文(フミ)は自分の思いを文にして書き、自分の心にあるものが
表現されているかを判断して、どのようにまとめていくかを判断しながら、
もう一度考え直して書いていき、自分の心をまとめていくことが
できるのが文になります
カタカムナの八方図にこの文という字を当てはめて考えると、
最初の短い線は、「ミ」の小さい丸を、漢字に直すと短い線になります
この短い線は、方向性を持っていることを表す「ヨ」の方から始まり、
「ミ」に留まっているので、方向性を以って喜びを生み続けることを
意味していることになります
次の線は「ヨ」から「フ」へ通る線です
この意味は、方向性を以って動きを生むことを意味していますが、
「フ」は、予期せぬこと、思わないことが起こるという想念があり、
陰と陽に自由な動きが現れる可能性があることを表しています
次の斜めの線は、「フ」から「ム」へ向かう線ですが、
意味は自由な動きから始まり、睦びへ向かうことが表されている線です
この線のなだらかさは、睦びへ向かう心はなだらかであることを表しています
次は「ヨ」から「ヤ」への線は同じようになだらかな心を表しており、
なだらかな心で方向性を持って、心を開き、心の安定へと向かうことを
表している線になります
文という字はこのような意味がありますが、斜めの線は中心を
通っていく線でありますが、中心を通るという意味は、
心を通すという意味になります
ただ文を書くのではなく、心を通した文であれば、最後の線のように
なだらかな心に向かうことになるという意味が、この文という字にあります
このような意味が、文という字をカタカムナから出した意味になります
そして、これが方向性をもった弥栄の喜びを生み続けることを目的とした、
文の書き方になると思います