アンデルセン切手の背景 | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 アンデルセン切手の背景

 昨日の「視点論点」につきましては、予想以上に多くの方から反応をいただき、ありがとうございました。


 で、番組の枠が10分間しかなかったものですから、あまり突っ込んだ説明ができなかった点を、今日の日記で少し補足しておきたいと思います。


 “アンデルセン生誕200年”にあわせて、今年、いろいろな国が記念切手を発行しているのはご存知の通りです。その多くは、世界的な“アンデルセン”マーケットをターゲットにした輸出商品という色彩が濃いのですが、昨日の番組でもご紹介した中国のアンデルセン切手(↓)の場合は、そう簡単に切って捨てられないように思います。


 中国のアンデルセン切手


 この切手は、絵本画家として活躍する熊亮(代表作として、カフカの『変身』があります)がデザインしたものですが、全体のトーンは非常にアニメチックです。まぁ、日本でも、1971年の「カルピス劇場」でアンデルセンのアニメをシリーズ化して放送していたことがありますので、アンデルセンの物語の一場面をアニメ風に描くというのは、それじたいは、突飛な発想とはいえません。しかし、僕としては、この切手が6月1日に発行されたということに、一つの意味があるのではないかと考えています。


 実は、中国では、6月1日から5日まで、浙江省・杭州市で“第1回中国国際アニメ・マンガフィスティバル”が開催されました。このイベントは、中国としては初の国家レベルのアニメ・マンガのイベントで、イメージとしては東京国際アニメフェアの中国版と考えていただけば良いと思います。ただ、主催は中国国家広播電影電視総局(ひとことでいうと、中国の放送メディアの元締めです)、スポンサーには中国国内の大手メディアが名を連ねており、“国家”としてこのイベントを開催しているという空気が非常に濃厚です。(もっとも、現在の中国で、全国レベルの巨大イベントを“国家”を無視して開催できるはずはないのですが…)


 日本では、このイベントは日本製アニメを巨大市場である中国に売り込むための営業の機会としてとらえる報道が多かったのですが、中国側からすれば、自国のアニメ産業を海外市場に売り込むためのチャンスであったことはいうまでもありません。


 近年、中国のアニメは、量的には急激な拡大を続け、国際市場でも一定のプレゼンスを獲得していますが、質の面では先行する日米とはまだまだ大きな隔たりがあるというのが、専門家の一致した見方です。もっとも、アニメに限らず、文化的作品の質的な向上には“表現の自由”が不可欠で、この点で、共産党の一党独裁体制は決定的に不利な状況にあります。それでも、ともかくも産業としてのアニメを育成し、国際的に競争力をつけていこうとするのであれば、中国アニメが目指す方向は、当面、子供向けの“健全”路線に特化すると以外に選択肢はないように思います。


 その場合、アンデルセンの童話は中国アニメにとって非常に魅力的であることは疑いがなく、そのことが、アニメ・フェスティバルの開会初日にあたる6月1日という日付をねらってアンデルセンの切手を発行したことにつながったのではないか、と思います。すなわち、中国の発行したアンデルセンの切手は、中国アニメ、あるいは中国産のアニメ(風)キャラクターの商品見本を国際市場にばらまくための、プレゼンテーションの一形態であったのではないか、ということです。


 自国の商品を売り込むためのメディアとして切手を活用するという事例は、たとえば、かつて韓国が現代自動車のポニーを切手に取り上げたのをはじめ、近年では、フランスのイブサンローランやイタリアのプラダの切手など、それこそ山のようにあります。そういう視点からすれば、中国が自国アニメのサンプルとして、今回の切手を発行しても、なんら不思議はありません。


 もちろん、この切手を世界中の切手コレクターやアンデルセンファンに売れば、それじたいが商売になりますから、その意味では中国にとって二重に“おいしい切手”といえるでしょう。


 それにしても、ここ数年、日本でもアニメを題材とした切手が大量に発行されていますが、あの手の切手は、日本の重要な産業であるアニメを世界市場で後押しする役割を果たしているのでしょうか。あのレベルの出来栄えでは、かえって、日本のアニメ産業の足をひっぱているだけではないかと、僕個人的としては、非常に心配しています。