政府紙幣と無利子国債 | 知財業界で仕事スル

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知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…

政府紙幣と無利子国債とが盛んに議論されている。


何のことかと思ったら、

  政府紙幣 = 政府が直接発行し、中央銀行の発行する銀行券と同じ法定通貨としての価値を持つ紙幣

  無利子国債 = 無利子として国の負担を軽減する一方で、相続税減免付きにすることで国民に買う意欲を出させる国債

というようなもののようだ。


新聞記事は多岐に渡るが、たとえば
「政府紙幣」「相続税減免付き無利子国債」案ヒートアップ
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090206/plc0902062135016-n1.htm



経済の素人ながら、両者の持つ意味を考えてみた。


<政府紙幣>
まさに、無から有を生む錬金術的手法のようである。しかし、現実はそんなに甘くはなく、残念ながら無から有は生まれない。生まれたように見えるだけである。

きわめて大きく見てみると、日本というものが持っている価値は、政府紙幣を発行しても変化しない。紙幣は本来紙切れであるが、株券が会社の価値を有しているように紙幣は国の価値を有している。株の価値が(会社の価値)÷(株式発行数)で決まるように、紙幣の価値は(国の価値)÷(紙幣発行額)で決まる。

そう考えてみると、政府紙幣の発行は、1円の価値を下げる結果になることになる。ということは、たとえば、一人の国民が100万円の銀行預金を持っていたとしたら、政府紙幣の発行によってその100万円の価値が少し下がることになる。

そう考えてみると、国民が円で持っている“価値”を政府が吸い上げることになり、増税したのと同じことになる。

「増税」では絶対に反対されるのはわかっているので、政府紙幣というマジックを使うことで国民がわからないように国民からもっと取ろうというのが、政府の考えていることである。


<無利子国債>
無利子なのだから国債をもっと発行しても、財政悪化につながらない、というような雰囲気を持った政策である。

すでに発行済みの巨額の国債の償還が、日本国の財政を悪化させている。しかし、無利子国債だったら利子を払わないのだから、もっと発行してもいいのじゃないかな、と思わせるところがある。

しかし、相続税がなくなるのであるから、国の税収が減るわけで、国債を大量に買えるお金持ちが、利子収入で肥え太るのを抑えることができるようであるがそうではない。相続税を取らないことで、利子を払って相続税をとるのと同じことになる勘定だ。

有利子国債でも無利子国債でも、現在の浪費を将来のツケに回す行為であることにはなんら変わりはない。相続税がなくなれば、それだけ税収が減るのであるから、利子の支払いがなくなっても、国が借金で火の車状態である状況を解消することはない。





世界を見ると、日本以上に税金が高い国はいくらでもある。そういう国の中に、国民の満足度が極めて高い国があるのは面白い現象だ。
その勇は、北欧諸国だろう。

極めて税率が高く、所得の半分以上が税金に持っていかれるような状況でも、国民の満足度が高い。いわゆる北欧モデルが機能している。
国家財政は黒字。税金がたくさん入ってくるから黒字になれる、という側面もあるが、根本的には税金を無駄遣いしないシステムができているから黒字になっているということ。

マジックは、税金の使途情報のガラス張り化にあるようだ。国民が収めた税金が何に使われているのかの情報がはっきりと国民に公開されている。このため、国は税金を無駄に使えず、国民は高税率で税金を払っても納得することになる。
税金が、天下り公務員の退職金に使われていたり、土建業者と癒着した無用の土建業務に使われていたりしないように、国民がしっかり監督できるシステムができれば、払う方も「必要なら払います」という気になる。それが北欧諸国で起こっていること。日本国民も馬鹿ではない。



国民に対し誤魔化して増税する制度(政府紙幣)や、未来の借金地獄を強めることになる制度(無利子国債)などを考えるのではなくて、国民に対し正々堂々と増税を主張できるガラス張りの政府活動を発展させていくための手法を考えるべきだろうと思う。