グレースケアのとんち介護教室

時代の先端にして崖っぷち、ケアのトレンドを脱力レビュー。


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八神さんのお通夜、十余人でしめやかに行われる。お坊さんが4人、うち一人は小僧さんながら、詠々と声変わり前の高いオクターブで読経。和尚と小僧2人のみで節を合わせてのハーモニーも10分。思わず夜中まで続く2人の熱っぽい練習を軽く嫉妬しながら覗く兄弟子の姿が思い浮かぶ。○○菩薩、△△菩薩、××菩薩と数十のお名前を並べたて、どうか極楽浄土へお導きたもれ~、という趣旨。

その間、参列者の間に焼香台がまわり、お経の山場ごとに小僧さんの指示で合掌を繰り返す。まあ普通のお通夜なのだが、どこか居心地の悪さ、違和感をぬぐえない、なぜかというと-

八神さんは、クリスチャンでした…。

ホームにも、たまにクリスチャン仲間(本人は兄弟姉妹と呼ぶ)が来て、笑顔で談笑していった。お通夜の席に、例のブラザーたちの笑顔がない(笑顔はなくても良いがブラザーたちもいない)。ご本人、信仰心は篤い方だったのに、最期は和尚と坊主に送られてしまうとは(しかも少しアヤシイ感じの)。確かにキリスト教でもややマニアックなタイプだったようで、家族間で信仰の違いもあったことだろう。それにしても、本人天国に召されるつもりが、最期の最期で極楽浄土に行かされる。油断できない。

いつもゆったりとしたワンピースに身を包まれ、体を揺すって歩いていた八神さん。お通夜の間中、私は祈っていた、棺桶のフタを開けて「Oh,Happy Day!」と立ち上がってくれることを。合掌。

福祉・介護blogで予約する天国

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 食道がんでもって1年ほど、残りをせめてグループホームのような環境で楽しく過ごしていただきたい…。ケアマネジャーから八神さん(仮名・84歳)を頼み込まれたのがちょうど昨年の6月。経済的負担を考えて躊躇するご家族をケアマネ「早ければ3・4ヶ月のことだから」と説得。入居前までは特養のショートステイと病院と自宅の間を行ったりきたり、自宅がどんどん短くなるなかで、ぎりぎりターミナルケアを見通した選択だった。

 グループホームがターミナルまで担うのかどうか、意見は分かれる。ただ、本人らしさを尊重し、病院でも自宅でもない「在宅」死の試みは広がっている。医師や看護師が常駐しているわけでもなく、介護保険の訪問看護も使えない、週1回の訪問診療だけ、という条件では、最期まで充分にできるか心許ない。八神さんも、食事が減る・嘔吐するなどの変調があればすぐ病院で受け入れ態勢をとるとの約束と、家族にホームでできる生活支援とできない医療対応について理解いただいた上での入居。

 ずっと食欲もあり、家事もでき(座ってやるもの)、車イスで買物や散歩にも行けていた。いつも妹や娘の名を出して会いたいよ~と繰り返しているお婆さんにも、根気よくつきあったり喧嘩したり。モダンなお父さんのつくった唄を披露してくれたり。がんなんてウッカリ忘れていた

 それが今年の6月頃より、徐々に食欲が落ち、微熱も続き、活気が薄れ、7月からは嘔吐も繰り返されるようになり…。主治医と相談しつつ、今月17日に入院、今後の治療の方針を決める検査を予定し数週間で戻る可能性もあったはずが。

 23日容態が急に悪くなったと家族から。お見舞いに行くと、言葉かけにはうなづいたり首を振ったりされるものの、意識は半ば朦朧とされている。腕に点滴と、鼻からは酸素、痰がからむ喉に吸引。そしてオムツ。ホームを出るときはお喋りもでき、食事も少しばかりはとり、トイレも行けていたのに、、、

 そして、今日の午後、息を引き取られました。

 自分はもっと淡々と、職業的に受け入れられると思っていたのに、すごく悲しかった。在宅ヘルパーのときに何人かの臨終に会ったし、老健でも病院に移って亡くなった人は少なくなかった。でも今回ほどこたえたことはない。

 医師からは「身体はボロボロなのによくここまでもった、ホームの生活が合っていたのでは? 1年前に入院していればもっと早かったでしょう」とのお話。確かに、今回入院して検査のため食事をとらずに点滴にかわり、ベッド上での生活になって、ホームでは他の人と暮らす手前、気張っていたものが、プツリと切れたのかもしれない。

病院は責められないし、ホームでの生活の継続はやっぱり近いうちに無理になっていたと思う。もともと想像できたことだけど、それが急だったので、悲しくて悔しくて残念で、でも苦しむ期間が少なくてギリギリまでホームで楽しく暮らせたからよかった、とも思いたいが、よくわからない。やっぱり悲しい。

ホームの関わりだと、半ば身内のようになってしまう。少人数ゆえ一人いなくなると喪失感も大きい。そして力を引き出すとか、自立支援とかいっているけど、やっぱり、なだらかな下り坂は避けがたい(時に急坂やガケ)。自分の道もだけど。だから、いつも『俺たちに明日はない』心がけ、今日やりたいこと自分が力を出せることをやっておきたい。

グループホームでは亡くなられたときを退居日とする。八神さんはどちらへ退居でしょうか―、冥福を祈ります。


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50歳の広告代理店営業部長が、若年性アルツハイマーに罹ったら…。人の名前や打ち合わせの時間、取引先の場所、記憶がポロポロと落ちていき、仕事に支障が生まれる。資料管理課にとばされ、やがて退職。

毎日魚に玄米茶の食事療法、さらにあやしげなブレスレットにまで頼り進行を遅らそうと必死な妻。やがて、妻をわからなくなる夫。亡くなったわけでも、遠くに行ったわけでもない、手を伸ばせば側に息づいて存在しているのに、記憶を失うことによる大事な人との別れ。ラストの悲しみとそれでも共に生きていこうという決意。印象に残る。

小説『明日の記憶』は、まだ認知症の進行の入口で終わる。これから、主人公いわく「カットアウトではなくフェードアウト」していく長い長い過程がある。在宅が限界になり、夫婦・家族の葛藤を経て、施設や病院に舞台はシフトするのだろう。いままで自分も施設で50代後半からの若い認知症の方を数名ケアしてきた。ただ、すでに進行しており、身体は元気でよく動かれるが、コミュニケーションや見当識の障害は著しかった印象がある。

面会の家族も若い。正直、家族に対してはずいぶん不躾だったのではないか。介護職にとって、大事なのは今・目の前の「認知症高齢者」になりがち、フツーの会社員や主婦が発症した延長という視点はわかっているようで、わかっていないことが多い。

『恍惚の人』は介護者からみた認知症高齢者の大変な面を強調した小説だったが、『明日の記憶』は認知症の当事者からみた戸惑いや不安、そしてあきらめや受け容れを描いた物語。葛藤の末「まあ、しかたない」と主人公はいう。ちょうどNHK教育TVで取り上げた若年性アルツハイマーの男性も最後に「しょうがない」と一言漏らしていた。この穏やかな境地に行きつ戻りつ。人により家族関係により、もっともっと大騒ぎにはなるに違いない。

 ネット上の書評には「本当につらくて怖いと思います」「記憶がなくなる恐怖、リアルに感じる一冊」「恐怖の物語でした」(そして映画化は「トリック」や「ケイゾク」などで知られる堤幸彦監督)。でも、この恐怖という感情はちょっと違う気がする。アルツハイマーの方がいつも恐怖に怯えているとは思わない。むしろ穏やかに暮らせることも多い。よい介護さえ受けられれば、一つの病気として記憶障害だけがことさらに怖がられる理由はない。

とまれ、『明日の記憶』が恐怖の物語になるのかどうかは、その続編を担う介護職次第ということだろう。

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「認知症」、いま介護福祉に携わるほとんどの人は、「痴呆」に替えて認知症を使っている。グループホームに文書が届いたのは昨年末頃だったから、それ以降半年ほどで急速に広がり、もうすっかり馴染んでいる。恐ろしい。確かに「痴呆」という表現は字面をみてもあんまりで、家族会のいう「ぼけ」の方がまだしもだった。「精神薄弱」とか「知恵遅れ」も「知的障害者」に正式に替わったのは、6年前。よく考えるとこの語もよくわからず、知的健常者というのがいたらかえって怪しいが、これも差別意識を薄め、客観的な用語という印象をもたす効果はあった(さらに正しくは「障碍者」「障がい者」)。

 「認知症」の決定過程は、厚労省と一部学者の出来レースだったといわれるが、一応昨秋、厚労省は「痴呆」に替わる用語に関する意見募集、を行っている。私もどこかでアンケートをもらい、適当に答えた記憶がある。以下、その報告http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/11/s1119-8a.html から。


「痴呆」に替わる用語に関する意見募集結果

総数6,333件。はじめに応募者の男女比率や年齢、地域などがまとめられている(20代も多いのは、学生の動員?)。 そのあと、「痴呆」という言葉に「不快感や軽蔑した感じを伴う」かどうか聞き、特に感じない人も結構いることが分かる(4割前後)。そしてメインレース、「認知症」「認知障害」「記憶障害」「アルツハイマー症」等のなかから本命を投票。

結果、1着は「認知障害」1,118票)、2馬身差で「認知症」(913票)。ところがこれでは決まらず、「認知障害」はすでに他の概念を表す用語として使われている等の横槍が自由意見の名目で入る。逆に「認知症」支持のコメントも強調され、なし崩しに「認知症」の逆転勝利!(え~?)

そもそも代替用語の用件として、分かりやすい、概念について混乱させないことのほか、「不快感や侮蔑感を感じさせたり、気持ちを暗くさせたりしないこと」とある。これをさらに、「気持ちを明るくさせるもの」という基準で選べば、自由意見として挙がっているもののなかにキラリと光るものがある。

例えば時空自在症候群。超能力者か。回帰症里心症恍惚症などはまだ重いが、逆にタイムトラベラーは飛びすぎ。ことばのアイデアでは知ほう症知豊症のほか、知恵薄れというのも唸らせる。

かわいいところではわすれんぼ症うっかり症とぼけ症。うっかり症対応型共同生活介護、アルツハイマー型とぼけ症、悪くない…。なにより、意見のすべてをちゃんと整理して記録に残す厚労官僚に脱帽。そういう手堅い仕事振り、将来認知症になりやすいよ。とまれ、ぼちぼち行きま症

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 三好春樹さんの講演会に参加。数年前、研修の仕事でご縁があり、ひところ施設ツアーや読書会に参加したり、ときどき講演を聴きに行っている。

 テーマは「グループホーム虐待致死事件」を考える~あれは自分ではなかったか~」。タイトルは重いが、久しぶりに大笑いしたセミナーだった。夜は人を狂わせる寝ないボケはいかん、キレイごとではない申し送りなど…。高口光子さん、下村恵美子さんとも、キツイお年寄りとのガチンコ勝負を披瀝し笑い飛ばす面白さ。

 「絶え間ないナースコール、3回に1回だけ出る」「78kgの巨漢の介助を避け、できるだけ離れた居室にひそむ」「夜間30回ものトイレ、重たい布団をいっしょにかぶり這い出しにくくする」。夜勤の、夜明け前の、不穏で夜通し寝ない人がいるときの、爆発しそうなつらさ。同じ同じ、やっぱりつらいんだーと安心する。そう、延々トイレ介助のつづく、あの感覚、自分が他人の尿意や便意にふりまわされるだけの存在になる、あの何とも言えないキツさ。

「専門職として」「プロの倫理で」「仕事だから」と迫るのは簡単だが、そのために介護職を追い込み無理させて急にキレたり燃え尽きたりするよりは、相手に入り込み過ぎない、介護する/介護されるの関係を降りるワザが肝心、と三好さん。いわく虐待事件も今日はダメだとあきらめて、ほったらかしにできれば避けられた。

叩かれたら叩く・噛まれたら噛む・ツバを吐かれたら吐き返すなど、喧嘩のできるくらいの関係、生き物と生き物という関係まで「下に」降りる、あるいはふと気をそらす(子どもが泣いてグズっていても「ほら飛行機」と見せると泣きやむような)同じものを眺める関係に「横に」降りるなど、介護する/介護されるの関係にひそむ権力を自覚し、意識して降りられること。

介護のサービス化は、むしろ、介護サービスを提供する側/自己負担を払いサービスを受ける側という関係をよりハッキリさせようとする。倫理やマニュアルが介護職をしばり、お客様と闘ったりほったらかすなんてもっての外、と思われている。確かに、介護者の方が容易に強い立場になるので、対等に振舞うことが即、相手を傷つけることにつながる。それは充分に注意した上で、でも、本気で関わろうと思ったら、介護する/介護されるの関係を超えた(あるいは降りた)関係、本人にとっても自分らしさ(ただの「介護を受ける人」ではないその人自身)を発揮でき肯定される場面をつくっていくことが、必要ではないだろうか。特に「介護を受ける人」役割など微塵ももたないパワフルな方々を相手にするときには。

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 永井さん(仮名・82歳)、日中は家事も厭わない働きもの。夜は2時過ぎから起き出し、眠れない。①タンスを開け洋服や下着を広げ、呼びに来る。「これは誰の服なの」「永井さんのですよ」「あたしのじゃないわよ、誰かが勝手に入れたのよ」「でも名前が書いてありますよホラ」「嫌だ、誰かがあたしの名前を書いているわ!」 だんだん怒りがエスカレート。「とにかくあたし、こんな趣味の悪いのはもってないから、あんた片付けて!」うっ。仕様がないので適当にまとめて預かることにする。

そのあとは不安。②着替えて出てくる。「着る服が全然ないの。あなた知らない? 誰かに盗られたみたい」ううっ。ここでさっきいらないと言ったので云々と伝えても当然逆ギレ。「じゃあいっしょに探しましょう…」と、探すフリをしながら、預かった服をしまったり出したり。「これ違います?タンスの上にありました!」「あ~あ~ありがとう!」「よかったよかった!まだ夜ですからお休みなさい!」そして10分とたたないうちに①「これは誰の服なの(怒)うううっ、以下朝まで②①②①②①②…繰り返し。

 本人は忘れているのだから、そのつど怒ったり説明したりしないで、初めてのように対応するのが認知症のケアの基本。それでもどこかでうまくかわせないか? 他の人の居室に介助に行き、暗い中スタッフを待ってたたずむ永井さんを遠めに去るのを待つ、という手は初級。何度も着替えを出したり片付けたり、寝巻きや服を着替えては出てくる。そこであきれ半分、笑顔で一言「永井さん、またお色直しですか?」。これは本人に大ウケ、その晩の繰り返しは終わり。

本人の意向を尊重して納得されるまで延々とつき合ったり、常にうなずきながら感情を「受容」してみせるのもワザだが、正直、限度がある。どこかで気をそらしたり、こだわりの連鎖をたちきる芸が必要。同じ芸が毎回通用するわけでもなく、スタッフによっても仕えるネタが異なる。お願い神様! 永井さんにはどんな対応がハマるでしょうか? 教えて下さい!


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帰宅願望」、ヘンなことば。施設などで帰りたいと繰り返し、玄関付近に貼り付いている方々を指し「帰宅願望」が強くて困るなどと使う。いまだに「問題行動」の一つとして言われることもあるが、実際は安全な外出を本人に許さないケアや環境の側こそが問題。


ここはやせ我慢して「在宅復帰のために強い意欲がある」とポジティブにとらえるのが今の介護のトレンド。家に帰りたい気持ちは至極当然なものだがら、なくなったら困る。ただし、「家に帰りたい」という言葉のウラに「今のホームに居場所がない」とか「自分が安心できる場所に行きたい」「とりあえずヒマ」「隣のじいさんがうるさい」「スタッフのヒイキが気に入らない」「うんこが出ないので苦しい」などの理由があるのであれば、そちらを何とかすることも大事である。


ホームでは塚田さん(仮名・89歳)。膝の痛みで時々歩けなくなり車イスを頼るが、夜勤時スタッフが隠れているとスタスタ歩く曲者。朝夕顔をしかめて玄関に座っている。やがて四国の実家に帰るといってゆっくり歩き出す。「まず羽田まで電車で行って飛行機ですよ、娘さんに迎えに来てもらいましょう」と、お約束の声かけは無駄。歩いて帰るつもりだ。


即座に他のスタッフの動きとタイミングを図り、3つの方法から選ぶ。①口八丁でごまかしフロアに戻る(「帽子かぶってオシャレしてから」「帰る前に塚田さんにどうしてもお願いが」など)、②買物や散歩など他の入居者を誘って出かける(1対1で出ると残りがつらいので)、③とりあえずそのまま本人に出てもらい尾行する


③はリスクも低くない。つかず離れず後をつける。塚田さんは右手に杖をつきながら、左手は柵や杭を頼りに歩いている。細い道、後ろから車が来れば、自分が車道に張り出して安全を確保。途中、ふらついたりすると胸がドキドキ、ああ植え込みのレンガに腰を降ろそうとしているが座り損ねて転倒しないか!と50cmまで近づいて手を差し出しつつ見守り。このスリル。無事座ったところで慌てて身を隠す。


尾行していると、時間がゆっくりで街の観察ができる。3歳くらいの女の子が側溝を覗き込んで、やがてお母さんと手をつないで歩いていく。子どもはいつか自分から親の手を離れていく。それが再び誰かと手をつないで歩くようになる、そのタイミングは本当に、難しい。


そろそろ、歩行が怪しくなってきた。次の角まで行ったら「あれ?塚田さんこんにちは!お出かけでした?」と声をかけよう…。

吉田拓郎 家へ帰ろう
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介護予防の実態はまだなかなか怪しく、面白い分野だ。私もつい「フリフリグッパー体操」や、「ワンミニッツ・エクセサイズ」などの講習をのぞいてみるのだが、ランニングシャツの胸に鈴をつけ、胸筋をモキモキさせて鈴をチリンチリン鳴らしてみせる講師がいたりして、よくわからない世界である。

いま続々と資格や研修プログラムがつくられている。


介護予防運動指導員(財)東京都老人総合研究所・謹製 

主任指導員の養成を先に行い、主任は民間の指定講座で講師を務め早く広める寸法。目標7000人。公的な装いと仕かけの上手さで一番人気。「皇居半蔵門・大學眼鏡研究所」みたいな安心感。30時間中3分の1程度が筋力向上トレーニング。

http://www.fukushizaidan.jp/user/htm/02zigyo_6_1103.htm#sitei


健康運動指導士健康運動実践指導者(財)健康・体力づくり事業財団

こちらは厚生労働大臣認定。1988年に始まり、登録者が1万人。(NPO)健康運動指導士会まである。そもそもは生活習慣病予防のための運動と健康づくりがメインだから、法令の根拠があるがために、厚労省としては逆にいまの介護予防の文脈におきにくいのではないだろうか。

http://www.health-net.or.jp/undoshidosha/menu01/menu01_1.html


要介護予防運動指導者(財)日本スポーツクラブ協会 

文部科学省の認可団体。総合型地域スポーツクラブを推進し、生涯スポーツ社会の実現をめざす。介護予防ではなく「要介護予防」といっているところに文科省の正しい日本語へのこだわりを感じさせる。運動指導者は、スペシャリスト・コーディネーター・中高老年期運動指導士3種類

http://www.jsca21.or.jp/


健康管理士一般指導員NPO)日本成人病予防協会・(財)生涯学習開発財団

現在約2万人が登録。介護予防というよりは予防医学。健康の知識の普及と生活習慣病の予防を課題としている。各地に健康管理士会などもある。民間企業の研修ではなく、大学・短大に受験対策講座を設けて登録者増を図る戦略。

http://www.japa.org/kyoukai/kanrishi.html#01


その他、転倒予防運動指導士NPO)日本転倒予防運動指導協会、シルバーリハビリ体操指導士茨城県、健康生活コーディネーター千葉県、介護予防運動管理士低栄養(栄養改善)予防管理士福祉人材支援機構、介護予防ヘルパーいろいろ、などなど。


介護予防の国家資格はつくられないなかで、色めき立つ各団体。どれも厚労省ズバリのお墨付きはない。管理とか指導が多いのも気になる。自立支援なのに。お財布と相談しながら話のタネに受けてみると面白いと思う。なるべく関心に合い、数年後にも生き残っていそうな資格。介護予防自体が取りやめになっていたら別だが…。


受講料が惜しいのなら、自分で1人のおばあさんと徹底的に関わって不穏が落ち着くなどの結果を出し、生活リハビリ援助士とか、生活介助ソムリエ、認定ケアスペシャリスト、自立ライフセラピスト、スマイル技術検定合格など、勝手につくったオシャレっぽい資格を自分に出したらよいのではないだろうか。今なら履歴書に書いてもバレにくい。

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