ロシア南部の工業都市ボルゴグラードは、独裁者スターリンが存命中にはスターリングラードと呼ばれていました。スターリンが死んで、彼の独裁に対する批判が大きくなる中で都市名も変更されました。

ところで、スターリンはロシア人ではなくグルジア人でした。いまロシアと仲の悪い、あのグルジアです。実は歴史上の独裁者には「外国人」が多いのです。ご存知でしたか?

スターリンがロシア人でないように、ヒトラーはドイツ人ではありません(オーストリア人)。そして彼らの心に「少数派としての屈辱感」が宿っていた可能性は否定できません。ナポレオンは純粋な意味ではフランス人ではなく、コルシカ人です。

*外国人(ヒトラーやナポレオンの場合は、言語的には同じ民族ですが)が王様や独裁者になって君臨するというのは、ヨーロッパではそれほど珍しくないとも言えます。国王陛下や皇帝陛下を外国から迎えたりするケースも多く見られ、ロシアのエカテリーナ女帝(エカチェリーナ2世)はドイツ語圏の出身、イングランド王のウィリアム3世はオランダ出身です。

*そもそも欧州の王家・皇室はみな縁続きで、欧州貴族たちもお互いに出身国などは気にしないコスモポリタンでした。そして貴族の共通語はフランス語だったのです。島国の日本とはかなり事情が異なるのです。

さてスターリングラードに戻ります。第二次世界大戦中、この地で戦われた「スターリングラード攻防戦」は、まさにナチス第三帝国の落日につながる大攻防戦でした。1942年秋から翌年初頭に亘ったスターリングラード戦では、ソ連軍・枢軸軍〔ドイツ軍・イタリア軍・ルーマニア軍〕の双方合わせて約 100万人前後の将兵が戦死したと考えられています。そしてドイツ第六軍は降伏しました。

この戦いの規模に比較すると、西部戦線での西側連合軍(米・英・カナダ)とドイツ軍との戦闘の“天王山”であった〈ノルマンディー半島~北西フランスの戦い〉でも双方の戦死者は約 50万人前後と考えられますから(計算の方法にもよる)、スターリングラード戦がいかに激しい戦いであったかが想像されます。

さてドイツ第三帝国は、ポーランド・ウクライナ・ロシアなどの穀倉地帯を手中にして自らの食糧基地とし、その地の住民たちを奴隷化することを目指して東方に戦線を拡大しました(ユダヤ系住民は抹殺)。

もとよりそんな目的の戦いでしたから、双方には相手への非情さが生み出されました。また、ゲルマン民族対スラブ民族の“決戦”という根深い民族意識があったことにもよるでしょう。アメリカ軍(または彼らの祖先)が有色人種や先住民との戦いで極めて残虐であるのと同じ理屈です(もとより“非キリスト教徒”の有色人種との戦いは、白人側では神の名の下にジェノサイドですら正当化されました)。

精鋭のドイツ第6軍がスターリングラード市を包囲し、全市を占領寸前まで攻め立てましたが、ボルガ河まであと数十メートルという塹壕でソ連軍は踏みとどまり抗戦を続け、いつの間にかドイツ軍と同盟国軍のほうがソ連軍の逆包囲のなかに取り残されました。

ドイツ人にとってはあまり信頼できない“ラテンの同胞たち”~すなわちイタリア軍やルーマニア軍が、戦い慣れたソ連軍にとっては「攻めやすい相手」だったことも事実のようです。

ヒトラーはドイツ軍兵士たちに降伏を禁じ、最後の一兵まで戦って死ぬことを命じました。スターリンもまた赤軍兵士に降伏は認めません。そういう極限状況で、市内に取り残されたドイツ軍の軍医〈クルト・ロイバー〉はクリスマスに合わせて、疲れて傷ついた兵士たちを勇気づけようと考え、押収したソ連軍の地図の裏に聖母子像を描きました。それが次の写真です。

ナチスの軍医が聖母子像を描くのもおかしな感じですが、実は狂信的なナチ党員も多くがキリスト教徒でした(場合によっては、それがユダヤ教徒を憎む理由にもなります)。この軍医は死を待つだけのドイツ軍兵士に三つの言葉を書き添えたようです。

それは『ヨハネ福音書』に因んだ言葉で、

  licht(光)、leben(命)、liebe(愛)

でした。この軍医は結局、生きて故郷には戻れなかったのですが、この聖母像はベルリン市内のカイザー・ヴィウルヘルム記念教会で観ることができるそうです。

いま日中関係が悪化するなかでも、お互いの民族の優秀性を誇示する若者たちが双方に生まれていますが、ナチス政権もまた、ワイマール体制の屈辱のなかで急速にドイツ国民(特に若者や労働者層)の支持を得て行きました。

ナチス政権は冷静にみると驚くほどしっかりした政権運営をしており、ドイツを経済破綻から救ったのも事実なのですが、その政権が「狂信的な人種主義イデオロギー」に立脚していたことも事実です。彼らは「日本人はサルと同じ」とも考えていました。

いつの時代にも、屈辱観が狂信的なイデオロギーに結びつきます。そしてまた、そのイデオロギーを最初に受け入れるのは社会的弱者なのです。


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