佐藤雅美 『六地蔵河原の決闘ー八州廻り桑山十兵衛』 (文春文庫)  | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年10月発行の文春文庫。「八州回り桑山十兵衛」シリーズの第6弾である。

 本音を言うならば、自分はこうしたシリーズ化された作品をいつまでも読み続けることを好まない。安直に流れやすく、抵抗を感じてしまう。一方で、慣れ親しんだ登場人物のその後が気にかかるという一面もあって、文庫新刊に気付けばつい手が出てしまう。困った性癖である。
 今回も、8編の連作短編が収録されている。八州回りの役目柄、十兵衛は管内を歩き回るのが仕事であり、廻村の先々で事件や騒動に巻き込まれるし、上役である評定所の留役の指示で現地に出向くこともある。したがって、8編のそれぞれは関八州のどこかを舞台にした物語である。

 一方で、このシリーズの常として、十兵衛が抱える問題が全編を通して継続して語られてゆき、その意味では一編の長編小説の様相を示しているという部分がある。今回で言えば、10年ぶりに再会した娘の八重が十兵衛の思案の種となっているのだ。地方を歩いていても、今回の十兵衛はいささか上の空である。

 実際、このシリーズには捕物帳とかミステリーとかの要素は薄く、事件や騒動が起きても、バタバタと解決してしまい、十兵衛の手腕に快哉を叫ぶシーンは極めて少ない。著者の意図は、十兵衛が歩き回るその土地の地理的条件や風物、歴史的背景などをつぶさに述べるところにあるようだ。端的なのは、表題作ともなっている『六地蔵河原の決闘』で、十兵衛は妻の登勢の実家を訪ねて白旗村に向かう途中、百姓同士の争いに巻き込まれ、双方が六地蔵河原で対決することになって、大いに困惑することになるのだが、何と、白旗村から登勢が馬に乗って駆けつけ、彼女の鶴の一声で闘争は沈静化してしまうのである。登勢の実家の白旗家はこのあたりの百姓の主筋に当たっていて、男勝りの彼女は有名な存在であったのだ。(十兵衛と登勢が結ばれるまでの経緯は第4弾の『江戸からの恋飛脚 』で描かれていた。)

 この巻では、十兵衛の関心はあくまで娘の八重である。八重は早世した先妻の瑞枝が産んだ娘であるが、前述のごとく十兵衛は一年の大半を廻村に出ており、どう考えても自分の子ではあり得ない。瑞枝が不義を働いてできた子なのだ。その後、瑞枝が死に、八重は養女に出ていたのだが、養家の当主の急死に伴って、十兵衛の元へ戻ってきたのである。八重は登勢との折れ合いも悪く、崩れた感じの御家人との交際が目撃され、不自然な二百両もの大金を所持していることも偶然に判明した。十兵衛としては、八重を正したいけれど、そのきっかけが掴めずにいるという状態なのだ。

 もちろん、この軽快な物語においては、最終話までに、八重に近づいた御家人がどんな人物であるとか、何故大金を所持しているのかとか、八重と登勢の関係の修復とか、すべてがすっきりすることになる。それにしても、この巻で鮮やかなのは登勢であって、十兵衛は彼女の前では冴えない男に過ぎないようだ。白旗村の騎馬姿もそうだが、八重に対する態度も凛としていて、登勢は実に魅力的である。

 この著者の作品はいつもそうだが、各地の地勢や産業風俗をよく調べていて、その点は感心するのだけれど、全体に軽い文体で、ために希薄な印象を受けるのは否めない。それなりに面白いとは思うけれど、物足りなさも感じてしまう。これも、好みの問題なのかも知れないけれど。

  2009年11月22日  読了