あけましておめでとうございます!
甥っ子・姪っ子4人(すべて小学生と保育園児)の怒涛の襲撃に会い、
討ち死に状態で初詣や飲み会に行き、ようやく復活してきました。
子供と遊ぶとものすごいエネルギー取られますよね。わかってるんだけどやっちゃうんだよなあ。
今年は雪のあるお正月だったので、屋根から落ちた雪が積もってるのを使ってウン十年ぶりにかまくらを子供と一緒に作ったり、追いかけっこしたりすべって遊んだりで…(ハイ、実家はかなりの田舎です(^_^;)
おばちゃんマジ死にやわ…状態ですよ。笑
まあそんなことは置いておいて、これまでのことをもう少し書いてみたいなと思います。
オットが2008年3月まで在籍していたオーストラリアの大学、
オットにとっては、あまり居心地のいい所ではなかったようでした。
と言うのも、オットは研究職オンリーで、講義なんかは基本持たない大学勤務なんですが、
所属していた部署は、オットの研究分野とはそもそも違うジャンルだったんですね。
オットの分野は、まあ数学者なんですが、どちらかと言うとアカデミックすぎて
現実的に何かに役立てるとか、そういうことはない分野。(^_^;)
所属してたのはコンピュータ・サイエンスで、
オットからわからないなりに聞いた話を私が無理やりたとえて言うなら、
皆が聞くポピュラー音楽の編曲をするとき、オーケストラの編曲は難しいからクラシック専門の
作曲家に頼む、みたいな(無理やりな例えだなあ…)そういう立ち位置だったみたいなんですね。
だからいろいろ不満もたまってたみたいだし、それで人間関係もイマイチで、
最終的に契約を更新してもらえないことになっちゃったんですが、
「そんな自分のしたくないことする部署に、定年までいなくでもよかったんだよ!!」
と必死でなぐさめてはみたものの、オーストラリアを出なければいけないことは
二人にとってはほんとに悲しくて、サルデーニャにいる二年間はほとんどオーストラリアの話をしませんでした。
それでも私はどこかで思っていました。
今までの私のパターンとしては、「あの時あの道を選んでいれば…」と思うことがあっても、
最終的にそれが一番自分にとってよかった、と思えることが人生のそこかしこであったこと。
不本意だと思っていた選択肢が、実は自分にとってのベストチョイスだった。みたいな。
今回もきっとそれなんだ、いえ、そうであってほしい…というすがるような気持ちでいたんだと思います。
オーストラリアを出るまで、次の大学、それも定年までいられる所(パーマネント・ポジション)
を探しても見つからなかったオットに、「とりあえずのつなぎで、うちに二年間なら呼んであげられるよ?」と言ってくれたのがイタリア人のフランチェスコ。
彼はオットの論文とかを読んで「この人と自分が組めばすごくいい仕事が出来る」と思って呼んでくれたんだそうな。
そしてそれは本当で、どちらかというとアイディアはすごく豊富なのに、それをしっかりまとめることが下手くそなオット(^_^;)に対して、フランチェスコはイタリア人とは思えない計画性というか、几帳面さで、オットのアイディアを具体的な形にしてくれる。
二人でいつも「フランチェスコは絶対間違えてイタリア人になったけど、ほんとは日本人だよね!」なんてこっそり冗談で言ってたくらい。
まるで坂本龍馬と中岡慎太郎のような、笑 1+1が4にも5にも、いえ10にもなってしまうような楽しい仕事を続けて、二人で学会にもインバイテッド・スピーカーで呼んでもらえるくらいにいい仕事が出来た二年間だったのです。
このサルデーニャでの二年間がなければ、メルボルンの大学も絶対に通らなかったことでしょう。
そして、今度はオットの分野そのままの部署で、オットは大満足、
私にしても、前にいた街(キャンベラ)は自然がいっぱいで大好きだったけれど、これから仕事をなんとかやって行こうとするにはメルボルンの方がかなり有利なわけで…
すべて、以前よりベストな形での結果がもたらされたことになったのです。
いやー、ほとんどすがるような気持ちで、自分のジンクスを信じていたけど、ここまでとは…
オットの方にもジンクスがあります。
オットのガーディアンエンジェルはどうやら、ものすごくいたずら好きらしく、
最終的にうまくいく事ほど、最後の最後までトラブル続きだったり、
主に時間的なものだけど、ギリギリセーフ!みたいなすべりこみになることが多い。
今回のメルボルンの大学の申し込みは、締め切りがちょうど旅行の日程の途中で、
もちろん旅行前に書類を出したんだけど、それも旅立つ2日前くらい。(^_^;)
案の定旅先でメールチェックすると、「こことこことここがよくわからない、不備だから、直して再提出して!」という大学事務室(って言うのか?)からのメールが。
だから2日前でも危ないって言ったでしょ!!
しかし、必死で書類を直しては送り、メールで再度の連絡を受け取りながら旅行を続けていたオットの姿。
これわ、ジンクス発動…?( ゚ ▽ ゚ ;)
クル?クル~~????!!! と思っていたのは私だけではないはず。笑
二人ともその時は口に出さなかったけど。
そんな、いろんな摩訶不思議な奇跡が起きた、去年の終わりでした。人生って不思議だね。
おわり。
甥っ子・姪っ子4人(すべて小学生と保育園児)の怒涛の襲撃に会い、
討ち死に状態で初詣や飲み会に行き、ようやく復活してきました。
子供と遊ぶとものすごいエネルギー取られますよね。わかってるんだけどやっちゃうんだよなあ。
今年は雪のあるお正月だったので、屋根から落ちた雪が積もってるのを使ってウン十年ぶりにかまくらを子供と一緒に作ったり、追いかけっこしたりすべって遊んだりで…(ハイ、実家はかなりの田舎です(^_^;)
おばちゃんマジ死にやわ…状態ですよ。笑
まあそんなことは置いておいて、これまでのことをもう少し書いてみたいなと思います。
オットが2008年3月まで在籍していたオーストラリアの大学、
オットにとっては、あまり居心地のいい所ではなかったようでした。
と言うのも、オットは研究職オンリーで、講義なんかは基本持たない大学勤務なんですが、
所属していた部署は、オットの研究分野とはそもそも違うジャンルだったんですね。
オットの分野は、まあ数学者なんですが、どちらかと言うとアカデミックすぎて
現実的に何かに役立てるとか、そういうことはない分野。(^_^;)
所属してたのはコンピュータ・サイエンスで、
オットからわからないなりに聞いた話を私が無理やりたとえて言うなら、
皆が聞くポピュラー音楽の編曲をするとき、オーケストラの編曲は難しいからクラシック専門の
作曲家に頼む、みたいな(無理やりな例えだなあ…)そういう立ち位置だったみたいなんですね。
だからいろいろ不満もたまってたみたいだし、それで人間関係もイマイチで、
最終的に契約を更新してもらえないことになっちゃったんですが、
「そんな自分のしたくないことする部署に、定年までいなくでもよかったんだよ!!」
と必死でなぐさめてはみたものの、オーストラリアを出なければいけないことは
二人にとってはほんとに悲しくて、サルデーニャにいる二年間はほとんどオーストラリアの話をしませんでした。
それでも私はどこかで思っていました。
今までの私のパターンとしては、「あの時あの道を選んでいれば…」と思うことがあっても、
最終的にそれが一番自分にとってよかった、と思えることが人生のそこかしこであったこと。
不本意だと思っていた選択肢が、実は自分にとってのベストチョイスだった。みたいな。
今回もきっとそれなんだ、いえ、そうであってほしい…というすがるような気持ちでいたんだと思います。
オーストラリアを出るまで、次の大学、それも定年までいられる所(パーマネント・ポジション)
を探しても見つからなかったオットに、「とりあえずのつなぎで、うちに二年間なら呼んであげられるよ?」と言ってくれたのがイタリア人のフランチェスコ。
彼はオットの論文とかを読んで「この人と自分が組めばすごくいい仕事が出来る」と思って呼んでくれたんだそうな。
そしてそれは本当で、どちらかというとアイディアはすごく豊富なのに、それをしっかりまとめることが下手くそなオット(^_^;)に対して、フランチェスコはイタリア人とは思えない計画性というか、几帳面さで、オットのアイディアを具体的な形にしてくれる。
二人でいつも「フランチェスコは絶対間違えてイタリア人になったけど、ほんとは日本人だよね!」なんてこっそり冗談で言ってたくらい。
まるで坂本龍馬と中岡慎太郎のような、笑 1+1が4にも5にも、いえ10にもなってしまうような楽しい仕事を続けて、二人で学会にもインバイテッド・スピーカーで呼んでもらえるくらいにいい仕事が出来た二年間だったのです。
このサルデーニャでの二年間がなければ、メルボルンの大学も絶対に通らなかったことでしょう。
そして、今度はオットの分野そのままの部署で、オットは大満足、
私にしても、前にいた街(キャンベラ)は自然がいっぱいで大好きだったけれど、これから仕事をなんとかやって行こうとするにはメルボルンの方がかなり有利なわけで…
すべて、以前よりベストな形での結果がもたらされたことになったのです。
いやー、ほとんどすがるような気持ちで、自分のジンクスを信じていたけど、ここまでとは…
オットの方にもジンクスがあります。
オットのガーディアンエンジェルはどうやら、ものすごくいたずら好きらしく、
最終的にうまくいく事ほど、最後の最後までトラブル続きだったり、
主に時間的なものだけど、ギリギリセーフ!みたいなすべりこみになることが多い。
今回のメルボルンの大学の申し込みは、締め切りがちょうど旅行の日程の途中で、
もちろん旅行前に書類を出したんだけど、それも旅立つ2日前くらい。(^_^;)
案の定旅先でメールチェックすると、「こことこことここがよくわからない、不備だから、直して再提出して!」という大学事務室(って言うのか?)からのメールが。
だから2日前でも危ないって言ったでしょ!!
しかし、必死で書類を直しては送り、メールで再度の連絡を受け取りながら旅行を続けていたオットの姿。
これわ、ジンクス発動…?( ゚ ▽ ゚ ;)
クル?クル~~????!!! と思っていたのは私だけではないはず。笑
二人ともその時は口に出さなかったけど。
そんな、いろんな摩訶不思議な奇跡が起きた、去年の終わりでした。人生って不思議だね。
おわり。