難しいことばかり求めず基礎的なことを徹底する重要性 | 大学受験 英語勉強法 〜灘高&京大卒 塾講師からの指南〜

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中学受験に失敗…その後懸命に努力し高校受験で灘高に合格! 一時燃え尽き症候群で苦しむも再起し京大合格! 今ではその経験を活かし、塾・予備校講師として主に高校生・浪人生に英語を教える日々。そんな講師が具体的な大学受験の英語勉強法を提示する。

進学校にいて、そこそこできるが目標地点まで遠い子に限って「もっと難しいことをしたい」という願望になる子がいます。


そこで今回は『難しいことばかり求めず基礎的なことを徹底する重要性』について書いていこうと思います。

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●絶対的な基礎力の構築の重要性●
僕も世間で言う進学校に昔通っていたので、「難しいことをしたい」という願望って痛いほどよくわかります。


ただ残念ながら、その難しいことというのは『人を選ぶ』ということを忘れてはいけないと思います。


そういった進学校に行っているのであれば、難しいことをこなしていくポテンシャルは十分にあるのだと思います。


しかし、ポテンシャルがあるのと、現時点でそのような学力があるのは全くの別問題です。


もし現時点で、自分の志望とする大学の問題が8割以上解けてしまう。だからこそもっと難しいことをしたいというのであればわかります。


でもたいていの子は違うんですよね。


自分の力は5割くらいの点を確保できる学力だ。だから、これを8割にするために難しいことをしなければならないんだ、なんて思い込んでしまっている子が非常に多いです。


まさにこれが『人を選ぶ』ということです。


現時点でも8割以上解けてしまうだけの学力を持っているなら、『選ばれる側の人間』だと思います。


しかし、そうでない場合は『選ばれない側の人間だ』ということを認識しなければなりません。


いくら上位の大学を目指すからといって、すべてが難しいわけではありません。


むしろ『徹底的なまでの基礎力』というのが重要になってくる大学の方が多いと思います。


例えば、実際、かなりできる子でも前置詞のasの意味を「~のように」と書いて間違える子は山のようにいます。


接続詞のwhenに譲歩の意味があることを知らず、「~するとき」と書いて間違える子も山のようにいます。


これを『自分には基礎力が足りなかったんだな、もっと基本的な語句にも気を配るようにしとう』と思うのと、『単に知識が足りなかっただけで、これは簡単だ』と思うのとでは全く違うと思います。


でも、進学校に通い、目標も高い子が後者のように考え、基礎を甘く捉える子が非常に多い印象が強いのです。


正直僕も昔はそうでした。


こんなことすぐできるようになるさ、なんて高をくくっていました。


でもその驕りが自分を苦しめていくことも経験しました。


だからこそ、僕は嫌ほど基礎的なことを掘り下げて話していきます。


もちろん、本当に必要な難しい話なら、手は抜かず真っ正面からぶつかっていきます。


でも、講師をしながら思うんですよね。


勝敗を分けているのは難しいことではありません。『絶対的な基礎力を持っているかどうか』です。


ただ上に書いたように驕ってしまう子はまだ『基礎力とは何か』を認識してないだけかもしれません。


それも含めて、その子たちに伝えていければなと思います。


夏頃になってやっと、難しいことばかりにこだわっていたのでは無意味だ、ということに気付いたのでは遅いですから…。