自分の中にある憎悪を考えた結果 | YOFACEα

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さっき、自分の中にある憎悪を書いてみたものの、やっぱりいろいろ考えました。




人間には自己決定権があるわけで、障害者であることを受け入れるか、受け入れないか、いいか、嫌かは、自分で決めることですよね。




YOHEIは嫌なわけだから、それはそれでいい。




でも「障害者は損だ」みたいな、とらえ方をしていくと、「世の中に障害者はいちゃいけない」という考えにつながる。




そう考えると、結局は自分も生きづらくなるわけですよね。




だから結局思うのは、一人ひとりが「障害者の世界の中で生きる」のか、「障害者という枠を飛び越えて健常者と、当たり前に付き合える環境」を作るのか、「『障害者』『健常者』という区別をやめて、『障害』ではなく『一つの個性』と思って、それとうまいこと付き合いながら過ごしていくのか」を自分にあった形で選べばいいし、逆に画一的な価値観の押しつけ合いをしてはいけないということ。




その点で、さっき書いた、私の考えは画一的すぎて、他の当事者の方への理解が欠けていたと思います。




本当にごめんなさい。




それと、職業センターは、行かない方向で調整します。




やっぱり、無理な選択肢を選ぶってことは、画一的な考えを自分で自分に押しつけてるということですからね。




ただ、もっともっと他の当事者の方を素直に受け入れられる自分になりたいです。




そのために、YOHEIはどうしたらいいのか、ぜひアドバイスをください。




よろしくお願いします。