白川道 『終着駅』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫2月の新刊。前回、この著者の『海は涸いていた 』を読んで、案外と良かったという覚えがあったので、この作品を手にした。最近の文庫新刊は文字が大きくなっているとは言え、650ページを超える堂々たる長編である。
 しかし、正直に言えば、長さを持て余す平板な内容で、退屈な作品であった。ヤクザの幹部・岡部武と、二回りも年の違う盲目の娘・青野かほるとの純愛を軸に、ヤクザ組織の抗争を絡ませて進行するが、その世界で30年近くを凌いできた男が、かつての恋人・真澄の面影を宿しているとは言え、一人の女によって心を洗われてゆくというのは、いささか白々しい感じがする。
 ヤクザと言っても、その昔の東映映画しか知らないが、もちろん高倉健の着流しスタイルではなく、『仁義なき戦い』の菅原文太のイメージで読んだ。ただ、あの映画はやたらドンパチが多かったのに対して、現代ヤクザはしたたかな計算のもとで動くようで、抗争が全面戦争になることはなく、頭脳戦の様相である。したがって、アクションシーンを期待すると、肩透かしを食うことになってしまう。冒頭、関東将星会の幹部・岡部が故郷を訪れ、幼馴染みで真澄の兄でもあり、妻子を失ったショックで弁護士を廃業した小野謙介に、あの事件で狙われていたのは実は小野自身であり、妻子は身代わりとなって死んだことを伝え、物語の後半で、その実行犯と小野や岡部が対決する場面を迎えるのだが、これもあっけないもので、絵空事に思えてしまう。
 岡部の純愛の相手であるかほるが両親を同時に失い、自身が失明したのも、関東将星会の末端が起こした爆弾事件の巻添えであった。岡部自身はそうした暴発を起こす構成員を唾棄しているのだが、しかし彼はその組織の幹部なのである。これは自己矛盾であって、彼も悩みつつかほるに惹かれてゆくというわけだが、いささか陳腐な設定ではないだろうか?
 最後、組織から足を洗う段取りがつき、かほるとの新しい生活が始まりそうな予感に包まれたところで、小野と痛めつけた若いチンピラに銃弾を浴びてしまうのも、ハッピーエンドで終らないための予定調和という感じである。瀕死の岡部が、治療を拒んで、父親の足跡を辿って苫小牧まで流れてゆくことも、唐突な印象であり、死に急ぐ理由がわからない。
 平易な文章で、スラスラと読めたが、登場人物に感情移入ができないため、感動のない読書であった。
  2007年2月16日 読了