三浦しをん 『神去なあなあ日常』 (徳間文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 2012年9月発行の徳間文庫。帯に「”お仕事小説”自然篇!」とあり、カバーには「林業エンタテインメント小説の傑作」と謳われている。林業小説というジャンルの立て方には違和感を覚えないでもないが、なるほどこの作品の内容をストレートに表現しているわけで、見事なコピーである。

 横浜という都会で育った平野勇気は、高校を卒業したらフリーターでのんびり暮らそうと考えていたのだが、教師が就職先を決め、親も後押しをしたことで、三重県の山奥にある神去村の林業の現場へと赴くことになる。この作品は、いまどきの若者が、古い風習も残る過疎の村で、過酷な作業にとまどいつつも、次第に成長してゆく姿を描いたものだ。

 森林組合で基礎的な研修を受けた後、勇気は中村林業株式会社の社員となる。社長の中村清一は神去村に広大な山林を持つ大地主でもある。勇気は通称ヨキと呼ばれる山仕事の天才・飯田与喜の家に下宿し、その管理のもとで、徹底的に鍛えられることになるのだ。

 林業は、50年~100年の単位で構想を立てて営まれるものであり、同時に、四季折々の作業も欠かせない。我々は自然を美しいと思うが、山林というものは、人手をかけてこそ美しさを保てるという。この作品は、現代日本が抱える林業の問題点も明らかにしつつ、しかしそこはエンタテインメント、必ずしも科学的とは言い難い山村の暮らしを、勇気の視点で面白おかしく描いてゆく。勇気が山での作業に馴染んでゆく日々は、逆に、彼が村の人々に受け入れられてゆく過程でもあるのだ。様々な年中行事があり、社長の義妹である小学校教師の直紀への恋が芽生え、勇気は次第に神去村の一員となってゆくのである。

 クライマックスは、神去村の起源にも拘わるオオヤマヅミさんの祭であり、大祭のこの年は、神去山の樹齢千年に及ぶ大杉を切り倒し、参加者全員がその大木に跨って、一気に村まで滑り落とすという命懸けの行事である。あらかじめ谷筋には修羅と呼ばれる渡り道を用意してあるとはいえ、勇壮を通り越してかなり危険で、そのスピード感は迫力満点であった。

 勇気の神去村でのほぼ一年間が描かれている。彼がなおこの村で落ち着くのか、直紀との恋の行方がどうなるのか、それはわからないが、軽妙な語り口も手伝って、案外に面白く読めた。『神去村なあなあ夜話』という続編も刊行されたようだから、それも読んでみたい気がする。

 ただ、軽妙な語り口にも限度があって、若者である勇気の口調で綴られるのは、いささか軽すぎるのではないかとも思う。娯楽性に重点を置いたということなのだろうが、もう少し格調の高い文章を期待したくもなるのだ。作家としては、そのあたりの兼ね合いがむつかしいのだろうか。

  2014年2月23日  読了