クロロブタノール | きくな湯田眼科-院長のブログ

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横浜市港北区菊名にある『きくな湯田眼科』

Humphry Davy(下の写真)がN2O:笑気に麻酔効果があることを発見し1800年の論文で外科手術の麻酔として使える可能性を指摘したことは以前(笑気の項目で)記載しました。


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デービーの弟子がMichael Faraday(下の写真)ですが、ファラデー は1791年ロンドン郊外の貧しい鍛冶屋職人の3男坊として誕生しました。きちんとした学校教育を受けることもなく13才の頃から製本工として働きました。彼は製本工として働きながら、製本に供される本を片っ端から読んで諸々の知識を得たのです。1812年王立化学研究所の所長であったデービーが行った一般市民向けの講義を聴きに行き、この時の講義録をまとめデービーに進呈しました。これがきっかけとなりデービーの助手として働くようになったのは24才の時でした。まさにファラデーは努力の人で、王立化学研究所では下働きとして、時にはデービーをもしのぐ活躍を見せました。このため王立化学研究所の科学者として推薦されたとき、デービーは嫉妬から猛烈に反対したと伝えられています。(清貧で人柄の大変優れていたファラデーに比べ、デービーは数々の成功を収めましたが、晩年は富と権力に執着したようで、評判は芳しくありません)



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ファラデーは後に電磁気学の大家となりますが、初期にはデービーの影響から化学の分野で大変な活躍をしました。ベンゼンを発見したのも彼ですが、1818年にはエーテルに麻酔効果があることを発見しました。


エーテルはその後1846年にWilliam Thomas Green Morton(1819-1868)がエーテル全身麻酔の公開実験を行い、成功してから麻酔薬として急速に広まっていきました。今日Mortonは「麻酔の父」と呼ばれ、彼が公開実験を行った手術室はEther domeとして保存されていますが、麻酔効果を発見した最初の人はファラデーということになります。


1831年Samuel Guthrie (1782-1848 米国内科医)、Freiherr Justus von Liebig(1803~1873, 独化学者)、Eugene Soubeiran(1797~1859, 仏化学者)がそれぞれ独立にクロロホルムchloroformを発見しました。


クロロホルムの構造式

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1847年フランスのMarie-Jean-Pierre Flourens(1794~1867)がクロロホルムの麻酔効果を発見し、イヌを用いた麻酔実験を行いました。英国の産婦人科医 James Simpson(1811~1870)はエーテル麻酔時の嘔吐や不快臭、可燃性などの問題からエーテルに代わる麻酔薬を探しており、試行錯誤の結果、最終的にクロロホルムに行き着きました。1847年ついにクロロホルムを用いた分娩を行い、成功しました。


1853年John Snowがビクトリア女王にクルルホルムによる無痛分娩を行い、その後クロロホルムはエーテルと異なり 刺激臭がなく、麻酔の導入も早いことから急速に普及することとなりました。


クロロホルムはこうして麻酔薬としての認知を得ましたが、中には依存症になった人も現れました。その中の一人が笑気麻酔を最初に行った歯科医のWellsです(当ブログN2O笑気の項を参照してください)。彼は1845年の笑気麻酔の公開実験で失敗した後、信用を失い失意の内に歯科医をやめることになりました。その後彼はクロロホルム中毒となり、1848年33才の時、娼婦に硫酸をかけ逮捕され、留置場送りとなりました。留置所内で密かに持ち込んだクロロホルムを吸引し、自己麻酔下に股動脈を切断し自殺しました。


1894年にクロロホルムの肝毒性が発見され、1911年にアドレナリンと併用した場合心室細動を惹起し死亡する例があることが指摘されてから、やがてクロロホルムは麻酔薬として用いられなくなりました。



抱水クロラール chloral hydrate は1832年 Justus von Liebig in Gießenによりエタノールを塩素化することにより発見されました。1869年鎮静作用が発見され、やがてその合成の容易さから催眠剤として広く用いられるようになりました。水やアルコールによく溶け、そのアルコール溶液は knockout drops と呼ばれ、かつてシカゴの Lone Star Saloonという暴力バーのようなレストランで客を眠らせ金銭を奪う目的で使用されたことがありました。(この店の支配人がMichael(Mickey) Finnと言う名前だったことから、このアルコール飲料はその後Mickey Finnと呼ばれるようになり、しばしば同様な犯罪に使用されました。)


抱水クロラールの構造式

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投与された抱水クロラールは数分以内に、赤血球や血漿のエステラーゼ (エステル分解酵素) によりトリクロロエタノールに分解され 、鎮静剤としての効果を発揮します。かつて簡単な外科処置や歯科の治療前投与薬として用いられていましたが、現在はバルビツレート剤や ジアゼパム等に取って代わられました。(現在でも脳波検査の時には、てんかんの放電を抑制しないことから用いられることもあります。)


クロロブタノール Chlorobutanol (1,1,1-trichloro-2-methyl-2-propanol)はその抗菌・抗真菌作用からその0.5%溶液が薬品や化粧品などの保存剤として使用されています。クロロホルムとアセトンを水酸化カリウムの存在下で反応させることで容易に合成できます。


クロロブタノールの構造式

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抱水クロラールとの類似性から鎮静作用、局所麻酔作用を有します。(この作用は抱水クロラールと同様にトリクロロエタノールに分解され発生するものと考えられます。)その脂溶性から、細菌の細胞膜の脂質層を破壊することにより抗菌作用を発揮するものと考えられます。


抗菌力は塩化ベンザルコニウム:BACより劣りますが、毒性はBACより少ないと考えられています。(培養ヒト角膜上皮細胞を用いた0.01%BACと0.5%クロロブタノール溶液の比較実験では、角膜上皮障害を生ずる時間が前者では2時間、後者では8時間というデータもあります。)


その局所麻酔作用からキシロカインなどの局所麻酔点眼薬や刺激性の強い薬剤の点眼薬の添加物として好んで用いられています。低温、PH6以下の酸性の状態では安定していますが、中性・アルカリ性の状態では不安定で、室温で加水分解され塩酸を生じます。また光により分解され、プラスチック容器を透過するなど保存が難しい欠点もあります。