池永陽 『ゆらゆら橋から』 (集英社文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 集英社文庫1月の新刊。著者の作品を読むのは、『コンビニ・ララバイ 』以来の2作目である。

 予備知識なしに読み始めて、第一話『ゆらゆら橋』が小学5年生の少年の物語であり、しかも東京から赴任してきた美しい先生に憧れるというやや安直なストーリー展開であったため、いささかガッカリした。ところが、第二話『林檎色の血』では主人公・佐竹健司は中学生となり、第三話『錆びついた自転車』では高校3年生となって、    その時々の女性との恋が描かれてゆくので、どうやらこれは、その恋に託して、健司の半生が綴られてゆくらしいと気づいた。

 実際、第四話『空っぽの愛』は大学時代の短いけれど激しい性愛を描き、第五話『卒業』では社会人となって同じ会社の郁江と結婚するまでの顛末が述べられる。第六話『余分なめぐり逢い』と第七話『包帯に巻かれた疼き』は健司の浮気で、30代での前者は淡く、40代での後者は濃厚だ。そして最終第8話『戻り橋』では、52歳でリストラとなり途方に暮れて故郷に舞い戻る健司と、新幹線で出会ったA子との夢とも現実ともつかぬ物語だ。そして、第二話で結核で死んでしまった中学時代の加代子の記憶は、健司のその後の半生に、いつまでも消せぬ思い出となって残っていたのである。最後、加代子の記憶を振り払って、もう一度妻の郁江と向き合おうとするところに、わずかに救いは見えるのだけれど。

 正直に言えば、健司に魅力を感じないので、彼の恋愛にもうまく同調できなかったように思う。飛騨の山村で小中学校を終え、高山の高校から東京の大学へ進み、そのまま東京で一流とは言えない印刷会社に就職し、社内結婚をし、一女を育て、ローンを組んでマイホームを購入し、ローンが残った状態でリストラになってしまう。真面目が取り柄とはいえ、世に沢山いそうなこういう男を恋物語の主人公にするのは、やはり間違いではないだろうか? 52歳になるまでの女性体験がこれだけで全てというのであれば、それも寂しすぎる気がする。

 前半は飛騨が舞台で、わが岐阜市も話題として登場するので、そういう楽しみはあったけれど、それは作品の評価とは別のことだ。自分自身が恋愛小説を好まなくなっているということかも知れないが、この作品に関しては、好印象を受けたとは言い難いようである。

  2008年2月14日  読了