1/15<週末の対談>Char③ | わたしのすきなもの

 

FM COCOLO真島昌利が8月マンスリーゲストで毎週登場!近藤真彦「COME ON! ROCKIN' ROAD」

 

<週末の対談>部分の文字起し

誤字脱字、理解違い、カタカナ表記間違い

があるかもわかりませんが、お許しをm(__)m

 

 

 

DJ:近藤真彦

ナビゲーター:ちわきまゆみ

 

 

 

<週末の対談>​

MATCHY OF THE WEAKEND

 

ゲスト・Charさん 第3回目/全5回

第1回目

第2回目

クリック

 

Charさんってあれですよね

噂で・・聞くと割と裕福なお家に育ったって・・・いう

 

裕福というか、うちの母が医者なんだけれども

ちょうど俺が産まれた年に開業したって言うか、

それまで兄貴と親父とおふくろと・・

おふくろがまだインターンの時に親父のおふくろとおばあちゃん

親父に弟と妹で6畳1間に6人住んでたってとこから

開業して

そっからだから俺は まあ だんだん良くなってたんだけど

兄貴は凄い苦労して

弟はマイルーム・マイオーディオってみたいな・・

弟とオレ5歳違うんだうち 1950年55年60年

って昔のソ連みたいに5年計画に遣ってたみたいで

 

爆笑

 

ピッタリ5歳違うんで

一番そのー高度成長の時だから

如実に性格合わない・・兄貴と弟と

 

ほー

 

特に上と下10歳じゃない

俺真ん中だからだからどっちも見てるんだけども・・

例えば15歳と10歳と5歳じゃ遊べないじゃん

 

遊べないですねー

 

20 15 10じゃダメじゃん

 

65 60 55 ぐらいになったらば

酒飲めたりすんのかなー

と、思ったら‥もっとダメだってことが分かった

 

えーっ!!

 

もっと意固地になって、

「俺はあいつに会いたくねー」

「そんな事言うなよー」みたいな、俺、間だから

「そんなの直接言えよ」っていうと

「じゃ言っといて」って・・・

言っといてってお前ら兄弟なんだからって・・

 

全然10違うといつまでたってもダメなんですね

 

ひらくいっぽうに最近見えて来て

 

いやー凄いなー

 

こりゃ親は望んてないと思うんだけど、だからその幼少の時の

やっぱり凄ーい苦労時代と

 

お兄さんの…

 

兄貴にしてみれぱ・・・

俺と兄貴はずーっと同じ部屋だったから・・

で俺は、ずーっと兄貴のお古

なんでも・・ギターでもパンツでもソックスでも鞄でもデスクでも・・

でも弟は全部新品

だったから・・・

 

すごいですねー

 

てか自分の部屋があったから、弟は!?

 

あっそー

 

かなりそこに兄貴はムカついてた

 

(笑)

 

でも子10個違うやつにムカついても喧嘩にならないから

 

え、えー

 

お母さんを継ごうとは・・?

 

 

一応俺はそういうつもりで

 

目指したんですか?

 

中学3年、勉強したんだけど・・そのジミヘン観ちゃってウッドストックで・・

 

(笑)ちょっと・・ちょっと違いすぎますよねー

医者になるか?ロックやるか?

 

でもねーおふくろはもう亡くなりましたけども

なんかの時に

「チャーちゃんだけは心のお医者さんになったかなー」

って

 

えー、いい話じゃないですかー

 

女親ってそういうもんじゃないですか~

親父はもう軍隊入ってたような人ですから

いっつも反面教師で、敵でしたねー

なにやっても、髪伸ばしても、メイクしてても

貴様それでも男かーでしょ

 

あーなるほど

 

もぉーピアスしたのがバレた時はもう大変だったもん

 

なるほどねー

 

もう髪染めたら

「坊主してこーい」

大変な親父で

 

ちょっとこう色気を出して色っぽく歌なんか歌ってたらねー

 

だから親父ねー俺が40すぎぐらいの時にね

なんかのプロデューサーになったんだよね

審査員も含めて・・・アマチュアの

そん時にスポーツ新聞で

【プロデューサーになんとロックの巨匠チャーがプロデューサー器用】

親父見て笑ってたもん

「巨匠なんてお前みたいな奴の事言うんじゃないんだよー」って

 

えーっ

 

「映画監督の◯◯さんとか○○さんみたいな人が巨匠って言うんだよ。」

「笑っちゃうなー」って

本人は嬉しかったんだと思うけど、そういう風にしか言えなくてね

 

なるほど

 

で、それで  

やっとそうか・・やっとお前裏方になる気になったかーって言われた

 

えー

 

「おれは前から言おうと思ってたけど、いつまでもステージ立って

女の子にキャーキャー言われてチャラチャラしてんじゃなくて

そろそろお前のような年になったらねバッグでやる方がいいんじゃないか」っていう

 

ずーっと気にはされてたんですね

 

て、いうか、そういう商売が無かった

親父の時代にはエレキギターもないし

ロックもないからそこに進むっていうのに俺は高校の時に

隠れてあおい(あおい輝彦)さんのバックついてたりテレビ出てばれちゃったんだけど

そういう時もいつも親子げんかにになって・・・

 

で、そういう意味じゃ一番心配したのかも

おふくろは押してくれたけど

親父はそんな事一生男が飯を食っていくために・・

 

そうです

それはしんぱいですよねー

それはアイドルになった親も心配だし

まー例えば1年2年で

お金をね

稼いだとしてもその後・・・

後が長い訳ですよね

 

そのとおり

 

だから親は心配するんですねー

こういう仕事は・・

 

絶対仕事は心配すると思うよ

だからうちの息子には出来ればなって欲しくないから

何も教えて来なかったもん ギターとか・・

 

はぁそうですか・・

 

でもやっぱりティーンネイジャーになった時に

なんか聞こえて来てねー

俺の友達が来てんのかなーと思ったら

ガキがギター弾いてて

うれしいやら、かなしいやら

医者か弁護士になって欲しかったなぁみたいな・・

 

硬い仕事に就いて欲しかった、と

 

そうそうそう

 

親父の気持ちが今、わかった、と

 

お前大変だそー

こんなの・・・やってくのって

 

えー

でも、そっちの道

 

そうだね

 

親としてはもう、手、貸すとかは無い?

 

まー自分の力で何とかやっれってあるけども、

 

「ちょっとおとーちゃん、アメリカ行って勝負してくるわ」って言ったらどうします?

 

それはアイツ20代でやって、

 

やったんですか!?

 

メンバーがついて来れなかったみたいで‥

うちの子はアメリカ人なんで、インターだし出来るんだけれども

(インターナショナルスクールだから英語が出来るって事・・だと思う)

メンバーがホームシックになってダメだった

 

Charさん本人はアメリカのどちら行ったんですか?

 

いろんな・・・

最初ロンドンにいて・・

 

ロンドンにいて、

 

それから高校の時にロンドン全然わかんなくて

 

アメリカ行ったんですか?

 

アメリカ行ったらば、

アメリカで「ハーイ」ってスーパーの女の子が言ってくれて嬉しくて

 

で、アメリカではどういう活動してたんですか?

 

活動って言うか取りあえず

メンバー

探したいなーと

思って

で、ひとり友達が居たんで色んなバンドの奴らと会って

見に行ったりして

で、レコードデビューする・・レコードを作るっていうのをエサに

少しずつ決めて来て

色んなセッションをして

そうして、色んな奴と出会って、

まーデビューすることに・・・

それが丁度40年前・・

 

でもカッコよかったなー

Charさん後にこう、外人引き連れてねー・・・

もうあれはカッコよかったな~

 

やっぱりねー

最初は俺、日本の中学高校の時アマチュアでバンドやってたんだけども

初めてアメリカンスクールの奴らとか

会った時にカウントから違って、

何だこの違いは って

 

ほぉー

 

のがあって

なんていうんだろう

普段練習してんのとか、志っていうが場所が違って

なにしろ子どもの時から洋楽のギターソロだとか

ビートルズの曲も耳でコピーすることをずーっと繰り返してる

俺ら日本人は

どんだけ外人のバンドに近い演奏が出来るか?

一番近いやつが、一番うまいという・・

 

そうですねー

 

まーまーまー、物差しがあるとすればねー

そういうところで、俺は、先輩潰してきたわけよ

クラプトンのクロスロードって曲は

まー難しいソロがいっぱいあんだけど

中学3年間女とも付き合わないで、バスケットやってるか

クロスロードコピーするって1000日間だったわけよ

でねそれを出来てる先輩がいなくって

それだと道場荒らしじゃないですけども

「この子クラプトン出来るんだよー」みたいな・・

で、そういうところから

同じ年代のあとアメリカンスクールの人とか

もっとバンドとしてのグルーヴだとか

なんかオリジナリティーだとか

そういうとこ

クラプトンが弾けなくても「だからなんだっていうんだよ」みたいな

「俺はもっといい曲作れるよー」

だからそういう、こうなんかそこで高い鼻を折られたっていうか、

スタジオミュージシャンから始まってねー色んな事やってねー

下手すればおふくろには勝てなかったけど・・親父より給料良かったりして

念願の外国製の楽器も買えるようになって・・

よし、もうそろそろ金ためてロンドン行くぞ

アメリカ行くぞぐらいの時に調子扱いてる時に

“Three、Four”ってカウントからグルーヴが始まって

俺ら“ワン トゥー スリー、フォー”ジャーンってやってるのが

「Ready Three Four」もうそこで“わぁー↓”みたいな・・

 

うまいとか下手とかそういう問題じゃなくて

喧嘩してる場所が違うのバンドの中で

「お前ねこないだあそこの女に手出しただろ」そんな事ばっかり言ってんのに

こいつら音楽的な事で取っ組み合いやってて

「あのリズムの取り方が違う」とか

 

そのへんプロですね

 

既にねー

高校生だよむこうも

「おまえはスティービーとか何派だよ」

「黒人の音楽聴いてないからわかんないんだオレ」

ってやってるわけですよ

「俺はハードロックだから黒人の音楽は聴きたくねぇ―」とか・・

「お前とはやってらんネェー」って・・・

 

で、自分たちは

「お前、俺の女に手を出すな」

 

そうそうそう

 

 

 

カラオケCREAM    音譜CROSSROADS音譜

 

 

 

すいませんm(__)m

大変遅くなりました

結局、昨日のリピート放送にて

もう一度カセットに録音して

やりましたあせるあせるあせる

ちょっと急いだので

ちょっとだけ端折ったり、

意味の分からないところも

そのまま書いてます

後でわかったら訂正しますが

お許しくださいm(__)m

 

今回、

Charさんのお母さんのお話が出て来たんですが

私としてはマッチのことを

考えるとちょっと涙なみだが出ました

マッチのお母さまとってもいい方でしたよねー

なんか色々思い出しました