最終章

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ブログ辞めたのに最終章ってのも変な話ですが
最後の記事なのでこのようなタイトルにしました。

創価と無縁となって、影響されることもなく
パソコンの前に座ることがめっきり減ったのですが
選挙が終ったので久しぶりに創価関連ブログを見てみました。

とある学会員覚醒ブログ?は相変わらず
管理人さんの過激な発言に誘導され安保法を戦争法と言って
打倒自民で一致団結していました。
中にお一人扇動される学会員、元学会員に対し
忠告されていた方がいたのですが
見事に無視されたあげく
管理人を左翼呼ばわりして呆れると
ちょっとした吊るし上げされ(いつものことだけど)
批判されてました。

コメントした方の言いたかったことは
依存の強い創価信者が池田の本性を何となく知って失望し
行き場がなくなって代わりとして
覚醒ブロク?なるものに依存している危険性
もっと現実をしっかり受け止めなければいけないのに
本質が何も変わってないという指摘でした。
なのに(簡単にいうと)私を左翼と呼ぶなんてけしからんという話に
すり替わっていて、相変わらずだな~
何も変わってないと思ったのでした。

どうして創価信者さんって
素直に現実とか相手の意見とか受け止めないのでしょう。
どうして自分の都合のいいように脳内変換するのか
自分と違う意見をどうしてそこまで攻撃するのか
本当に理解に苦しみます。

某覚醒?ブログは安倍政権を叩き、幼稚な理想主義者を持ち上げていますが、東京は半年間だけで約8万人以上も人口が急増しているそうです。
仕事の関係か?選挙がらみか?または、何らかの意志を持った背景か?
平和を盾に聞かされる自衛隊・米軍を不要などと信じてしまいますと、戦争が起きた時に一番に被害を受けるのは自分たちやペットであること良く想定したほうが良いと思います。
誰が「本当に」「実際に」日本人を守ってくれるのか?
誰が、非難されながらも、助けようとしてくれているのか?
これを自分自身で冷静に判断しましょう。自己責任・全体責任となります。

(引用ここまで)

安保法は戦争法といい、安倍政権は戦争しようとしていると某信者・元信者さんたちは言う。
自民党がどこと戦争したがっているのでしょう。
で、安倍批判している人達がが日本を護ってくれるのですか?
それなら某カルトの妄想と同じだと思うのです。
つき最近まで破門されたお寺(宗門)の呪詛してたと思いきや今度は打倒安倍政権。
ずいぶん、無責任ですよね。

多くの学会員は貧困、病気、家庭不和で入会しています。
身寄りがいない孤独な人も多く
野党的に言うと彼らは「弱者」でしょう。
弱者救済のための宗教と思っている学会員は多いです。
学会活動すれば福運という功徳がもらえる。
自分は救われる。
不安の強い信者は池田から離れる事ができません。
でも池田が不在になって避難所がなくなった信者は
別な避難所を探さないといけません。
それが創価関連ブログになるのでしょう。

私は依存の強い父と母と不毛で長い戦いをしていたので
人は自立しないといけないんだということを
何となく学んでいました。
自分が親になったことで、自分も両親と同じで
依存が強いことに気づき愕然としました。
苦しみ悩みながら解決していったのですが
両親はそれを拒否する生き方を選んだのです。
依存してるほうが楽ですから。

人はみな、苦しくても前向きに生きていかないといけないんだなぁ~って、自分の経験を元に感じています。
でもその挑戦は苦しくて辛いものです。
学会活動で免除になるならそちらを選ぶでしょう。
でも現実は楽して自立をすることなどないのです。

先日、「嫌われる勇気」と「幸せになる勇気」を読みました。
読むの少し遅い感もあったけど
この本にも自立のことが嫌と言うほど書かれていました。
アドラーの教えの本なんですが
とても良かったです。
仏教の教えと似ていると思いました。

自立とは「自己中心性からの脱却」とこの本には書かれています。
この本によると(私の解釈ですが)
創価信者が周りに迷惑をかけてまでも活動するのは
いかにすれば他者から注目を集め
いかにすれば「世界の中心」に立てるかを模索する
どこまでも自己中心的なライフスタイル・・・ということになります。

これが彼らが愛されるためにとったライフスタイルで
なぜこのライフスタイルを採用したかというと
子ども時代の生存戦略に根ざした「いかにすれば愛されるか」が基準になっているとのこと。
だから創価信者が学会に騙されたとか洗脳されたというのは嘘で、計算された選択だったのです。

私も人生は選択の連続で、どういう生き方をするのかが問題だと思っていました。
自分の幸せのためには他人を踏み台にする人もいるけど
それもその人が採用したライフスタイルなのです。
洗脳とか騙されたとかは自分を守るためのいい訳です。

父も母も今世で自立することはありませんでした。
自分でそれを拒否したライフスタイルを選択したからです。
母には来世同じこと繰り返さないようアドバイスを言いました。
伝わったかどうか知らないけど、私の生き方知って
世の中みんな頑張って生きてることわかったようです。

子ども時代の生存戦略が大人になって採用される。
創価信者には親の愛情飢餓が強い人が多いと感じていましたが
やっぱり子ども時代の生存体験が基盤になるんだと
改めて思ったのでした。
そこから脱却するには現実を受け止めるしかありません。
自分の願望を反映させてはいけないのです。
これは結構難しいことだと思います。

安保法を戦争法という過激な言葉を使う。
創価も破門したお寺(宗門)を極悪と言った。
どちらもインパクトのある過激な表現。
その言葉を使うことで周囲から注目集める。

「嫌われる勇気」
「幸せになる勇気」という本は
その人の嘘を暴きますね。
その人のライフスタイルが自己中心的なのかどうか。
わかっちゃう。

そんな自己中心的なライフスタイルを応援する人も世の中たくさんいます。
それは子ども時代のつらい生存体験からくる生存戦略ということ。
愛を貰う人ではなく、与える人になること。
それが自立ということ。
私もそれを目標に前進できるよう努力していこうと思います。
お読み下さってありがとうございます。
皆様も、愛を与えられる人になれるよう・・・
そんなライフスタイルを選ばれること、信じています。
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