「今日はこのくらいでいいかな」
僕はとりあえず机の上の数学っぽい物を全部横に追いやって紅茶を淹れた。


「そして、、、ぶどうパンでーす」
一口かじって紅茶を飲んだ。


「最高、且つ女子には言えない趣味だな」


僕はパンの続きをかじりながら寝る前に少しずつ読んでいるSFに目をやった。


すると文庫本の表紙の一部がぽこりと盛り上がり、見覚えのある形が見えてきた。


とびら


「紅茶飲んでるでしょ。内緒で」
ともだちがちょっと怒り気味で聞いてきた。


「ごめん。今日は来ないと思ったからさ。」
僕はともだちの分の紅茶とぶどうパンを少しちぎってあげた。


「ありがと。ねえ。これSF?しかも本好きの中高生の誰もが通る古典?」
ともだちは文庫本の上で飛び跳ねて聞いてきた。


「そうだよ。中高年も読むかもしれない古典だよ。」


「ふーん。紅茶くれたから僕の作ったSF聞かせてあげる」


「いつもながら一方的な。でも勉強終わったからいいよ。どうぞ」
僕は紅茶を足しながら期待しないで聞き始めた。


「時代は惑星間光速航行が一般的になった頃のお話です。


『ある男が史跡調査のため光速航行船で、ある宙域に向かうことになりました。


ところが男には妻と娘がおり光速航行帰還後には10年の年齢ギャップができてしまうことがわかりました。
仕事をあきらめるか帰還後の年齢差をあきらめるか。


光速航行はその時間との対価の為、かなりの高額報酬が約束され、一度その仕事を引き受けると3人家族くらいなら一生楽に暮らせるほどの大金が手に入るのでした。


家族の生活は男の仕事がボランティアに近い史跡調査の仕事であったので大変貧しいものでした。


それが偶然にも得意の史跡調査で光速航行の仕事が舞い込んで来たのです。


しばらく考えるうちに男に在る考えが浮かびました。


「このチャンスを逃すわけにはいかない。加齢整形剤を使うか、、、、」


加齢整形剤とは童顔に悩む人や人生の早い段階で成熟した肉体を手に入れたい人に対して行われている美容整形の経口薬品でした。


地球時間で数年単位の光速航行をする人が帰還後、家族との見た目の違和感を避けるために稀に使われることがありました。


こうして加齢整形剤を星船に持ち込み、家族と別れを告げ、男は史跡調査へ向かいました。


順調に調査は進み一定の成果が得られた男は加齢整形剤を飲みました。


男の体に痛みはなく、すぐに髪に白髪が混じり、顔に皺が刻まれました。
「体が硬くなったかな、、」


男はこうして帰還しました。
男にとっての数日間の間に、10歳の年を重ねた妻と成人して美しくなったであろう娘を想像して。




帰還後、10年の歳をとった男を出迎えてくれた家族は意外にも光速航行前と変わらぬ若い妻と幼い娘でした。



「お前たち、なぜ歳をとらないんだ?」


「あなたこそ、どうして歳をとっているの?」


男は家族を思い、内緒で歳を重ねました。


家族は男を思い、歳をとらないように同じ期間、借金をして光速航行の旅客機に乗り込んだのでした。


家族はお互いの思いに宇宙への入り口で泣き崩れました。』


っていうお話です。どう?」


僕はすかさず
「賢者の贈り物?」
と聞いた。


「未来の実話だよ」
ともだちは自慢げに言い放った。


僕は『夏への扉』を手にとってベッドに仰向けになった。


「ねえ、感想は?」


ともだちが耳をひっぱりながらせがんできた。


「、、うん?ちょっとまって、あと150ページ読んでから、、」


「ねえ、感想は?」


今日のともだちは結構しつこかった。