新宿副都心から少し外れた御苑(ぎょえん)辺り・・
仕事を終えた杉田綾乃(すぎたあやの)は、周辺の景色にあまりにも馴染みすぎている自分の職場が入った雑居ビルを見て、小さくため息をついた
思えば子供の頃、親の能力から計算すれば、確かに綾乃の成績は優秀だった
期待されるのは無理もない
そういう現実は客観的に把握できる子供だったように、綾乃は思う
ただ、成績がいいというだけで、それ以外の才能や資質なんてものは度外視をされ、学級委員だの、生徒会長だのにされてしまう
そういうこの国の教育制度の持つ欠陥を、明確な理論を持って批判できるようになったのは、随分後になってからだ
持って生まれた内向的な性格と、求められた社交的な人物像
いつからか、そのギャップに気づき、いつのまにか、それは埋められないくらい巨大なものに膨張し・・
そして、壊れた
崩壊後の人生をなんとか切り開き、辿り着いた場所がこの雑居ビルだ
三流大学卒の文系OL
今の綾乃はそれだけの存在でしかなく、だから余計に栄光に輝いていた(ように見えた)子供の頃の記憶が苦痛だった
父親を早くに亡くし、母親は再婚した
「あたし、お義父さん、好きだよ」
「うちは、家族、みんな仲がいいもん」
クラスメイトに家のことを聞かれれば、慣用句のようにこんな言葉で返していた
端から見れば、幸福な家庭に見えていたかもしれない
ただ、人の心なんてものは、それなりに色々あるのだ
むしろ、はっきりとした原因がわからない、曖昧な幸福、そして、曖昧な不幸
生活のなかに発生するその曖昧な感情に、綾乃はいつも苦しめられてきたような気がしていた
-でも、前の父さんが生きてた頃から、あたし、暗かったよな・・
だから、今の自分の生活を義父のせいにするのは筋違いだとわかっていた
「あ、杉田さん、おかえりなさい。今日はどうだった?」
職場に戻るとすぐに、部長の執拗なチェックが始まる
-営業なんて向いてない。もう、やだ、辞めたい・・
酒を飲みながら、ひとり部屋で愚痴っている3時間後の自分が頭に浮かんだ
子供の頃から求められてきた社交性
明るく、元気に
その呪縛からは、23歳になった今でも逃れることができないままの綾乃だった
[次の話]