少女は小高い丘の上で、きこえないはずの海の音をきいていた。
静かに耳を傾けると、肩までそろえた黒髪と耳にはめてある赤い石からもうひとつの石に垂れ下った紐が揺れる。少女、アザミは振り返った。
「なにが見えるのです?」
長身の青年が立っていた。逆光で顔が見えない。
「………海」
「ああ。そうですねえ。あの山を越えれば、海ですものねえ。今は、波もたってきれいな朝焼けを映していることでしょう」
「波……?」
アザミは海を見たことがなかった。音も想像上の産物であった。

ぽんっ。

手品のように、男の色白な手から黄色の花、マリーゴールドがでる。
「その花言葉はいつもかわいい。どうです?あなたにぴったりの言葉だと思いますが」
「……」

どう、反応を返していいかもわからず、アザミは受け取った。
まさか、朝方から十と三つ足した少女を口説いてるとも思えない。
「何者?」
やっと、この村中の人間の顔を知りつくしているアザミはこの男の声を知らないことを知った。男がふっと、微笑む。
「わかりますよ。そのうちにいやでもね」
頭に手を置かれる。大きな手。アザミは目を伏せた。久しぶりの大人の手は誰かを思いだしそうで、熱い感情がこぼれそうになる。 もう一度、顔をあげると男の後ろ姿が見えた。

アザミはまた、山の方を向く。
海の音はいつもと同じように、流れていた。




Alice Coral