森浩美 『家族の言い訳』 (双葉文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2008年12月発行の双葉文庫。同文庫の新刊で同じ作家の『こちらの事情 』が目に止まって、どちらも同じ傾向の短編集であるらしいので、2冊同時に購入してきた。著者はすでに作詞家として名を留めているということだが、若者の歌には疎遠となっていて、全然知らなかった。

 『家族の言い訳』というタイトルは全体を括るテーマであるようで、そのテーマのもとに、8編の短篇が収録されている。それぞれ、「私」「僕」の一人称で語られていて、「私」の場合も、語り手は男性であったり女性であったりと、一作ごとに異なっている。森浩美の名が男女どちらとも取れることも手伝って、自分としては、まず著者が男性であることを確認することから始めなければならなかった。

 正直なところ、物足りなさが残る作品集である。家族を描いて、読者をホロリとさせてもいいシチュエーションを設定しているはずなのに、涙が滲んでこない。何かが違うような気がする。一つには、登場人物に魅力が乏しいからであろう。自分一人が不幸と苦悩を背負っているような物言いが目立って、感情移入できないのである。そしてもう一つには、挿入されるエピソードに、向こう受けを狙ったあざとさがほの見えるような気がする。著者は作詞業はキャリアを積んでいても、小説は書き始めたばかりのようなので、無理もないのかも知れないけれど。

 冒頭の『ホタルの熱』は、生活に疲れてどこか遠くで子供と無理心中しようと電車に乗った母親が、急な子供の発熱で途中下車し、改めて母親らしさを取り戻すという物語だ。医者にかかり、低料金の民宿で世話になる。この作品では、民宿の女主人が魅力的に描かれていて、そこが救いになっているけれど、いくら生活苦とはいえ、これでは母親失格ではないかと思い、つい批判的になってしまった。

 『星空への寄り道』にしても、バブルでおいしい生活を得ていた男が、後発同業者に追い抜かれ、次第に社業が傾いて、事務所を畳んだという話で、計画性のなさを指摘するのも躊躇われるほどの愚かさである。その彼が、東京からタクシーに乗り、思いついて信州まで星を眺めに出かける。道中で運転手と家族にまつわる会話があるのだが、中央道を走って星を見るというストーリーはちょっとやり過ぎの感じがしてしまう。

 最後に置かれている『粉雪のキャッチボール』にしても、リゾートホテルの支配人を退任する父の元へ息子が会いにゆくという趣向で、家庭をないがしろにして母と別居状態の父が、ホテル従業員から親しみと尊敬を得ていたことを知ることになるのは微笑ましいけれど、最後にキャッチボールを持ってくるのはいかがなものか? こういうところをあざといと思ってしまうのだ。

 『カレーの匂い』は、独身キャリアウーマンの物語。家庭に入り平凡だが幸せそうな友人に会い、複雑さも噛み締めるという構成だが、最後の一行に意外性が盛り込まれていて、これは短編小説としてよくできていると思った。それにしても、彼女のこういう人生は、同義的にどうなのかとも思ってしまったのだけれど。

 全体的に平明な文章で、読みやすい。言葉の選び方にも作詞家として磨かれた感性があるような気がする。ときどき、ハッとするようなフレーズが出てくるからだ。ただ、『お母ちゃんの口紅』や『イブのクレヨン』など、タイトルの小道具がお涙頂戴的に使用されるのも、どうかなと思う。もう少しさりげなく触れたほうが効果的ではないだろうか。

 小説を読んで涙を流すことは、その後がスッキリするわけで、嫌いではない。というか、年老いて十分に涙もろくさえなっている。著者はしばらくこの路線でいくようなので、是非とも感涙にむせぶような家族の物語を書いて欲しいものだ。

  2009年10月17日  読了