楡周平 『異端の大義(上)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 

 微熱が続いて、パソコンを開く気力がなかった。老齢なので無理をするのはよくないと、1週間ほど、ぼんやり過ごしてしまった。

 さて、本書は2009年4月発行の新潮文庫。

 著者の作品は『再生巨流』を読んだだけだが、流通業界を扱った中味の濃い経済小説であったと記憶している。エンタティメント系の作家らしく、面白くするための要素を次から次へと投入するという作風であった。今回は上下巻合せて1000ページを超えようかという大作であり、つい期待してしまう。

 序章で、東洋電器産業のアメリカR&Dセンターの撤退閉鎖作業を終えた高見龍平が、束の間の休息を求めて釣行に出かけ、カイザー・アメリカの上席副社長・ノーマンと出会うシーンが紹介される。東洋電器産業は三洋電機、カイザー社はフィリップスをモデルとしていると言えばわかりやすいのだが、カイザーは日本での知名度こそ低いものの、世界的に有力な電機メーカーである。いずれ、物語の中盤で、この偶然の出会いが生きてくるであろうことを予感させながら、しかし、この上巻では、その後二人が交差するシーンはなかった。

 東洋電器産業は、業界4位の綜合家電メーカーであり、立志伝中の人物・向山兵衛が一代でその基盤を築き、その一族による同族経営を続けている。高見龍平とは同期入社の湯下武朗も一族に連なり、いまでは取締役人事本部長の要職にある。龍平もシカゴ大のMBAを取得しているほどのエリートであるけれど、湯下の周囲に排された取り巻きの一人に過ぎないのだ。この物語は、同期ではあるが立場を異にする二人の男が、ささいなことから軋轢を生み、対決してゆくという構図なのである。と言っても、取締役と社員では真っ向からの対決とは成りえず、湯下の恣意的かつ陰謀に満ちた人事により、龍平はこれまでのキャリアを全く生かすことができない仕事を与えられ、、不採算部門の切り捨てという撤退線の最前線で労務問題に直面することになるのだ。

 バブル崩壊後の不況下、東洋電器産業も業績不振に喘いでいるのである。1990年代の綜合家電メーカーが抱えていた問題は的確に示されるし、リストラに伴う社員の苦しみにも目配りはされているし、龍平の家庭の問題も懇切丁寧に描かれるしで、読んでいてストレスはないのだが、それにしても、このテーマでこれだけ長大な作品が必要だったのだろうかという疑問は感じてしまう。

 湯下人事本部長は人格的に欠陥があり、一方の龍平は、不慣れな仕事を誠意を持って全うしようとしている。いずれ下巻では、両者の立場は何らかの形で逆転するであろうと予測できる進行である。サラリーマン世界でどんな逆転があり得るのかは疑問であるけれど、そうならなければこの小説は成立しないと思うのだ。

 そういう期待を下巻に抱くとしても、「長すぎる!」というのがいまの率直な気持ちである。

  2009年4月20日  読了