Blu-ray 「アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ」 | 理想郷

理想郷

~Arcadia~

アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ
Senna

 

 

【映像】
16:9 ビスタサイズ (1080)
【音声】
英語 (5.1chサラウンド/DTS-HDマスターオーディオ)
【字幕】
日本語字幕

 

監督 アシフ・カパディア
脚本 マニッシュ・パンディ
製作 ジェームズ・ゲイ=リース
     ティム・ビーヴァン
     エリック・フェルナー
製作総指揮  ケヴィン・マクドナルド
            マニッシュ・パンディ
            デブラ・ヘイワード
            ライザ・チェイシン
音楽  アントニオ・ピント
編集 グレッガーズ・ソール
     クリス・キング
製作会社 ワーキング・タイトル・フィルムズ
          ミッドフィールド・フィルムズ
配給 日本 東宝東和
公開 日本 2010年10月8日
      イギリス 2011年6月3日
上映時間 110分
製作国 イギリス
言語 英語
      ポルトガル語

 

 

アイルトン・セナの生誕50年を記念して、慈善団体である「アイルトン・セナ財団」の公認を得て製作された。

 


 

セナの誕生からレーサーとしてのデビュー、F1で3度のワールドチャンピオンに輝くも1994年のサンマリノグランプリにおいて事故死するまでの彼の生涯を、肉親・関係者の証言や秘蔵映像などで振り返る。
 

 

【出演】

◍アイルトン・セナ
◍アラン・プロスト
◍ロン・デニス
◍ジャン・マリー・バレストル
◍フランク・ウィリアムズ
◍パトリック・ヘッド
◍ルーベンス・バリチェロ
◍今宮純
◍川井一仁
◍三宅正治
◍岡田美里
  他、F1関係者多数。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイルトン・セナ・ダ・シルバ
Ayrton Senna da Silva

1960年3月21日~1994年5月1日
(満34歳没)

 

 

F1世界選手権において、1988年・1990年・1991年と、計3度ワールドチャンピオンを獲得。
 

 

時代を代表するドライバーの1人とされ、特に計65度のPP獲得数は、2006年にミハエル・シューマッハに更新されるまで歴代1位だった。
アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルとは、1980年代から1990年代前半のF1を象徴する存在として、「四強」「ビッグ4」「F1四天王」などと纏めて呼ばれることもある。
特にプロストとのライバル関係が知られ、日本では2人の争いが「セナ・プロ決戦」「セナ・プロ対決」などと呼ばれた。

 

 

【1994年5月1日 (事故当日)】

 

迎えた第3戦サンマリノGPは、開幕戦、第2戦共にノーポイントでの結果で終わったセナは「ここが自らの開幕戦」と誓い、レースに臨んでいった。
しかし予選からそんなセナの気合に冷水をかける重大事故が多発する。
まず予選1日目、親密な間柄であった同胞のルーベンス・バリチェロが大クラッシュを起こし病院に搬送された。
結果的には鼻骨を骨折という軽傷であったものの、一時は安否を心配されるほどの大きな事故であった。
そして翌4月30日の予選2日目には、ヴィルヌーヴ・コーナーでクラッシュしたローランド・ラッツェンバーガーが死亡。
グランプリ中の死亡事故は、F1では12年ぶりのことだった。

 

これら一連のアクシデントの中でセナは心理的に不安定な状態となり、電話で恋人アドリアーナに「走りたくない」と話していたことが後に語られている。
ただし、夜には落ち着きを取り戻し、「心配しなくていい、僕はとっても強いんだ」と語っていたという。

 

セナは開幕から3戦連続のポールポジションから決勝をスタートし、1コーナーでも首位をキープしたが、後方での事故によりセーフティーカーが導入される。
そして再スタートが切られた後の7周目(現地時間午後2時17分)、直後にミハエル・シューマッハを従えて超高速・左コーナー「タンブレロ」において時速312kmでイン側を走行中に、3つ目の舗装の継ぎ目で突然不安定となりグリップを失ったままアウト側に向かい、そのまま直進してコースアウト、コース右脇のコンクリートウォールに激突(激突寸前、時速210km-220kmまで急減速していた)、FW16はボディー右側が大破した。

 

セナは意識不明のままヘリコプターでボローニャのマジョーレ病院に緊急搬送されたが、現地時間午後6時3分には脳死状態に陥り、事故発生から約4時間後の午後6時40分、34歳で死亡した(以後、ジュール・ビアンキが2014年日本グランプリでの事故で翌年死亡するまで死亡事故は起きなかった)。
 

事故直前の車載映像には、セナがシフトダウンしステアリングを左に切るものの、路面の舗装が変わる部分で突然マシンの後輪がブレークするのにカウンターをあてるも車両はグリップを失い、そのままコンクリートウォールに激突する映像が残っている。
事故原因として当初疑われたパワーステアリング故障は否定された(コントロール喪失後もテレメトリーによる操舵トルクおよびパワーステアリング圧が持続していることから)。
現在ではわずかな路面の不整から車両が不安定となりコントロールを失ったと考えられているが、事故原因の確定的な結論には至っていない。

 

死亡の直接原因はステアリングシャフトの頭部貫通によるダメージだった。
セナの事故後、早急に該当部への改良がなされ、クラッシュした際にステアリングシャフトがドライバー側に動かないデザインとなった。

 

 

【F1における主な記録】

◍ワールドチャンピオン獲得3回(歴代5位タイ 当時歴代2位タイ)

◍優勝41回(歴代5位 当時歴代2位)

◍ポールポジション65回(歴代2位 当時歴代1位)

◍年間ポールポジション13回(歴代3位タイ 当時歴代1位)

◍年間ポール・トゥ・ウィン7回(歴代5位 当時歴代1位)

◍連続ポールポジション8回(歴代1位)

◍連続フロントロー獲得24回(歴代1位)

◍モナコGPでの連続PP7回(歴代1位)

◍モナコGPでの連続優勝5回(歴代1位)

◍開幕からの連続優勝4回(歴代3位タイ 当時歴代1位)

◍開幕からの連続PP6回(歴代2位タイ 当時歴代1位)

◍モナコGP6勝(歴代1位)

 

 

 

事故があった1994年5月1日のレースは日本でも生放送されたビックリ
(日本では夜中の放送)

 

ちょうど、F1を観ようと思ってチャンネルを変えたら、解説者三人(今宮純,川井一仁,三宅正治)が声を詰まらせて解説をしてた。
どうしたんだろうと思って観てたら、事故シーンが流れて・・・セナが事故死したのがわかったガーン
セナのファンだったから、すごくショックで・・・えーん

 

数ヵ月後、全国で「セナ展」が開催されたグッド!
北九州市の小倉そごう (当時) で開催されたから見に行った目
セナに関する品々が展示されてたチョキ

 

 

 

 

 

 

 

 

AyrtonSennaじゃあのAyrtonSenna