東ドイツのルーツ | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 東ドイツのルーツ

 東西ドイツが統一されたのは1990年10月3日のことでしたから、15年前の10月2日は、“東ドイツ”最後の日だったということになります。で、東ドイツ(ドイツ民主共和国)という国が正式に発足したのは1949年のことでしたが、そのルーツは第二次大戦後、ドイツが米英仏ソの4国によって分割占領されたことにまでさかのぼります。


 その第二次大戦後のドイツ占領後初期のカバー(封筒)の実例として、こんなものを引っ張り出してみました。


 墨塗りヒトラー


 このカバーは、ナチス降伏から1ヵ月後の1945年6月8日、ドレスデンから差し出されたものです。ドレスデンはザクセン州の州都で大戦末期の1945年2月、連合国の空襲を受けて市内の中心部はほぼ灰燼に帰し、戦後はソ連軍の占領下に置かれました。


 さて、ナチスの時代、ドイツではヒトラーの肖像切手が日常的に使われていましたが、敗戦とともにこの切手は使用停止となります。とはいえ、新しいデザインの切手を用意するためには相応の時間が必要ですから、しばらくは、ここに示すように、ヒトラーの肖像部分を塗りつぶした切手が使われていました。


 その後、米英仏ソの占領地域では、米英地区・フランス地区・ソ連地区それぞれが独自の切手を発行し始めます。一時、米英地区とソ連地区は共通の切手を使ったこともありますが、東西冷戦の進行とともに、1949年には東西分断国家が誕生し、以後、1990年にいたるまで両国は別個の切手を発行し続けることになります。


 10月28~30日に東京・池袋のサンシャイン文化会館で開催の<JAPEX >では、今年が戦後60年ということにちなみ、“1945年”にスポットをあてた特別展示を行います。僕も“戦後世界の形成”と題する作品を出品する予定です。作品は日本を含むアジア地域が中心ですが、スペースの許す限り(おかげさまで、“1945年”の企画コーナーでは、予想を大幅に上回る作品があつまり、僕の展示も当初の予定を大幅に圧縮することになりました)、ドイツの分割占領についても多少は触れたいと思っています。是非、月末は池袋にお運びいただき、“1945年”の企画展示をご覧いただけると幸いです。