今回は「セノオ楽譜」で発表された夢二の詩24篇のうち6篇を選んでご紹介したいと思います。


ところで、「セノオ楽譜」は明治43年から昭和9年にかけて、2000点以上出版されたようで、夢二は約280点の装丁を手掛けました。その中で夢二作詩のものは24篇ありました。最初に装丁した楽譜は、12番「お江戸日本橋」(大正5年)で、最後に手掛けたものは664番「メロディ・イン・エフ(バイオリン楽譜)」(昭和9年)だと思われます。夢二の手掛けた楽譜は主として4種類あって、大きさは大体セノオ楽譜が縦312×横227、一番大きいものは中山晋平限定版で縦335×横235、それから中山晋平の楽譜で縦257×横182、一番小さいのはセノオ新小唄で縦197×横120でした。このほかに子供向けの楽譜が京文社や金の星社から出されていますので次回ご紹介させていただきたいと思います。


夢二以外の人も装丁を頼まれていましたが、現在夢二装丁の楽譜だけが際立って高い値段をつけられているあたり、夢二の人気だけではなく、世間一般的に夢二の装丁の素晴らしさが評価されている証だと思います。


余談ですが、セノオ楽譜で感じたことをもう少しお話しさせてください。

夢二が装丁した楽譜の題字は、ほとんどすべてが活字でなく夢二の手書き文字です。それは絵の中に字を溶け込ませ、違和感を持たせない工夫なのだと思います。また、すごいと思うことは出版社から入れるよう注文のあったと思われるウサギのマークも見事に絵の中に邪魔にならずに溶け込ませたことです。そのためにマークの色調や位置にすごい配慮がなされています。


詩もさることながらこうした装丁の素晴らしさもご覧いただければと思います。


(1)紡車

しろくねむたき春の昼

しづかにめぐる紡車

媼の指をでる糸は

しろくかなしきゆめのいと

媼のうたふその歌は

とほくにいとしきこひのうた

たゆまずめぐる紡車

もつれてめぐる夢の歌



(2)春のあした

紫色の春のあしたの

靄のうちより

ほがらかに鳴りいづる

鐘のあり

七色の虹のふもとの

土の肌より

静かに人の子の生るゝ

けはひあり。

母なる一夜

ひざまづきて

生るゝものゝために

禱りたまへ・・・・・・。




(3)子守唄

なくなよい児よ、

とくねむれ、

軒の雀も巣にかへり、

小犬も母のふところへ、

そろりと帰つてねたそうな。



(4)松原

あの松原が忘らりよか、

紫色の帯しめて、

松にもたれて待つて居た、

あの娘のことが忘らりよか。


この松原は今もある、

もたれた松もそのまゝに、

そしてその娘もこの俺も、

生きて日本にゐるものを。



(5)夏の黄昏

タンホオルの鐘が

さわやかになりいづれば

トラピストの尼は

こころしづかに

夕の祈禱をさゝげ

すぎし春をとむらふ。


柳屋のムスメは

はでな浴衣をきて

いそいそと鈴虫をかいにゆく


夏のたそがれ



(6)かなしみ

わがいとけなかりし頃よ

声あげて泣きしが。


いまはあはれ

なにのゆゑともしらず

音もたてず

心哀し。