乙武氏 | 國分 夢志

乙武氏

前回の耳をすまして声を聴くことを、乙武 洋さんの本、五体不満足の中から。



ある秋の夜長、なかなか寝付けずにいたぼくは、ぼんやりと考え事をしていた。さて、これから、どのようにして生きていこうか。
 「どう生きていくのか」という問いは、そのまま、「どのような人間になりたいのか「何を最も大切にしていくのか」という問いにつながっていった。そこで、ぼくは大切なことに気づいた。
 それまで、ぼくが最も重要視していたのは、今から考えてみると、お金や地位・名誉と言ったものだったと思う。中学・高校を通してあこがれていた弁護士も、「弱い立場の人を救いたい」という思いからではなく、そのかっこよさ、収入のおおさから来るあこがれだった。AIESECに魅力を感じたのも、国際交流という部分ではなく、ビジネスという部分だったことは否めない。「異文化を理解したい」という思いよりも、ビジネス界で一旗揚げて・・・という野望のような気持ちの方が強かったのだろう。悲しいことだが、これは認めざるを得ない事実だった。
 だが、そのような自分の価値観に気づかされたとき、はっきりと「そんな人生はいやだ」と思えた。どんなに大金を持っていたって、死んでしまったら意味がない。また、いくら地位や名誉があったところで、まわりから嫌われていたら、そんなにつまらないことはない。つまり、お金や地位・名誉があっても、いい人生とは限らないのだ。
 では、大切なことってなんだろう。この問に対する答えは、人それぞれ違って当然だと思う。やっぱり、お金や地位・名誉が一番だと考える人もいるかもしれない。それが「価値観の違い」と言われるものだ。
 ぼくの答えは、比較的すんなりとでてきた。他人や社会のために、どれだけのことができるのか。まわりの人に、どれだけ優しく生きられるのか。どれだけ多くの人と分かり合えるのか。どれも難しいことではあるけれど、これが実践できれば、ぼくの人生は幸せだったと胸を張れる気がする。ただ、どれを目指すにしても、絶対に譲れない大前提があった。それは、「自分を最も大切にしながら」というものだ。
 すると今度は、「大切にすべき自分」とは、一体、何者なんだろうということになる。「人間はなぜ生きているのだろうか」などと、哲学者のようなむずかしいことまでは考えなかったが、あらためて、自分とはどういった人間なのだろうかと考えさせられた。



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