聊斎志異10 話の69 「狐妻と幽鬼妻(蓮香と恵昌)」


桑(そう)という男はひとり寂しく暮らしており、近所の者から


「ひとりでいて、狐や幽霊が怖くないのか。」と、からかわれていました。


ある夜、戸口から突然美人が舞い込んできました。


「わたしは蓮香(れんこう)と申します。近くの家の妓女ですの。」  


桑はびっくりしながらも、彼女の身の上話を聞いているうちに、いい仲に


なりました。 


そして、ある夜今度はもっと若い娘が、音もなくスーと入って来ました。 


とても上品で可憐です。


「わたしは李氏の娘で、恵昌(けいしょう)と申します。あなたのお人柄を


 お慕(した)い申しておりましたの。」


これは一体どういうことかな、と思いつつ、娘の手を握ると、まるで氷の


ように冷たいのです。 


この娘と話しているうちに、こちらもいい仲になりました。


恵昌は、片方の履(くつ)を桑に渡し、会いたい場合はこれを弄ると、


すぐにやって来ますと言って、すうと音もなく帰りました。


それからは、蓮香と恵昌が交互にやってくるのですが、桑は慣れない女性


ふたりと応対するためか、げっそりと痩せてしまいました。



ある夜、蓮香と恵昌は、鉢合わせしたのですが、恵昌をチラッと見た蓮香は、


「あの妖艶さは狐に違いありません。狐と接しているので、あなたは痩せて


 しまったのです。」と、言う。


また、恵昌を見た蓮香は、


「あの冷たい顔立ちは幽鬼ですよ。そばにいるだけであなたは健康を害し


 ますよ。」と、言う。


どちらも相手のせいにするのですが、桑はそうこうしている内に重体におちいり、


寝床に臥してしまいました。


すると、蓮香が懐の薬袋から丸薬(がんやく)を取り出して、桑に飲まそうと


しますが、うまくいきません。


それを見ていた恵昌が丸薬を口に含んで口移しをすると、するっと桑の腹の


なかに収まり、元気を取り戻しました。


このことがあって以来、蓮香と恵昌は仲良く桑の家に来るようになりました。



ところが、数日後、恵昌の様子がおかしいのです。 


桑に会っても、憂鬱な感じで黙っていましたが、ぷっつりと来なくなりました。


その頃、張という家の娘・燕児(えんじ)が急死したのですが、急に蘇生して、


こう言うのです。


「わたしは李氏の娘・恵昌です。桑さんに預けた履を返してください。」


何を言うのかと思いながらも、張の家の者が桑の所へいって、履をもらい


燕児に履かせたところ全然合いません。


そうしたら、燕児は鏡を見て悟りました


・・・自分(恵昌)が他人(燕児)の体を借りて蘇生したことに。


彼女は履を握りしめて泣き叫んで、とうとう寝付きました。 


食事も取らずにいること7日間。


すると肌が腫れあがり、全身の皮膚が剥けてきたら、なんと元の恵昌に生まれ


替わったのです。


彼女によると、「幽鬼である自分の体は屍だということが穢らわしくて、墓に


 帰らずさまよっていたら、ちょうど張家のところで若い娘が寝ていたので、


 近づいてみたら、その娘の体に入ってしまったわけなのです。」


後日、桑と恵昌は婚姻しましたが子供は生まれず、蓮香の方に子が生まれ


ましたが、産後急な病で亡くなりました。 


その死体は狐の姿に戻っていたのでした。   



異史氏曰く

   ああ、死せる身で生きんことを求め、生ける身で一方は死なんことを求める。


   天下に得難いものは、人身ではなかろうか?


   しかるに、その人身を備えながら、往々にしてこれをないがしろにし、ついには、


   狐にも劣るほど恥ずかしく生き、幽霊にも劣るほど跡形もとどめず亡んで死ぬ


   に至るとは、そもそも何たることか。



この男が何でこんなにもてるのか、異(ふしぎ)ですね。