エースコックのワンタンメン | アジアの季節風

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日清のチキンラーメンと言うのが世界で一番最初に造られた即席麺だということだが、それが造られたのはWikipediaによると1958年ということだ。


1958年と言うと私が9歳のときで小学3年生くらいの時ということになる。それは私の記憶とも大体一致している。


その少し後くらいに姫路の田舎の私の実家の近所に日清食品の下請け会社だったのか別会社だったのかどうか今では定かではないが、かなり大きな工場ができた。


農業か養鶏くらいしか仕事が無い田舎の村に、いきなり即席麺の工場ができたのだから、出来たころは子供心にも新鮮で驚きだった。


しかし経営が上手くいかなかったのか、2,3年くらいでその工場はいつの間にかなくなっていた。


まあそれはともかくとして、チキンラーメンと言うのはその当時画期的な食べ物だったことだけは確かだ。


このチキンラーメンは今でも根強いファンがいるようで、昔と全く同じままで製造販売されているので今の若い人でも知っていると思うが、特別にスープなどはなく乾いた麺にお湯をかけるだけの一番原始的な即席麺だった。


しかし私はこのチキンラーメンはあまり好きにはなれなかった。私が好きだったのはそれから5年後の1963年に発売されたエースコックのワンタンメンだった。


1963年と言うと東京オリンピックの1年前、私が中学2年生の時になる。


このラーメンは他の即席麺とは違い何か特別の味がして、私の好みに合っていたのだろう。


私がいつ頃からこれを食べ出したのかと言うのもあまり定かではないが、中学3年生の秋ごろから始めた高校の受験勉強をしている時、みんなが寝静まった夜中にお腹がすいて台所に行き、自分でこれを作って食べたのは良く憶えている。


それ以来このワンタンメンとサンヨー食品のサッポロ味噌ラーメンは、私の学生時代には欠かせないものとなった。


ただ結婚してからはこういうものは殆ど食べなくなったので、いつの間にか遠ざかってしまい、存在自体も忘れていた。


またいつ頃からか袋ラーメンよりもカップラーメンの方が全盛になり、益々私の中では存在感がなくなっていた。


それがタイのバンコクで住み始めた8年ほど前に、フジスーパーという日本食品を売っているスーパーで何十年振りかでこのワンタンメンに再会した時には感動したものだった。


私は今ではそうでもないが、昔からスーパーに買い物に行くのが大嫌いだったから、殆ど行ったこともなかったので、そういう昔の即席麺がずっと生き続けている等とは思ってもみなかったのだ。


しかしバンコクでは半分自炊みたいなこともしていたので、スーパーにも良く行くようになったのだ。


このワンタンメンと札幌味噌ラーメン、それに日清焼ソバ。この3点セットが私の好きな即席麺だった。


それらが全部未だに生き残っているというのが不思議だったし嬉しかった。


それまで色んな即席麺が出てきては消えていった中で、やはりこれらはパチンコで言えば「海物語」、ジャズで言えば「スタンダード」のように生き残ったのだろう。


だがバンコクではこういう日本からの輸入食品は日本で買う値段の1,5倍くらいし、他のものとの比較で相対的に物凄く高く感じるため、そうしょっちゅうは買わなかった。


と言うのもその当時で一袋65バーツ(200円)くらいしていたと思うが、それだけ出せばラーメン店で本物のラーメンが食べられたし、タイで作っている出前一丁とかだったら確か10バーツくらいで買えたからだ。


それでも時々は食べたくなって1カ月に1回くらいは買っていた。そしてそれは日本に帰ってきて東京に単身赴任していた時も同じだった。


何故か定期的に食べたくなるので、体にはあまり良くないことは分かっていてもたまにならいいだろう、と勝手に決めて食べていた。


私の食べ方はキャベツをふんだんに入れて、それに卵をといて煮るのが好きだ。それにハムか焼き豚があればもっといいがなくても別に構わない。


京都の家に帰った今は、妻と一緒なので滅多に食べることはないが、それでもスーパーで時々勝手に買ってきて勝手に作って食べている。