昭和天皇の訪米 | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 昭和天皇の訪米

 電車の中吊り広告を見ていて気がついたのですが、今年は昭和天皇の訪米から30周年になります。


 昭和天皇は、前年(1974年)11月のフォード大統領訪日の答礼として、1975年9月30日から10月14日の日程で訪米。行く先々で歓迎を受け、太平洋戦争の古傷を癒すうえで大きな役割を果たされました。


 このように、結果的に成功を収めた天皇訪米ですが、それが実現されるまでの間にはさまざまな紆余曲折がありました。


 昭和天皇の訪米が具体的に検討され始めたのは、1973年春のことで、もともとは当時の首相・田中角栄の思いつきによるものでした。もっとも、1973年には20年に1度の伊勢神宮の遷宮が予定されていたことに加え、政府と宮内庁の間の調整不足もあって、この計画は頓挫しています。


 しかし、1973年7~8月の田中・ニクソン会談で、ニクソンが天皇訪米を日本側に要請したことからこの話が再燃。1974年2月には、駐米大使の安川壮が「年内には訪米が実現されるであろう」と発言しています。しかし、この発言も宮内庁との根回しが充分ではない段階で行われたことにくわえ、この年は参議院選挙があり、政府与党は訪米の“成果”を政治利用するのではないかとの批判ももちあがったこともあり、またもや、訪米のプランは沙汰止みとなりました。ちなみに、安川は先の自分の発言を“錯覚”として取り消しています。


 さて、昭和天皇の訪米に際しては、天皇ご夫妻が帰国した10月14日に下のような2種類の記念切手が発行されています。


 昭和天皇訪米


 デザインは星条旗に桜を配したものと日章旗にハナミズキを配したものの2種類です。ハナミズキはアメリカの国花ではありませんが、1912年に日本から桜を送られたこと(これが、ワシントンDCのポトマック河畔の桜並木のもとになった)の返礼として、アメリカがハナミズキを日本に送ったことに由来するもので、日米の友好親善を示すのにふさわしい組み合わせといえます。


 昭和天皇の訪米は、太平洋戦争の終結30年の節目の年に行われましたが、今年は、その訪米からも30年。まさに“昭和は遠くなりにけり”という感じですね。


 さて、来週水曜日・19日付で、いよいよ『皇室切手 』が刊行となります。この切手をはじめ、戦後の“皇室外交”については、それなりにスペースを取って解説していますので、ご興味をお持ちの方はご一読いただけると幸いです。


 すでに見本は出来上がっていますし、アマゾンなどでの注文も可能になっています。早いところでは、この週末、一部の書店の店頭に実物が並んでいるかもしれません。見かけたら、お手にとってご覧ください。

 また、『皇室切手 』の刊行後の10月28日~11月6日、東京・目白の<切手の博物館 >では、出版元である平凡社の後援で「皇室切手展」を開催します。会期中は、戦前の皇室のご婚儀に関連する切手の名品を多数、展示いたします。また、10月29日の午後(3:30頃から)には展示解説を、11月5日の17:15からは『皇室切手 』刊行記念のトークを行う予定です。一人でも多くの方に、是非、遊びに来ていただけると幸いです。