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実は1月末から数日間、地下空港のスタッフ仲間と東北に行ってきました。
陸前高田でボランティアをして、その後車で気仙沼、南三陸町、石巻、松島、
そして福島県の相馬市から福島市まで、車で移動しつつ、みてきました。
写真をたくさん撮ったのですが、どれくらいウェブに出すべきなのか、少し考え中です。
たくさん感じたことがあり、それを少し書いておきます。
まず感じたことは、この大震災の規模について。
未曾有の大災害であることはもちろん知っていたのですが、
やはりその風景の中を歩いて、移動して、ボランティア作業で瓦礫を拾い集めてみて、
自分の感覚は「点」の集合になりがちであったな、と思いました。
メディアやネットの情報で知る震災は、一つ一つの物事。
しかし、震災という巨大な事象は、3Dに広がる、広大な風景であり、
その中に包まれる自分の小ささを殊更に感じました。
そして、すでに震災から9ヶ月経った東北の山々や海は、思いのほかとっても美しかった。
恐ろしく猛り狂った海が、澄んだブルーにたゆたう姿に、言葉が出ませんでした。
ちょうど、地域によって復興へと歩み出そうという時期を迎えつつある季節だと思いますが、
この地を愛する気持ち、絶対に故郷を復興するぞ、という気持ちを持つのも当然だな、
と思いました。
さらに、思ったこと。日常の風景は、良くも悪くも人間が作ってきたもの。
陸前高田市の海岸で、ガレキを拾い集める作業をしましたが、
いろいろ考えました。流れ着いているのは建物の一部とか、
電柱とか、ケーブルとか、もちろんどなたかの持ち物などもたくさんあった。
そして大量のビニール類、発泡スチロール類も。
それらはすべて、長い時間をかけて形成された日常風景の中に
あったもの。大波はそういう日常を打ち砕いて、冬の晴れた海岸に返しに来る。
そのガレキたちは無惨で、悲しく、そして醜かった。
美しい浜辺や風景は、人間が年月をかけて作ったもので、
自然はあっというまにそれを破壊したけれど、
私たちはまた長い時間をかけて、人の手で、この風景をきれいにしなければ、と思いました。
カモメや魚たちは、この事態をどう受け止めているのか。そう思うと、
もっともっとたくさんの人の手が必要だ、と思いました。
そして、女川原発の側を通り、福島の相馬市~福島市へも赴きました。
そして震災と原発は別の問題であることを、肌で感じました。
震災や津波とはまったく異質の苦しみを抱えた地域があり、この苦しみを私たちは
直視し続けてゆくべきだと感じます。
去年、僕は『土くれのお話』という一人芝居と、『増殖島のスキャンダル』という劇を
創りました。これは震災と原発についてどうしても創らざるを得ないと感じて描いたものですが、
その中で書いた言葉、歌が、実際の風景の中でその位置を見つけてゆく、そういう旅でした。
そのうちの一つ、『増殖島』で歌った歌ですが、歌詞を載っけておこう。
「我が故郷」
作詞:伊藤靖朗 作曲:権頭真由
解けゆく雪の眠りしは 想い連なる我が故郷
嘆きし者の涙をば 胸に抱かん我が土よ
春は花咲き 夏には遊び 秋に恵みを 冬に雪
こはとこしえに変わらぬ恋 いずれ帰らん わが土よ
雪化粧した山々が静かに私たちを包み込んで、車窓を流れていきました。
ぜひまた歌いたいです。
感じたこと、また書きます。今日はここまで。
や