更新空いちゃってすみません。
よく晴れた連休、いかがお過ごしですか?
さてはて、ダラダラ妄想シリーズ今回はこれにて完結です。
オチもなければ何も……ただただこんなことになればいいなというそれだけの。笑。
なんだか重たい話もありますが、フィクションですのであしからず。
もちろん、私の実体験なんかでは決してありません←
ユチョロスのお供に、うなぎパイ的に食べていただければいいんじゃないかと思います。
(ん?)
では、また!
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渡米して、半年以上が経った。
行き先がアジアじゃなくてまだ良かったと思う。彼はいつも、君はアジアで生きていけるタイプじゃないよと、少し笑いながら言う。天候とか文化の問題だって意味だと思うけど、そうなのかもしれない。
だからと言って、ただスーパーで買い物したいだけなのに英語を話さなきゃいけない生活に、まだ慣れたわけではないけど。
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「ねぇセンセ、いいでしょ?」
「良くないよ、バカ」
「冗談だと思ってんでしょ」
「むしろ冗談だったら考えてあげてもいいけど」
「なら、冗談でもいーよ」
「早くオトナになんなさい」
そう言って、いやに大人びた生徒に迫られて、何て言うのか、じゃれあってた。いつもなら軽くいなしてる感じなのに、その時はむしろ遊びに【乗ってる】ようにさえ見えた。
「盗み見とか、趣味悪いすよ」
「そ、それは……それより、朴先生こそさっきのは何ですか!?生徒とあんな……」
「あんな、何?」
「なんていうか、もっと毅然とした態度で……!」
「先生、何なの?」
「何って」
「俺の、保護者にでもなったつもり?」
「そんな!」
「まさか、束縛?」
「……」
「キスくらいで嘘でしょ、人のものになる人が」
別に盗み見してたわけじゃないけど、花壇の近くだったから手入れに行こうとしたら必然的に出くわしてしまったんだ。私だって、あんなもの見たくなかった。今までの自分なら、スルーしてたに違いない。生徒が嫌がっていて無理やりならともかく、あれくらいのやりとりなら別に。なのに、あんな剣幕で彼につっかかってしまったのは、図星だったからかもしれない。キスくらいで本気になりかけた私がバカだったんだ。やっぱり、遊び以下だったってこと。
私が最後に見た彼は、それだった。
・
カリフォルニアは雨が少なすぎて、とにかく乾いている。じめじめとした日本で育った私には、人も空気もからりとしすぎていて、皮膚から何か蒸発していくようだった。学生の頃からの長い付き合いのはずなのに、あっさりと適応している恋人はまるで別人みたいに見えた。
「どうだった?」
「……うん、まだ、みたい」
「そうか」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないさ」
「でも」
「また、頑張ろう、ね」
すぐにできるものだと思っていた。まだ焦るような時期じゃない、でも、ゴールの見えない道に迷い込んでしまったような気分になっていることは確かだ。
【籍は、そうね、赤ちゃんができたら入れたらいいんじゃないかしら】私と彼が一緒に渡米すると報告した時、彼のお母さんはいたって明るく、まるではしゃいでいるような顔でそう言った。私は一瞬意味がわからなくて愛想笑いをした気がしたけど、後になってその意味が重く重くのしかかってきた。
彼は、疑うこともなく、そうだねと言った。今でもまだ戸惑っていると、今更言えるはずもないのだけれど。
息苦しいのは、きっと乾きすぎているこの空気のせいだ。そう自分に言い聞かせながら、少しホームシックみたいだと言って実家に帰ることにした。
・
久しぶりに吸い込む日本の空気は、匂いからして違って。懐かしさすら覚えたはずなのに、長く過ごしたはずの実家へ戻れば私の部屋はすっかり整理されていて、もはや自分の居場所がどこなのかわからなくなってしまった。だけど、もう戻る場所はないということだけははっきりした。
「お母さん」
「どうしたの?」
「また帰ってくるね」
「当たり前じゃない、あなたの家よ」
「うん、そうだね」
季節はもう、一周しようとしていた。冬に学校を辞めて、年明けに向こうへ渡った。そして干からびるような夏を過ごして、また秋になっていた。まるでこの一年は嘘だったかみたいに、空だけは1年前と同じ色をしていた。
もう居場所はないとわかっていて、私は働いていた頃の資料を受け取るために、学校を訪れた。
「どうです?アメリカでの生活は」
「えぇまぁ、慣れないことも多くて」
「あなたならどこだって余裕でしょう!持ち前の、アグレッシブというか」
「そうでしょうか」
「よく、噛みつかれたのを忘れませんよ」
「そんな!」
「冗談です」
「私、英語は得意じゃないんです、だから」
とても楽しいなんてものではないのだと、この教頭に話したとしても無意味だと気付いてやめた。英語なんて……『想いを伝えたかったら、覚えて話すしかないでしょ?』どうしても伝えたいことがあれば、伝えたい相手であれば、私も上手くなれたのだろうか。
帰りに、ふと気になって、花壇に寄ろうと考えた。きっともう、荒れ果てているに違いないのだけれど、もし私に居場所があるとしたらそこだと、そう考えたのかもしれない。
「うそ、そんな……!」
咲いているはずのないコスモスが、一面に咲いている。そんなはずない、夢を見ているのかも、でも実際に、本当に咲いている。本当に、本当に綺麗に。
「教頭先生!」
「どうしましたか?」
「あの……花壇の、花……コスモスは、一体、どうして」
「あぁ、たぶん朴先生じゃないでしょうか」
「彼が?」
「花壇をつぶして倉庫を作ろうとしたら、どうしてもダメだってずいぶんと抗議されましたから」
そんな、だって……彼が?そんなことしてくれるはずないって考えてる、でも、確かにそこに咲いていた花を見て……私は、何を思えばいいの?何を想っても、いいの……?
「だけどもう、あそこもつぶしますよ」
「いま、なんて?」
「朴先生もいらっしゃらなくなるんで、残念ですが倉庫にしようかと」
「……いなく、なる?」
「花に罪はありませんがね、もう、誰も手入れもできませんし」
「いなくなるんですか?」
「9月いっぱいだったので、昨日まででした。今朝ご挨拶にこられて」
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コスモスは悲しいくらい綺麗に咲いていて、見ていたら泣きそうになってしまったから、一本だけ花の先を手折らせてもらって、ジャケットの胸ポケットに入れた。
もう、きっと彼に会うことはない。しばらく教職を離れると言っていたらしい彼は、行き先さえ誰もわからない。
学校を出てバス停へ向かう道は、何度も通ったはずなのにとても長く感じた。そういえばここを並んで歩いて、バスに乗らずに横道へ逸れてお酒を飲みに行ったこともあったな、なんて。急に雲行きは怪しくなって、黒い雲が厚く動いてきたと思った途端、ぽつりぽつりと額に当たるのを感じて。
こんなことになるとは思ってなかったから、傘は持ち合わせてなくて、少し小走りでバス停を目指す。この角を曲がればもうバス停というところ、速度を上げて走ろうとした足を止めた。
小さな屋根の下、バスを待つ人。
少し猫背で、もたれながら左脚を前に組む癖。
息を飲んで近づけば、横顔の長い睫毛が、雨空を見上げた。
「……朴先生」
「……なんで」
「あなたこそ、どうして?」
「だって、アメリカに……え、それ」
「……これ、あなたが咲かせてくれたんでしょ?」
彼は私の胸にあったコスモスをつまんで、うそみたいって言って小さく微笑んだ。もう一度目が合った時、強く抱きしめられた。いや、私が抱きしめた。こんな風にするのは初めてのはずなのに、温かくて、なぜか懐かしさみたいなものがこみ上げてきて、涙がにじみそうになって。
「こんな、濡れて」
「……どうして?」
「ん」
「咲かせてくれた」
「自分が見れなくなったら、枯れたって仕方ないって言ったでしょ」
「……」
「ただ幸せを祈るより、マシな方法かなって、思ったから」
私の服なんかよりずっと、覗き込んだその瞳は濡れてるように見えて。
「そばにいたい」
「……いま、なんて?」
「だから、朴先生のそばにいたい」
「帰るとこ、あるでしょ」
「冗談だったかもしれなくても、あなたがどう思っててもいいんです私が、そうしたいから」
「どうして……?俺なんか、俺みたいなの信じちゃ」
それ以上言わせられなくて、唇をふさいだ。男の人に自分からこんなことするなんて、信じられないけど。
ちゃんと応えてくれて、あの甘く痺れるキスの感覚が流れ込んでくる。
雨の音はどんどん激しくなって。
「花くらいで、俺なんかにこんな」
「そんなことない、それだけでいいの」
「俺を、信じてるの?」
「うん……信じられるものがたとえ無くたって、そばにいたいと思う」
「……そんな風に言われたこと、ないから」
「なんでもいい」
「知らないよ、俺、ほんとに……」
確かなものなんて何も無くても、離れられないのだから仕方ない。
恋の形は、教科書どおりじゃないと教えてくれたのはあなたで。
このキスの雨が降り止まないなら、もうどうなっても構わない。
二人で、溶けてしまえばいいと、思う。