菊池幽芳:乳姉妹 前巻口絵:講演する幽芳の写真
菊池幽芳「乳姉妹」前巻に作者自身の前書きが載っていて、本作品は「バーサ・M・クレー(Bertha Clay)の小説を翻案」したものだと述べている。バーサの作品は当時の読み捨ての廉価叢書(cheap editions)の一冊、今でいうハーレクイン小説そのもので、19世紀末~20世紀初頭の混沌としていた英米出版界にあって筆名争奪(バーサ名義でいろんな人が書いている)、盗作、海賊出版なんでもありのシリーズだった。よってすでに現存しないものが多いらしい。こうした消費文庫の原著がどうしたわけかわが国に大量に輸入された。
ところが「乳姉妹」の原案になったバーサ(本名 Chalotte Mary Breme:1836~1884)の「Dora Thorne」は、十数年前に「谷間の姫百合(明21)」として(英外交官)末松謙澄によって邦訳されている。筋書きを読み比べると、幽芳は登場人物を整理して、君江房江の姉妹の視線ですっきり展開している。最近の研究では尾崎紅葉「金色夜叉」も、このバーサ女史の作品を翻案したらしく、黒岩涙香による同女史の翻案を並べると、わが国近代の大衆小説のルーツは意外な支流の合流を得たことになる。以上は堀啓子の論文『翻案としての戦略—菊池幽芳の「乳姉妹」をめぐって』に詳しい。ネットで読める。
乳姉妹上演広告
柳川春葉:浮き身 歌舞伎座公演(大7)雑誌 新演芸
徳富蘆花:不如帰 歌舞伎公演(大10)雑誌 新演芸
尾崎紅葉「金色夜叉」以降、当時勃興した新派劇は競って「家庭小説」を上演したが、ついには仁右衛門、雀右衛門といった旧派役者も乗り出し、なかでも歌右衛門が洋装で演じたことで人気が過熱していった。メディアミックス効果であることはいうまでもないですね。上掲の雑誌「新演藝」の写真版は大正中期以降のもので、すでに歌舞伎演目が定番化している感じです。