和田萃 『飛鳥ー風土と歴史を歩くー』 (岩波新書) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2003年8月発行の岩波新書。古代史の舞台となった飛鳥の探訪案内を歴史学者が記したものである。

 古代史に興味を抱いて、黒岩重吾の小説を読み漁ったり、歴史書を開いたりするとともに、一人で奈良へ出かけて歩き回っていた時期がある。市内の「歴史の道」を辿ったり、山の辺の道や葛城古道を訪ねたり、二上山や吉野山に登ったりしていた。飛鳥を訪れたときは、自転車を借りて一日中動き回っていたことを思い出す。

 と言って、自分のことだから、体系的に見聞知識を深めるというわけにはゆかず、気の向くままの我流の読書であり散策でもあった。所詮はサラリーマンの暇つぶしの領域のことであって、断片的な記憶しか残っていないのだが、楽しかったのも本当だ。

 岩波新書でもかつては直木孝次郎『奈良―古代史への旅 』などを読んだが、昨今のブームに逆らって、この頃は書店の新書のコーナーを眺めることさえしていなかった。この本に気付いたのもほんの偶然であったが、久しぶりに古代史のロマンに浸りたくなって、つい購入してしまった次第である。

 飛鳥が歴史の重要な舞台であったのは、欽明朝から天武・持統朝までの間である。本書はその間を通史として概説しながら、関連の遺跡についても解説を加えてゆくというスタイルだ。前半では曽我氏の動向や推古天皇・聖徳太子にも言及し、後半では斉明朝から壬申の乱を経て天武朝へとの変遷が要領よく押さえられていて、自分としては古代史の復習をしているような懐かしい気分であった。一方で、飛鳥は見るべき場所が散在しているし、いまも発掘調査が進んでいて、不思議な遺構が次々と表れてきており、それらへの考察には流石に古代史学者らしい目配りがされているので、実に楽しく知的好奇心が充たされるのを感じる。例えば、自分の場合、酒船石遺跡は見てきたが、その近くの亀形石槽はその後の発掘なので見ておらず、これはどうしても再度飛鳥を訪問しなければならないという気持にさせられてしまう。そう言えば、今朝の新聞にも、高松塚古墳の解体の記事が出ていたことだし、飛鳥はいまタイムリーなのかも知れない。

 最後に飛鳥の保存についても述べられていて、貴重な提言がなされているようだ。最近の町村合併の波が飛鳥にも及ぼうとしているようだが、住民にとっても我々歴史愛好家にとっても良い形の保存を模索してほしいものだと思う。

  2007年4月28日  読了