陽三とうさんの定年退職後ライフ。 -34ページ目
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陽三とうさん、もうすぐ帰宅です。

陽三とうさんは明日、こちらの自宅(熊本県)に帰ってこられるそうです。

というわけで、こんばんは。娘です。


今日まで、陽三とうさんは本社近くにあるお兄さん(現在入院中)の船の片付けをしていたそうなのですが、ものすごい数のダンボールに荷物とかを詰めまくった、のだそうで。

ダンボール箱、どのくらいの大きさっていったかな、60cm?くらいのものが、25、6個出たんだとか。

他にも、大きな健康器具があったりで、それ全部お兄さんの自宅に宅配便で送るんだとかで。

昨日、陽三とうさんの荷物はダンボールに5箱届きましたけれど、それだけでも私、びっくりしましたよ?

あんな大きな荷物が20個もきたら、お部屋がいっぱいになってしまいそうだ。


明日、陽三とうさんが帰ってきたら、写真撮って、ここももうちょっと陽三とうさんのことがしっかりメインになれるかな?と娘は今日まで準備に奔走していたわけなのでした。


ちなみに明日のお夕飯は、陽三とうさんが単身赴任先から帰ってくる日は定番になっている、君子かあさんの美味しい肉じゃがだって。娘も肉じゃが楽しみにしていたり。



さて、わたくし「娘」なのですが先日書きましたとおり、別のところでは「お嫁さん」でもありまして。

旦那さんは刃(じん)さんといいます。同い年です。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-娘と旦那様。

娘はというと小規模ながら、旦那さんや仲間たちと一緒に小さなサークルで同人活動をしています。


その中で、旦那さんは女の子向けの雑貨を製作しています。

たとえば、シュシュやヘアゴムといった布雑貨。こういったものは旦那さんの得意分野です。


今日は、ケーキ柄の布でシュシュを作っていました。

これで髪の毛を結んだり、髪をおろしたときは腕につけても可愛いです。

筒状になるよう縫い合わせた布の中にゴムを通して引き締め、つなぎ合わせて作ってあります。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-娘の旦那作・ピンクのシュシュ。

すべて手縫いで作っていて、縫い目もきれいに揃っています。


最初のうちは、「嫁のため」といって、私のために作ってくれていたんですけど、私そんなにたくさん持っていてもしょうがないし、上手にできているので、「サークルで売ってみようか?」ということになって、12月から販売を始めたのですが、これが意外と好評で12月のイベントでは用意したぶんが売り切れてしまうなど、思わぬ反響でした。


さすがに今回、3月のイベントには売り切れるはずはない量を作っていったので、少し残りましたけど。


ミシンを使わせないのは、「大切な人のため」っていう初心を忘れてほしくないからです。

純粋に「女の子に喜んで欲しい」っていう旦那さんの気持ちがこもってるからこその反響だったのかもしれませんね。


まだ旦那さんも、陽三とうさんとはあまりゆっくり喋ったりできる時間もなかったので、男同士仲良くやってくれたら、娘としては本望ですから。



さあ明日になったら陽三とうさんを出迎える準備で家はバタバタするでしょう。

猫もうろうろ・・・うろうろ。普段いなかった人が帰ってくるからでしょうか、そわそわしています。

玄関先でクラッカーでもぱぱーんとやろうかとも思いましたが心臓によくないと思ったのでやめました(笑)。


陽三とうさんが帰ってきたら、まずこのブログを見せてあげて、お友達もいっぱいいるよ!って教えてあげようと思います。

陽三とうさんと同じ60代・団塊世代の皆さんも、ブログで毎日を元気に綴っておられて、20代の娘が見ても、とても微笑ましい日常であり、父親と同年代の方々と関わることができ、娘としても、嬉しいことです。


インターネットにふれることが今までないに等しかった陽三とうさんですが、定年退職を機に、娘と一緒に色々な世代の方と仲良くなってくれたらいいな、と娘は思っております。

定年退職は終わりなんじゃなくて、第二のはじまりなんだっていうことを、きっと気付いてくれると思うので。

陽三とうさんの荷物と、むすめ画伯。

ついさっき、陽三とうさんの荷物が単身赴任先だったところから自宅へ宅配便で送られてきました。

大きなダンボール箱が5個も!

中身はほとんどお洋服だったようです。

作業着とか、部屋着とか。


早速、君子かあさんのキビシーイ仕分けによって、1箱ぶんは片付きました。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-陽三とうさんの荷物。あと2箱ありました

他はまだ着れそうな服とか、趣味のCDとかカセットテープとか。


それと、娘がずいぶん昔に描いて、汚れないようにラミネート加工してプレゼントした絵とかも戻ってきて、こんなのまだ大事に持っててくれたんだなーってびっくりしました。



そんな娘ですが今日は、健康保険が変わる前にということで、かかりつけの精神科に通院してまいりました。

主治医が気を利かせて4週間分の薬を処方してくれました。

また、新しい保険証が発行されてから病院で手続きをして、その後カウンセリング等も再開する、という予定で。


伊達に5年付き合っている主治医ではないので、だいたい私がこれで充分足りそうだと思う量の薬をしっかり処方してくれているので、当分はこれでもちそう。さすが主治医、です。


病院の待合室で退屈したので、カバンの中に入っていたスケッチブックに、さらさらっとボールペンで落書き。

特に何も見てないし、考えてもいない一発描きです。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-娘の暇潰しボールペン落書き。

今日は空いてたのでのんびり書けましたが、混んでるときとか、待ち時間が長い時はよく描いてると、同じ診察待ちの患者さんに声をかけられることもあったりします。


病院の待ち時間は、大抵何か書くものを持っていって落書きしたりしています。

ぼーっと待っているのもなんだかなーと思うので。



帰宅後は、なんとなく写真を自分で撮ってみたりです。

できればお化粧顔の写真がいいなーっと・・・思ったもので(いや別にスッピンが見せられないとかじゃなくてですね)。


自作の衣装を着てみた娘です。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-娘です。持ってるのは造花です。

手に持ってるのは100均の造花ですよ。

陽三とうさんが帰ってきたら、この自作の衣装も見てもらおうかなーと思って。

ちなみに衣装は、つい先日あった同人誌の即売会のとき、イベント会場で着るために製作したものです。

いわゆるコスプレですね。漫画好きなもので、つい。



夕飯後、なんだか具合が悪くなってしまって、どうやら貧血らしい。ということでベッドで休んでいました。

ベッドに寝そべって正面に、最近買ったばかりのパソコンがあります。

今、更新に使っているのは古いパソコンなのですが、実は新しいパソコンには今あるモデムがインストールできず、新しいパソコンではまだネットがつなげないのです。


だから、新しいパソコンはDVDプレイヤー代わりにされています・・・こういうのを、宝の持ち腐れっていうんでしょうね(笑)。

幸いとても高画質+高音質のため、ブラウン管テレビで見るのとはわけが違って大迫力で映画が楽しめます。


今日はローランド・エメリッヒ監督の「インデペンデンス・デイ」(ウィル・スミス主演)を英語音声・字幕なしで観ました。

映画のDVD、実は5枚しか持ってないので、この映画(「インデペンデンス・デイ」)はおそらく100回は観たと思います。

なのでもう日本語音声だと、どこで何を言うか、完全に把握しきってしまっているのです。

ですから字幕も消してしまって、英語音声のみで。

ネイティブの方の英語は、学校で習う英語とはわけが違います。スラング(俗語)など辞書を引いても出てこない単語も多くあります。

それを考えると、映画を使った英語教育というのも、子供にはいいかもしれません。


陽三とうさんから聞きましたが、私が1歳半くらいのとき、まだ君子かあさんの実家のある名古屋にいたころ、私は駐車場に書いてあったアルファベットを見ると走っていって、「これ、A(エー)!」とか、すぐわかっていたのだそうです。

ことばを覚えて喋りだしたのが早かったらしく、近所では有名な女の子だったとか。

今ではハズカシイような思い出です、本人(娘)、なにも覚えてませんけど。


学生時代の英語の成績はそんなによろしくなかったですが、唯一スピーキング(英会話)に関しては、ネイティブの先生に一目おかれていました。それは一時期、演劇を志していた影響もあったと思いますが。

英作文に関しては・・・それはもう、よく卒業できたなぁといまだに思うくらいの点ばかりでした。



陽三とうさんは、お兄さんが乗っていた船の片付けがものすごく大変だとかで、私の誕生日(4月2日)にギリギリ間に合うか間に合わないかくらいには帰ってこれるかも、だそうです。

とりあえずまずは長年、陽三とうさんの単身赴任先にいた荷物たちに、おかえりなさい。

娘の心の病。

おはようございます、陽三とうさんの娘です。


陽三とうさんは、今日もお兄さんの船のお掃除だそうです。

最後のお仕事なのですが、私(娘)と陽三とうさんの誕生日は一日しか離れておらず、娘は4月2日、陽三とうさんは4月3日なので、今年はもう、10数年ぶりに家族揃ってお誕生日を祝えるかもしれません。


物心ついたころから誕生日を家族で祝ったことなんてなかったねって、昨夜、君子かあさんに言われました。


定年退職っていうことになって、君子かあさんも不安なんじゃなかろうかと娘は思いましたが、それよりも、一緒にお誕生日祝えるねって言ってくれた君子かあさんは、ちょっと嬉しそうにも見えました。


単身赴任先から陽三とうさんが帰ってくると、しばらくするといつも喧嘩してしまうけれど、二人とももうすぐ銀婚式?

だって娘は、陽三とうさんと君子かあさんが結婚してから2年か3年したころに生まれたと聞きましたもの。

ですから娘はもうすぐ23歳ですし、そろそろでは?

だったらお祝いしなくっちゃ。



今日は、娘は通院している精神科の病院に行って、健康保険が変わることについて主治医と話し合います。


精神科に通っている理由についてなのですが。

学生時代にひどいいじめに遭いました。

ずっと、両親には黙っていようと思って耐えていたのですけれど、高校2年生のときだったかな、もうこのままじゃ私、死んでしまうんじゃないかって思って、担任の先生に、いじめのこと、欠席が多い理由、そういったことを打ち明けたところ、すぐにでも病院に行って、医師の診断書を貰ってきなさい、そうしたら、欠席日数に関しても、少しは考慮できるとのことで、心療内科に通院を始めました。


でも心療内科ではもう手に負える状態ではなく、すぐに精神科に転院しました。


本当のことを言うと、自殺を図ったことも一度や二度どころではありません。

君子かあさんを泣かせてしまったことも、何度も何度もありました。

そのことも、つい最近まで、実は陽三とうさんには黙っていました。


何故かって、悲しんでほしくなかったからです。

自分の弱さでいじめを止められなかったせいなのに、そのせいで陽三とうさんまで傷つくのは嫌だと思ったからです。


でも、私は私で、だんだんと立ち直りつつあります。

病院でも、経過を見て「とても安定している」と最近はよく言われます。

ようやく今、そういうことも陽三とうさんに話してもいいと、親子の絆が深まったことで、そう思うようになりました。


心の病は、誰がかかってもおかしくないものなんですよ。

私は絶対かからない、って言っていても、かかってしまうことはあります。


大切なのは、無理に頑張らせないこと。

それを君子かあさんも、陽三とうさんもしてくれたから、娘は今、快方に向かうことができています。

病状が酷く進学も諦め、最初の職場でも失敗してしまった私に、無理に働けと言ったりせず、そのかわり、「できることを大学行ったつもりで本気で頑張りなさい」と、君子かあさんは言ってくれました。


いま、娘は漫画家を目指して、日々絵や漫画を描いたり、物語、人物を作ったり、同人誌を作って即売会で販売したり、アマチュア漫画家として精力的に活動できるまでに回復しました。


陽三とうさんも、絵を描くのがとても好きですし、しかも上手なので、帰ってきたら陽三とうさんの絵も、ブログにアップしたいと思っています。


親の助けがあったからこその娘なら、娘の助けがあってこその親というのも、きっと悪くないはず。


だから娘は、陽三とうさんにブログをプレゼントしたのです。

定年退職したって、明日があるように。

仕事がなくなったって、明日は来るように。


陽三とうさんの娘として、もう負けたりしない心を、取り戻せるように。



絵描きのヒヨコの娘。

こんばんは、陽三とうさんの娘です。


無事ブログ立ち上げられまして、よかったです。

せっかくなのでトップ画像は絵描きのヒヨコの娘が描きました。


陽三とうさんが帰ってきたら、かっこよくこう、とうさんの作品と写真を撮りたいのですが、まだご本人が自宅におりませんゆえ、娘が絵を描いたわけです。


陽三とうさんの定年退職後ライフ。-陽三とうさんの定年退職後ライフ・ミニ画像


左のすみっこにいるのは娘です。娘の顔の部分は、写真をトレースして描いたので、このまんまの顔してます。


陽三とうさんの最近の写真というのがほとんどなくて、でも親の顔くらい覚えてますから、ちゃんと描けました。



近頃の娘は、とあるところでは鈴木姓なので、陽三とうさんに、「お前はいつのまに鈴木さんになっちまったんだい?」と言われました。本当、いつの間になのでしょう。

それはペンネームであり、嫁さんとしてのお名前でもありですが。


え、娘さんはどっかに嫁いでるんですか、といわれれば、嫁いでいるようないないような。

親不孝な嫁ぎ方をしてるので、なんともいえないのです。


娘が嫁いでるのはここです。

FC2ブログなのですが、まず最初にカテゴリより「はじめにお読み下さい」を読んでくださると、どえらいところに嫁いでしまったことがよくわかると思います。

鈴木メルヒェン夫妻の恋文

こっちにいる旦那さんも、上の似顔絵描きを手伝ってくれましたので、どうもありがとう。

こんな旦那さんのところに嫁いでもいいよって言ってくれたのが、陽三とうさんです。


旦那さんが、陽三とうさんとお酒を酌み交わすのを楽しみに待っています。

男同士で、たぶん君子かあさんには嫌な顔されながらでしょうけど、お酒呑むんでしょうね(笑)。



娘は早いところ絵描きとしてきちんと独立したいものですが、なかなか今のご時世、そうはいかないのです。

娘も、陽三とうさんも、しばらくは受難つづき?なのかもしれません。

陽三とうさんの娘です。

はじめまして、陽三とうさんの娘(もうすぐ23歳)です。

もうすぐ63歳になる陽三とうさんの定年退職が決まり、もうすぐ自宅での生活がはじまります。

有明海の漁師から仕事を転々とし、港湾関係の建設に携わってきて、3月いっぱいをもって定年退職を迎えることとなりました。


今まで娘である私、そして君子かあさんを養ってくれたお礼に、せっかくパソコンができるのだから、趣味をたくさん持った陽三とうさんと「ブログをやろう!」って、電話でお話しまして、パソコンに触ったこともない陽三とうさんのかわりに、娘がブログを開設したのです。

娘は4月2日をもって23歳に。
陽三とうさん、4月3日をもって63歳になります。

お父さん似の娘と、定年退職後を模索する陽三とうさんが、日々をすこしずつ、すこしずつ、親子で力をあわせて綴っていきたいと思います。


今、陽三とうさんと電話をしながら、娘がブログをたてました。
ちょっと早いけれど、娘からのお誕生日プレゼントです。

紙粘土細工、魚釣り、娘が生まれる前のことも、おとなになった娘がお手伝いしながらブログに書いていきたいと思います。


もうじきおうちに帰ってくる陽三とうさんのために、娘がブログを準備しています。
このブログが、陽三とうさんへの素敵な親孝行になりますように。



娘より。
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