現実世界におかえりなさいです。もこすけさんは帰りたくなかったかもしれませんが、私はまたもこすけ節の愚痴がきけて嬉しいです。会社に真面目で素直なスタンスをとるか、やや反社会的な(尾崎豊的な)スタンスをとるか。私はあからさまに反会社だすのもやりにくいので反旗はひるがえさずに黙ってましたが(ここがもこすけさんと違うかも?)、心ではいつもアッカンベーしてました。私の常識のなかでは、会社は私たちを守ってくれるものではないので、自分の身は自分で守る。搾取されないように防御する。病気にならないように、メンタルやられないように、必要最低限でいく。一部の人から不真面目と思われるかもしれないけど。これが私なりの、厳しい世の中を生き延びるための戦略なんで、すんません。もちろんとても信用のおける社長のもと、安心できる温かい職場で働けているひともたくさんいるでしょう。それはそれで素晴らしいし、ありがたいことです。でも、もし社長の人柄も素顔もよく知らないのなら、一体何を根拠に会社を信用すればよいのか?私はなにも信用できませぬ。10回社長と飲みにいってから信用するかどうか考えますよ。上司は偉いのか?社長はもっと偉いのか?違うと思う。お給料はありがたいけど、そもそもそれとおなじかそれ以上の利益を組織にもたらしてると思うので、もらう側が卑屈になるこたぁない。お給料は当然の権利。つねに"もっと頂いてもよろしいんですよ?"のスタンスは忘れないぞ。自分の価値を信じるだ。

      5
      1
      テーマ:
  • 17 Aug
    • やりたい勉強と必要な勉強

      私は一人で自分のペースで好きな場所でできる勉強が好きです。 フランス語のニュースを読む、ニュースを聞く、シャドーイングする、インターネットサーフィンする、本を読む、などなど。 問題集もクイズみたいで嫌いじゃない。   苦手なのは、時間を決めて誰かと話すこと。 まず予約時間が決まってる時点でちょっと気が重い。 それまで自由な気分になれないからです。 しかもその予約が受動的快楽のマッサージではなくて、能動的頭脳酷使のオンラインフランス語レッスンだからまたまた気が重い。   今日、しばらくぶりにそのオンラインレッスンを受けました。 じつは22時からのレッスン前に眠くて15分タイマーをかけてちょっと寝てました。 タイマーの音で起きる時のぐったり感、、、このままもう少し眠りたい。。。でも10分後にはレッスンが始まる、、、起きねば。。。1級受かってもこの生活なのか、、、   ”リサイクルと環境保護”についてのテキストを読み、パラグラフごとにコメントを言います。 2次試験猛特訓の成果で、試験官受けしそうな(手垢のついた一般的な)コメントを述べるのが得意になっていました。 しかし、この3週間アウトプットをサボっていたために言葉がスムーズには出てきませんでした。 あーだのうーだの言いながら意見をまとめるのは聞き苦しいしみっともないし、正直あんまりいい気分にはなれないです。 Sylvie先生は優しいし、レッスンは充実しているし、やった後は毎回ちょっとした達成感と爽快感を感じるのですが、”様々なテーマで自分の意見をフラ語で述べる練習”は、できない自分言えない自分を直視する時間でもあるので、なかなかウキウキワクワクタイムというわけにはいかないのです。 ついでにスカイプの画面に映る自分の顔をずっと見るのもこれまた辛い。 別の意味で現実直視。おいおい、こんな無防備な変な顔してどうした?というやつです。   時間の決まったオンラインレッスンをせずに、のんびり自分のペースで読解とかシャドーイングとか、あんまり自尊心が傷つかない勉強だけしてフランス語が上達すればいいんだけどなあ、もうそういうステージに立たせてくれ、、、と思うのですが、やはり、この自分がやりたくない勉強というのがミソなんじゃないかなと思います。 やりたくない勉強こそ自分に必要な勉強なんじゃないかな、と。 自分が苦手だと思っているところこそ、避けずに取り組んでいかないとますます苦手になっていきそうだから。 私の場合、それは”自分の考えを詳しくフランス語で述べる”ことなのだから、オンラインレッスンはこれからも苦しくとも続けていこうと思うし、続けた先に得られるものも大きいんじゃないかなと思うのです。   それにしてもレッスン後の開放感が毎回はんぱない。 寒い雪の日に外から帰ってきて、適温熱めのお風呂に入った瞬間みたいな気持ちを毎回味わえる。                        

      9
      1
      テーマ:
  • 16 Aug
    • 飛行機内の飲酒問題 [ 1 ]

      FranceTVinfoよりアイルランドのLCCライアンエアーによれば、酩酊状態で飛行機に搭乗するイギリス人が増えている。1年間で、逮捕者は50%増えた。機内スタッフは大抵忙しく立ち働く中で、乱暴で無礼な乗客やややこしい状況に対処しなくてはならない。堪忍袋の緒が切れたライアンエアーはイギリス当局に以下の要望を出した。朝の10時前に空港で酒類を販売しないこと。搭乗前の飲酒は2杯までにすること。免税店で買ったお酒を機内に持ち込んで飲むのを禁止すること。イギリスの民間航空も、この5年間で飛行機内の無礼行為が600%増加していることを確認している。 la compagnie à bas coût LCCen état d'ébriété  酩酊状態のun alcoolisme アルコール中毒 ライアンエアーからの嘆願内容が状況の切実さを物語っています。搭乗前の飲酒を2杯までにするって、誰が2杯以内なのを見張っているのか、酒の種類はどうするんだって話ですが。酔っ払いはその辺の道端にいても怖いのに、飛行機という密室の中に凶暴な酔っ払い客がいたらなお怖い。搭乗前にアルコールテストとか実施してくれてもいいのになあ、と思いました。     

      6
      テーマ:
  • 13 Aug
    • Mの聖地

      夏の高校野球をみにいってきました。当日券のために徹夜したり、そうでなくとも早朝からの席取り、灼熱の真夏の太陽のなかで観戦と、選手だけでなく観客にも高いM度が要求されます。(そういう私はいずれにも非該当)事前情報として本日第2試合にでる下関国際のMっぷりを聞いていたので、野球の知識は乏しくとも楽しめました。フローズン生一番搾り(甲子園限定)その名のとおり、泡が凍っている。天理、下関国際、二松学舎、坂井のアルプススタンド(三塁側)の近くに座っていました。上の写真は二松学舎チームからアルプススタンド応援団へのご挨拶。甲子園の芝生に女子マネのセーラー服が爽やか!眩しい。勝ち進んでいくチームのマネージャーが可愛かったりしたらスカウトされたりしそう。手作り桑の実ソーダミント入(友人作)最後は日陰になった、選手ベンチ近くの席に移動して観戦。臨場感あるが、私のような素人には球の行方がみえにくい。熱闘甲子園の現場を目撃できたこと。ウ〜ウ〜というサイレンを生で聞けたこと。 高校生男子女子の青春の爽やかさを感じられたこと。野球は頭脳スポーツだということを知ったこと。良い思い出になりました。ありがとうございました!!

      12
      テーマ:
  • 11 Aug
    • シーシュポスの岩

      長い仏検の道のりが終わった。涙がでるかと思ったけど、普段涙もろいのに全然でず。仕事の合間に急いでスマホ画面で合否チェックしたからかなぁ。感情を抑えて仕事してるときに、スイッチ切り替えて場違いに感極まることはできなかった、、という自己分析。しかし、仏検IDパスワードを入力して合否画面が開かれるまでのコンマ何秒に息がつまる感じ、瞬間そこに見つけた合格の二文字、あのとき自分がおかれていた周囲の環境は一生忘れないだろう。ただの日常の綺麗でもなんでもない(うっかりすると若干汚めな)一場面が、心に刻まれて忘れられない一瞬になった。忘れる天才のわたしが忘れないだろうと思う数少ない場面。去年の二次試験の不合格画面をみた時のシチュエーションもまたハッキリとおぼえている。あのとき私はゆっくり座ってパソコン画面をみていて、パッカーンと奈落の底に落ちていった。あのシーンも名場面になっちゃったな。思い返してみれば、合格通知を開封して涙がでたのは仏検2級合格の時だけ。仏検受験を決意して、3か月間いろいろ楽しげな予定を断って来る日も来る日もひとりぼっち勉強の末に合格できた。あのときはパソコンで合否をみられることを知らなかったのか、まだそのシステムがなかったのか、とにかく帰宅してから封筒を開封したんだった。あのときの光景も覚えてるなぁ。ウンザリする勉強の繰り返しの記憶も、段階的にフランス語ができるようになる喜びも、万能感も絶望感も含めて、これまでのフランス語の勉強にまつわる全てが1級合格にリンクして集約している。そして、フランス語アルバムが一冊ここで終わった感じ。パタンって音さえきこてえくる。なんだかさみしいものだ。私はシーシュポスの岩の話をよく思い出す。一生懸命持ちあげた岩が転がり落ちるのをみる自分。山をおりる。そしてまた岩を持ちあげる。その繰り返しをするシーシュポスさん。仏検合格で、私は一旦大きな岩を高い山の頂上まで持ちあげることができた。そして、合格と同時に巨石はまた一番下まで転がり落ちていったような気がする。いまの私は、手ぶらで岩のある麓までテクテクおりていく途中。つかの間の気楽。いい気持ち。鼻歌。汗まみれの体に風が涼しい。そんなイメージ。でもまた麓におりきったら、自分の岩をみつけてまた山を登りはじめる。これだけのエネルギーと時間を費やしたフランス語なので、1級合格くらいでやめたりなんかできない。やめたら全てが過去になってそれでおしまい。紙切れ一枚でおしまい。フランス語にまつわる全てをモノクロ写真にしないためには、角度は緩やかでも右肩あがりの成長率を実現していくしかない。それにはそれで、また新たな創意工夫と試行錯誤が必要ですね。岩、また持ち上げよう。

      15
      1
      テーマ:
  • 10 Aug
    • Nippon キュイジーヌ

      星のや東京併設のレストランNipponキュイジーヌにいってきました。総合玄関でまず最初に靴を脱がされます。ほっとリラックスできて気持ち良し。ホテルではなく、旅館ですからね。玄関正面のしつらえ。お盆アレンジでしょうか。素敵です。館内どこも写真は快くOKの星のやさんです。どんどん宣伝してくださいといわれましたので、ばんばん撮らせてもらいました。予定より早く着いたら2階ホテルロビーに通していただけました。日本酒飲み比べアペリティフ。宿泊じゃないけど、いただきまーす。ここでなんと、ロビーにさら〜っと星野佳路社長の御一行が登場。生まれて初めての星のやで生・星野社長みれて、ラッキー!彼のファッションと佇まいからたちのぼるオーラ感を、少し離れたところから煎餅ぽりぽり冷酒ちびちびしながら観察しました。隣にこれまたただ者ではないマダムがいらして(そのほかの連れはすべて普通人にみえた)、ホテルの人に"あの女性は誰ですか?"と伺ったところ、星のやの内装をすべて引き受けている東利恵さんという建築家さんだと教えてくれました。こちらのマダムのファッションも二度見してしまう奇抜さとそれを自然に着こなすセンスの良さ。う〜ん、この二人のコラボからすべては生まれてるのか。地下二階がお食事処です。冒頭の東利恵さん自らが四国の石切場から選んで持ってきたというドカーッと巨大な岩石がお出迎え。地下感たっぷり。栗の無垢の床板が素足に気持ち良い。メニューは一種類で、漢字一文字でそれぞれのお皿を表現しています。あとはそれぞれの主役の素材のみのシンプル記載。フレンチにありがちな微に入り細にわたるお料理の説明のないメニュー。いいねぇ、こういうの。あれ、詳しく読んでもわかんないのよ、いつも。"化石のチュイル"が刺さってる木のオブジェは、江戸時代この土地にあった武家屋敷の柱が建設中に発掘されたものを、磨いてこの形にして新しい木と組みあわせてミルフィーユ状にしたものだそう!刺さってるピックはおなじく発掘された金釘から作り直したもの。土地の記憶をこういう意外な形で利用するのは遊び心のある芸術家の発想ですね。下の写真は食後に見せてもらった、発掘された柱と金釘。5つの石にのったアート作品からスタート。 みずみずしい芋の葉の下には、カツオが隠れていたり。綺麗な白木の箱を一斉に開ける趣向だったり。Nipponキュイジーヌの特徴として、1. 銀製品は使わない。かわりに木のカラトリ。音も立たないし、口に触れたときの感覚も優しい。2. お肉はつかわない。すべて野菜と魚介類。3. パンとご飯の自動支給はない。すべてシェフの料理哲学に基づいてのことなので、最後のご挨拶のときに質問すると色々と背後の考えを語ってくれます。この問答タイムが面白かった。天井の高い、石と木で出来た静謐な空間でごはんができるところが気に入りました。最先端の地下洞窟、神社の雰囲気つきって感じでしょうか。食後は問答無用でお抹茶。去年7月オープンのNippon キュイジーヌ、今年のミシュランで星がつくんじゃないかと思います。が、武士っぽい孤高の雰囲気をまとうシェフと星野社長のポリシーからみるに、ミシュランなんてどーでもええわ!って思ってそう。いや、やっぱり喉から手が出るほど欲しいかなぁ?私的に、非の打ち所がないお店でした。お金持ちだったら毎月通いたい。ここ数年のなかで一番のお店。

      13
      テーマ:
    • 罠@サンシャイン劇場をみてきました。ロベール・トマのPiège pour un homme seul (1960年パリ初演)の日本語版で、7年ぶりの再演だそうです。シャモニーの山荘の一室のみで繰り広げられるコメディ系サスペンス劇で、文字通りあ!っという結末が用意されています。トマさんは役者さんに配る脚本の最後の(タネ明かしの)ページを上下逆にひっくりかえして製本したそうです。YouTube で調べるとロベール・トマさんの"罠"は結構たくさんアップされていましたが、舞台装置、衣装、俳優どれをとってもサンシャイン劇場のそれにはおよびませんでした。わたしが今回見た"罠"の舞台装置や衣装は、すっかり気分は1950年代のシャモニーの山荘にタイムスリップできます。特に謎の新婦役の白石美帆さんのよく伸びる特徴のある声、小さい体なのに大きく見えるキレのある身のこなし、セリフなしでその雰囲気をガラリと変えることのできるお芝居は素晴らしいものでした。あと画家役の山口馬木也さん(この舞台で初めてしりましたが)が脇役ながら心を掴む演技で好演でした。ちなみに私は目立つ主役よりも、つい脇役や裏側や縁の下の力持ちに注目してしまいます。自分自身もスポットライトのあたらない脇役をやるのが好き。舞台で映える身のこなし、マイクなしでもよくとおる声、やり直しなしの一発勝負への集中力、2時間の長丁場に耐える持久力、舞台のお仕事は普通のひとの想像を超えたものなんだろうなぁと思います。サスペンス好きのひとは結末わかるかなぁ〜?誰が何のためにかけた罠なのか。わからないんじゃないかなぁ〜?

      8
      テーマ:
  • 09 Aug
    • ”ど根性”

      若いときの苦労は値千金、といいますが、私の場合も働き始めてから数年間の精神的肉体的大大大苦労がいまの私の基礎土台になってると思います。あの辛い日々を乗り越えたんだという自信はプライスレス。あのときの自分の頑張りは一生の宝物です。後輩や子供世代には同じ苦労はあえては勧めないし、自分の昔の苦労話も聞かれない限りはしないし、逆に現代っ子ならではの別のご苦労があるんだろうなぁと思うけど、苦労や辛いことを臭いものにはフタのように避けるのはどうかと思う。長い人生においてどんなにお金持ちでもお嬢様お坊ちゃまでも苦労や辛いことから100%逃れることはできないので、それなら早いうちから苦労そのものに慣れて免疫つけて対処法を学んでおいたほうがいいんじゃないのかな〜。苦労を避けない生き方。辛いことが同時に楽しくも感じられるM的捉え方。それでいながらヤバイ時にはさっさと逃げ出す動物的勘。これらすべて泥くさい実体験から得られる。その泥んこ体験はいっぱいしといたほうがいいんじゃないのかなーと思うのです。大人になってもね。ど根性は究極の安全資産。戦争があっても、天変地異がおきても、災難におそわれても、誰にも奪われないばかりか自分を護ってくれさえもする安全資産。R君にとっても今回の合宿はその根性貯金ができるよい機会ですね!あと、外国人が鍛えてないニッチな資質を鍛えてこそ、世界がグローバリゼーションで急速に均質化していくなかで日本人が生き残っていくための戦略にもなりうる思います。外国語をしゃべって外国の文化を知るだけではなくて、日本ならではの強みを生かすこと。西欧のやり方を賞賛して見習うだけでなくて、日本ならではのガラパゴス的に進化した感覚(もこすけさんの言葉を借りれば根性、覚悟、気合い)を保つこと。ど根性。Dokonjyo ! フランス語化しちゃうか。

      4
      テーマ:
  • 08 Aug
  • 04 Aug
    • たわまん初体験

      初めてタワーマンションのパーティールームにいった。そして初めてケータリングというものを経験した。初めてのことは何でも大好き。こんなオシャレなお料理が用意されるなんてびっくり!最近のケータリング事情はかなり進んでるらしい。手料理のひとつも作らずデパ地下で唐揚げなどを買って参戦したのですが、この素敵ケータリング料理を前にして、意外と唐揚げは人気だった。ボルドーワインも存分に飲ませていただく。1997年のポヤック。私が学生やってた最後の年にフミフミされていたワインだ。私のあの時から今までのたくさんの時間がこの一杯。その時間を使って過ごしたたくさんの思い出がこの一杯。最高に美味しかった。

      11
      1
      テーマ:
    • なにごとも社会勉強

      フリー(フリーターともフリーランスともとれる)で仕事をするようになってから、社会保険料と税金というものを直に感じるようになりました。それまで受動的に給料天引きだったものを、自分で能動的に納めるかたちになったので、自動アイドリングストップしやすい私においてはミスもでてくるというもの。。仏検対策真っ只中の4月には、健康保険の任意継続掛金の毎月の振込をその月分ぽっかり忘れていて、その督促状も封を開けずに放置していたため、最後通牒(明後日までに振り込まないとあなたの健康保険証は使えなくなります)が届いてしまいました。お陰様でギリギリセーフで間に合いましたが、冷や汗かきました。ボンヤリしてるとあっさり健康保険資格剥奪されますので、フリーになったからには責任持って郵便物はちゃんと開封しようと思いました。国民年金料は口座振替にしていたと思ったら、なっていなかったらしく国民年金事務所から丁寧に電話連絡があり、2月からの未納分をまとめて納付。まとまると結構な額です。さっき銀行にいってちゃんと口座振替手続きもすませました。都民税については、区役所と銀行?にいって口座振替の手続きをした気がします。もう記憶があやふやだ。こちらはプチトラブルあり。関わっている職場のひとつに、私の前年度の総収入額つきで"今年度の都民税の給料天引き依頼"が私の住む区からいっていたのです。これは総収入額を記載しない区もあるらしく、区によって異なるみたいです。その職場は友達夫婦がやっているこじんまりしたところなので、経理担当の奥様がびっくりして私に電話をかけてきてくれたのです。た、た、大変な個人情報が送られてきましたよぉ〜と。こうして私の最重要個人情報は区によってあっさり蹂躙されました。もちろん区役所に質問にいきましたが、窓口の人にいってもそういうやり方なんだといわれればそれまで。文句いってもしかたありません。区にもよりますが、これからフリーになる人は気をつけましょう。大きくいって、健康保険、国民年金、住民税が面倒だが手落ちがあってはならない三大手続きだと思います。フリーになってからはちょいちょい面倒や厄介なことがおおく、のほほんと勤務だけしてきた私にとっては、すべてが社会勉強です。こうやって社会は回ってるんだな、ということが少しだけわかる経験です。ただいま確定拠出年金について勉強中。。

      3
      テーマ:
  • 02 Aug
    • ”能天気な平日休み”

      うーん!ものすごく美味しそうなプリン!!プリン評論家として、そのご近所プリン、合格です!(わざわざ写真を拡大して細部まで検証しました)食べてみたい。オーソドックスにみえるけど、カスタードの濃厚さがちゃんとありそうな、良きプリンです!私が今日食べたプリン。もこすけさんのリブログを読みながらクスクス笑ってたら、また降りる駅を乗り過ごしました。。こちらも能天気です。

      7
      テーマ:
    • 頭が休めになっている

      今日は日比谷線で逆方向に乗って、4駅先の仲御徒町までいってようやく間違いに気がついた。昨日は銀座線で逆方向に乗って、だいぶ先の日本橋までいってようやく間違いに気がついた。駅で逆の改札口にでてしまい、ホームの端から端まであるくのも日常茶飯事。結構がっかりする。先月は長年連れ添ったフランス語電子辞書をなくした。どこでなくしたのかも覚えていない。いろいろ電話をして捜索したが見つからず、、永遠の別れになってしまった。先月は届いたばかりの定期券をなくして青ざめた。東京メトロに問い合わせたら遺失物として親切な誰かが届けてくれていた。セーフだった。最近移動が多く毎日違う路線を使うのと、いつも何かを聞きながらうわの空で歩いているので、慣れてない混雑した駅で間違う頻度がおおい。もともと省エネでアイドリングストップする頭なので、この手のミスは多いのですが、、。

      3
      1
      テーマ:
  • 01 Aug
    • Kyon.J 作品展

      Kyon.jさんという写真家の写真展をみに銀座のSONY Imaging Gallery にいきました。ことの発端は即席カメラ部。最近仕事場で写真を通じて仲良くなったひとがいて、コンテストの話をしたり、写真集を貸し借りしたり、とった写真をみせてくれたり、それに私がコメントしたりと、毎回写真の話でオタク盛り上がりしています。2人カメラ部やってるので、周囲にはかな〜り奇異な目でみられてますが。今日はKyon.j写真展を超オススメされて、銀座に19:00までに行けるようにとわざわざ私の残り仕事まで引き受けてくれて、送り出されたのでした。そうなると行かないわけにはいかない、、、雨降ってたし、少々億劫だったのですが、でも行って大正解でした。おもに中国とノルウェーの写真でしたが、どれも完璧な一瞬をとらえている隙のない美しい一枚。iPhoneの広告に使えるような、、、っていったら褒めてることにならないのかな。日が昇る前の一瞬だったり、薄曇りの一瞬の光線だったり。Kyonさんはトラベル フォトグラファーという肩書きで、地球の奥地で何日も待たないと出会えない希少な美しいイメージを切り取りにいく絶景ハンター。Kyonさんの写真をみたら冬のノルウェーに猛烈にいってみたくなりました。感動とはまた違うけど、人の気持ちを動かす力のある写真って、やっぱりパワーがあるんだと思います。ただ、個人的にはパーフェクトな美しい風景写真よりも、どこかひねりや非現実感や不調和感のある写真が好きです。(←自分では撮れないくせに上から目線)そして、著名な写真家よりも、撮った人の名前がでない広告写真や雑誌の写真とかのほうが好きだったりします。iichikoのポスター写真とか、ドストライク。いつも駅でポスターみるのがささやかな楽しみだったりする。

      5
      テーマ:
  • 28 Jul
    • NINAGAWA マクベス

      蜷川幸雄さんの一周忌追善公演のNINAGAWA マクベスをみてきました。シェークスピア原作の登場人物の名前はそのままに、日本の安土桃山時代に舞台を移しています。1980年初演とありましたが、37年経った今もまったく古びてない斬新な演出でした。私は初めて見たのですが、もし初演からすっかり同じ演出なのだとしたら、本当に蜷川さんは天才だなぁ、、、と思いました。舞台や衣装のあらゆるところに桜のモチーフを配して、桜のもっている"豪奢" "散る" "儚さ" "死" といったイメージを総動員することで、日本のならではのマクベス蜷川バージョンになっていました。舞台袖に老婆二人を置いて、老婆がお弁当を食べながら舞台をみる様子をずっと平行して流しっぱなしにするのとか、普通では思いつかない演出で、これが蜷川さんの脳内を経由して生まれたマクベスなのかぁ、、と。市村正親さんと田中好子さんはじめ、舞台の役者さんたちのパワーにも圧倒され。まず、合計3時間近くあるあのセリフと動きを覚えるだけでも凄い。。。最後の殺陣とかすごい迫力だった。人って置かれる場所によってはものすごい力を発揮できるんだな、、と思いました。置かれた場所で全力で頑張り続けると、あんなすごい舞台ができるようになるんだなぁ。。この秋はロンドン公演があるそうです。最後のカーテンコールのときに市村正親さんが、最高の笑顔で舞台上の蜷川さんの写真を振り返ってサムアップしてました。きっと大成功間違いなしですね。

      12
      テーマ:
    • 幸せと不幸せ

      幸せと不幸せ。この世界はこの2つに分類できると思ってる人もいる。"幸せに生きる"とは、美味しいものを食べたり綺麗な宿に泊まったりして物質的に満たされたり、自分の能力を認められたりこの世の愛を感じて精神的に満足しながらキラキラ日々生きることだろうか?私は違うと思う。これら人生の綺麗なものに出会ったその都度、ピンポイントで"あぁ幸せだ〜"と感じる経験はありがたいが、その延長線上としての"幸せに生きたい"という思考トリックに囚われることのないようにしたいと思ってる。"幸せと感じる出来事"のほとんどは運命からのギフトなことが多い。自分の力で手に入れたと思ってる人も多いかもしれないけど、私は"本来有難いことで、自分の運命からのサプライズの贈り物"と感じる。西洋式の考え方は、自分の努力で幸せを掴み取ってきたと考えることが多い。日本式は、お陰様で幸せをいただきました、ととらえることが多いと思う。自分の力ではなく、サムシンググレートのお陰で自分にもたらされた幸せと考える方法が、私にはあっている。だれもが自分ではどうしようもない大きな力に翻弄されながら生きているから。そのなかで、見えない力に守られていると感じることが多いから。だから幸せとは、人生の目的にはなりえなくて、がんばってきた自分へのその都度のご褒美、一瞬できえる花火、数日で枯れる花束のようなもの。本来、儚いもの。でも、だからこそありがたいのだ。自分の人生も、"幸せ"か"不幸か"で二分できないものだと思っている。実際世の中も自分の人生もそんなに単純ではないのだ。だからかどうか、漠然と"幸せになりたい"という希望は私は持ったことがない。その都度、"いま幸せだな〜"と感じることはあるし、そういう点としての幸せ感(=ギフト)は多いに越したことはない。ありがたく受け取る。しかしそのトリックにはまって、面としての人生全体を幸せ色で埋め尽くそうとすると、人生の目的が幸せ感を増やすことになってしまう。それはちょっと違うと思うのだ。幸せ感ばかりを追い求める人生なうちは、自分の人生の操縦桿は握れないと思っている。自分の人生にふりまわされかねない。では、人生を自分でコントロールするにはどうしたらいいのか?それは、強くなることだと思う。こじれた家族関係、仕事上のストレス、金銭問題、離婚、病気、暴力、戦争といった世の中の不幸といわれているものをはたでみたときに、"私のまわりには全然そういうのない。幸せでよかった〜。"と思うのは、無意識に上から目線の縦思考。"私の身にも、いつこういう事態がおこってもおかしくない。人生は何が起きるかわからないのだ。"と思えるのが、水平目線の横思考。健康も、富も、愛も、人間関係も、平和も、すべて天からのたまたまのプレゼントだと私は思う。自分で手に入れたものではないので、いつまたなくなるかもまたわからないのだ。でも、天から幸せの配給を受け取った時は大喜びしてまわりにもおおいに自慢するし、多いに幸せアピールもしていいと思うし、おおいにする。みんなで喜んだほうが喜びは倍増するし、幸せな人を見れば誰だって素直に嬉しい。幸せのおすそ分けはこれまたあるし。ただ、幸せの配給は自分の意思の力を超えてなされることも多いので、その配給ばかりを頼りにしないほうがいいとは思ってるけど。そのギフトが取り上げられたときに(大きなトラブルに巻き込まれたときに)も、泣き崩れて偶然誰かが通りがかって助けてくれるのをまた待つのではなく(また新たなギフトを待つのではなく)、"打ち勝つ!"という強さをもてるようになること。その強さを身につけるために日々生きていくことのほうが、幸せを増やすことに夢中になって、自分が今どれだけ幸せかを考えながら生きることよりも大切なんじゃないかと思っている。 私は、ですけどね。そのへんは人それぞれだと思います。いまある幸せにしみじみ感謝だけしていれば、この強さが身につくわけではなくて、感謝プラス日々の修行だと思う。嫌なことや辛いことを毎回乗り越えていくたびに、だんだんと多少のことではへこたれない強い精神が身につく。毎日のストレスは強くなるための最高のトレーニング。これまた運命からのギフトといえる。筋トレをしたり走ったりしていれば肉体的に辛いが、これをやっておけば多少のことでは疲れない身体が手に入るのと同じで、日常生活で精神的に辛いことやストレスをあれこれ工夫しながらやりくりしていくなかで、徐々に精神が練られて鍛えられるのだと思う。人生の突発的アクシデントにどれだけ対応できるか。それが最終的な強さのバロメーターだろう。急カーブの7Gの衝撃に耐えられる強さがなければF1のレーサーになれないように、強くなければ人生にふりまわされるリスク大ということだ。人生に起こる出来事の中に、"不幸せ"という仕分け場所はない。辛い辛いといいながら汗ふきふきやりくりしている様子は、一部の人からみたらだいぶ"不幸"そうに見えるかもしれないが、本人にとっては全部トレーニングなのだ。掛け声がうるさかったり、多少汗くさかったりしても許してほしい。私の中では、幸せの反対は不幸せではない。世界は、人は、この2つに単純にわけられるものではない。幸せは綺麗に花火のようにあがって、瞬間私たちの疲れをほっと癒してしばらく脳裏に残ったりするものだが、私たちの人生を永久に担保するものではない。私たちの人生を支えてくれるのは、日常の地道な(ときに泥臭く汗臭い)トレーニングなのだ。それがしっかりとした土台となる。トレーニングは辛くてもいい、キツイと騒いでもいい、ときに休んでもいい。それこそが私の人生の根幹となる、しっかりとした頼れるもの。実体をともなうもの。このトレーニングが楽しくなれば、もう人生向かう所敵なしだと思うのだが、私はまだそうはなっていない。だが、日野原先生のように泰然と年をとるために、日々のトレーニングを苦しみ楽しみながら生きたい。あ〜また尾瀬に行きたいな!

      6
      1
      テーマ:
  • 27 Jul
    • 徒然なるままに

      世の中にはいろんなひとがいる。私はこれまでたくさんの人に出会ってきて、そのつど驚いてきたけど、まだまだわたしの想像もつかないような人生を送ってる人がいる。自分の理解が到底およばない人もいる。自分のなかのパターンでは分類できないひともいる。"私は知らないのだ"ということを認識しながら生きるのと、"私はもう知っている"と思いながら生きるのとでは大違いだ。先生とよばれる職業の人はこの点に注意しないといけないし、先生でなくとも人にアドバイスしたり教えたりする人、広くいえば世の中の親はこの落とし穴に落ちないようにしなくてはならないと思っている。上にある立場の人は、無意識に"自分はもう知っている"と思いがちだからだ。そうなると縦の関係しか結べない。これを一般的に偉そうな人、と呼ぶのだとおもう。じゃあ"自分はもう知ってる"とは具体的には何かというと、自分の思考パターンのなかで全てを理解したように考えることだとおもう。自分の今までの限られた人生経験で、目の前の出来事や出会った人を分類して分かったものとして片付けること。それは危険な落とし穴。なぜならそれは、"井の中の蛙大海を知らず"になるリスクがあるから。"あなたは〜でしょう?" "〜なんだよね、いつも"という思考は本当に避けたい。目の前の人のことは、たとえ親であっても、子供であっても、親友であっても、長年の恋人であっても常に未知であり理解できないもの、分類不能なものとしておくこと。それが敬意を払うということだろう。だれであれ、だれかのことをこれまでの経験則から理解したように感じて、簡単にチョチョイと仕分けするのは結局その人に対する敬意が足りないということだろう。そうならないようにするには、自分のなかにパターン思考を作らないこと。作ったとしても、それにあてはまらない分類不能が入る余地を残しておくこと。そしてニュートラルに広い意見に耳を傾け、たとえ自分に対する批判であってもはねつける前に(もしくははねつけた後に)よく吟味することじゃないかとおもっている。それがヒトと横の関係を築くということだと思う。意見や批判は自分をうつす鏡だから。その批判がたとえ自分の子供からのものであっても、それは大切な意見として吟味すべきで、そこからなにがしかの自分の改善点はみつけられるとおもう。そうすることで私はすこし成長できて、すこしだけ自分の世界が広がると思う。こうやって人間関係が人を磨くのだと思う。そとで働いている人は、不特定多数の他人と接する中で批判にさらされることが多いため、磨かれる機会がすこしだけ多いかもしれない。嫌なこと、人間関係のストレスがないこと、自分を批判しない人にかこまれて生きることが良いことだとは思わない。逆にこれらの辛い経験を通してしか見つめられない自分というものがあるし、その経験をしてる人は考え方や生き方がやはり深いと思う。以上。徒然なるままに書いてみました。

      7
      1
      テーマ:
    • ”びっくり、、、うれしい〜〜〜”

      もこすけさんがこんなに園芸に打ち込んでいるとは、、、知っているようで知りませんでした。切り戻しの成果の、アメリカンブルーの清々しい青。お花から、いつもお世話してくれているもこすけさんへの贈り物ですね〜。サムシングブルー効果で今日はいいことあったでしょうか?!

      5
      1
      テーマ:
  • 26 Jul
    • ”潔く!”

      私もいつも、ニュースでわからなかったところやニュースの裏側をめのお氏のブログに解説していただいています。もこすけさん同様、一般教養を強化していきたいところなので、自学自習に役立つありがたいブログです。同じニュースを聞いてもそれぞれ捉え方が違いますね。めのお氏はマクロン大統領の失言に、もこすけさんは参謀総長の潔い辞任に、そして私はフランスの国庫の空っぽぶりに注目しました。フランス、本当にお金ないみたい。じゃあ日本はあるのか?といえば、それは巧みに隠蔽されてるので、あるのかないのかわからない。。

      3
      テーマ:

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。