ゼロサム・ゲーム | 月かげの虹

ゼロサム・ゲーム


医療や年金、介護など社会保障のあり方を議論する場合、人口減少をどこまで意識するかで主張は大きく異なってくる。

現行の社会保障の財源は、かなりの程度、現役世代からの所得移転によって成り立っている。この構造は、少子化が進み、財源の担い手が少なくなると機能しにくくなる。

これはよく考えると当たり前のことなのだが、ではどのようにすればよいかということになると、高齢者向けの社会保障給付を減らすしかないという話が出てくるので、なかなか良い改革案が出てこない。

社会保障改革は、すべての世代を同時にハッピーにせず、どこかにしわ寄せがくる、一種の「ゼロサム・ゲーム」である。

この「ゼロサム・ゲーム」的状況から抜けだそうとして、最近では少子化対策の重要性がさまざまなところで喧伝されている。

確かに、子どもの数が増えれば社会保障の財政的な問題はかなり解決する。財源を調達する層が再び厚みを増せば、高齢者向けの社会保障給付はこれまでの水準を維持できる。

政府は、一昔前までは子育て支援を「産めよ殖やせよ」的発想で議論することに消極的だったが、最近では出生率の回復を目指すというスタンスを明確に打ち出している。

そこまで人口減少に対する危機感が高まったということだろう。しかし、少子化という流れは、政策で簡単に反転できるものではない。

少子化の原因の多くは、結婚後ではなく、むしろ結婚前にあると考えられるからだ。実際、既婚カップルの出生力はそれほど落ちていない。

結婚後15年から19年経過した夫婦の平均的な子ども数を完結出生児数というが、その値は1970年代以降約2.2でほとんど変化していない。日本の男女は、結婚すれば平均で2人の子どもをしっかり産み育てているのである。

もちろん、最近では、夫婦が産み育てる子ども数に減少の兆しが見られる。厚生労働省の「出生動向基本調査」を見ても、結婚後しばらく経過した夫婦の子ども数に、緩やかながら減少傾向が認められる。

1人目の子どもは結婚後すぐに産んでも、2人目がなかなか産まれないという状況になりつつある。しかし、これは既婚カップルの出生力の低下というより、晩婚化の影響が大きい。

厚労省が今年3月に公表した「出生に関する統計」によると、女性の平均初婚年齢は、2004年で27.8歳、第1子を産む平均年齢は28.9歳に達している。

結婚しない若者が増え、結婚しても第1子を産む妻の年齢が30歳近くということになると、第2子を産もうと思っても体力的な問題が出てくるだろう。とにかく若者に早く結婚してもらわないと、出生率は回復できないということになる。

そう考えると、児童手当の対象年齢を引き上げたり、両立支援策を充実したりしても、あまり効果はないことが容易に予想される。それらは基本的に、既婚カップル向けの政策だからだ。

子育て支援の充実で、若者は果たして結婚を早めるだろうか。早めるかも知れないが、それほど期待できないものであろう。

以下略

小塩 隆士「人口減少時代の社会保障改革」
おしお たかし
1960年京都府生まれ。
東京大学教養学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)勤務等を経て、2005年4月より神戸大学大学院経済学研究科教授。

日医ニュース  
No.1072
2006.5.5