文春文庫11月の新刊。1979年10月に角川文庫に収録された作品の再文庫化であることは、前3作と同様である。
前3作は、「私」(阿佐田哲也=坊や哲)の視点で語られる一人称の作品であったが、このシリーズ4作目は、「私」も顔を出すけれど、どちらかと言えば、作者が天上から俯瞰してストーリーを展開してゆくという構造になっていて、登場人物が交互に描かれてゆく。坊や哲も若さを失い、博打では生きてゆけないことを悟りつつあって、唐辛子中毒で入院したのを機会に麻雀から足を洗い、いわゆる会社員になろうとしているので、ここでは脇役に徹しざるを得ないのだ。となると、白熱の勝負は坊や哲不在で繰広げられることになり、「私」の視点では描き切れないわけである。それが『番外編』と名づけられた所以ではないかと思われ、作者の苦労がしのばれるところである。
坊や哲は会社員となっていて、彼なりに勤務しているつもりなのだが、一般の勤め人とは持合せている常識が異なる。彼は九州へ出張し、その帰途、雀荘で一稼ぎする。そこで知り合った、親指以外は関節の先がない李億春という麻雀打ちが、本作の重要なキャラクターとなる。李はともかく強い打ち手と麻雀をするのが生きがいという男で、負ければ自分の体を切り刻まれても仕方がないと思っているのだ。彼は坊や哲との再戦を求めて東京へと向かう。
途中、李は大阪でイカサマがばれて、陳徳儀の手先とされてしまう。陳は大阪で人気のブウ麻雀を東京でも流行らせて、東京の雀荘を乗っ取る計画を立てていたのだ。彼等は暴力団とも組んで、東京の雀荘を荒らしにかかる。そして、彼等を迎え撃つのが、このシリーズではすっかりお馴染のドサ健なのである。坊や哲も参戦を打診されるが、彼にはもう全てを賭けた真剣勝負は無理なようだ。
Pという雀荘を巡って、陳、李、ドサ健、そしてPの常連である森サブが戦うシーンがこの作品のハイライトであろう。彼等は秘術を尽くして精一杯の麻雀を繰り広げ、息が詰まるような局面が連続する。牌活字が効果的に挿入され、臨場感を盛り上げるのもいつものことだ。隙のない、素晴らしい描写である。
しかし、麻雀の勝負とは別に、暴力団が絡めば一匹狼のドサ健に勝ち目はない。彼は袋叩きにされて夜行列車に放り込まれ、ようやく森サブに助けられて、そのまま都落ちである。一方の李も、勝負に徹して陳を裏切り、半死半生の目に遭う。最後、それでも懲りずに、坊や哲を誘ってドサ健を捜し当て、麻雀を続けるのが彼等の生き様だ。彼等は個人技を持ち、集団に頼らぬ、最後の麻雀打ちなのである。
前3作とはいささかテイストが違うように思うが、面白さは相変わらず健在であった。李のキャラクターが際立っているし、ドサ健の存在感もさすがである。ただ、坊や哲から無頼の面影が希薄になり、だからこそ彼は野垂れ死にすることなく作家として大成したのだろうけれど、このシリーズのヒーローの座を滑り落ちてしまったのが残念な気もする。
2007年11月20日 読了