【小説】エンブリオ | 本を片手に街に出よう

【小説】エンブリオ

帚木 蓬生エンブリオ (上)帚木 蓬生エンブリオ (下)

 著者のハハキギホウセイっていうペンネームは源氏物語からとってきたらしい?不思議な語感。


○産婦人科版ブラック・ジャック

 主人公の岸川医師は九州の海沿いの田舎に最新の隠れ研究設備を持つサンビーチ病院を建てて院長をやりながら神をも恐れぬ研究に没頭する。

 受精後八週までの胎児を「エンブリオ」という。
 流産させたエンブリオの臓器を別の胎児に移植するのはもちろん、培養してストックしたり、脳をパーキンソン病の父親に移植するなどやりたい放題。
 極めつけは、男性を妊娠させる実験!しかもそれを海外の学会で発表。
 日本の権威がケチをつけるも、意に介さず。「エンブリオ」は法的には人ではない。
 権威が勝手に定めた「倫理」に従う気は全く無いのだ。

 このような暴挙を続ける岸川は、かたや患者からは「不妊治療最後の駆け込み寺」として慕われている。不妊治療に取り組んできた夫婦に子宝を授ける「救いの神」でもあるのだ。
 20年間、2千万以上もかけて不妊治療を続けてきたが子供が出来ない夫婦もいれば、いとも簡単に中絶を決断する若者もいる…そのような矛盾に淡々と立ち向かう岸川医師。


○人体ビジネス?

 そして恐ろしいことに、この本で描かれたことは既に現実問題になってきているみたいだ。


 文体が淡々としており説明的なのは著者の作風かも知れないが、こうした事態への問題提起を、小説というアプローチで行おうとしている意図が良く分かる。


○いきなりサスペンスへ

 学会で外国企業に目をつけられ始めてからは、徐々にサスペンス色が強まる。
 最後は往年の大映ドラマ並にバタバタと人が死んで、エンディング。
 前半が行き過ぎ医療の淡々とした羅列だっただけに、とってつけたように慌しい。

 でもこの無限ループ気味な終わり方は結構好き。

 うーん。誰が悪者で、誰が善人なんだ?
 命の尊さとは何なのか?

 作中にさほどサプライズはない。
 間一髪的なスリルも少ない。
 全てが淡々と進み、そして皆いなくなって日常に回帰していく。
 なかなか考えさせられるエンディングであった。