反新自由主義・反グローバリズム コテヤン基地

反新自由主義・反グローバリズムの立場に立って政治経済のネタ帳&男の料理(記事後半)を書いていきます。
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書くネタが無いときは読書に限る

 ブログを毎日更新し続けて1年半ほどが経過しました。日数にすると500日以上、記事本数で言えばおそらく550本くらい?

 このブログのスタイルは、結論の出ているもの、例えば財政出動が必要だとかそういったことに関しては断定的に訴えますが、例えば民主主義、左右の思想、そういった「中々ややこしいもの」に関しては論考を断片的に披露する、という感じになっています。

 

 さて、しかし私は文筆家でもなければ学者でもない一般庶民ですので、さすがに「ね、ネタがない・・・どうしよう・・・」となることは大いにあるのです(笑)

 そんなときは読書!という訳でして、先日、佐伯啓思氏の「反・民主主義論」というなんとも「過激に思えるタイトル」の本を購入し読んでみました。

 

 文体は非常に柔らかく、分かりやすいと思います。文体って不思議なもので、藤井聡氏の文体はどこか武士のような感じがしたり、中野剛志氏の文体は非常に鋭利な感じがしたりと、人によって変わります。

 思うに佐伯啓思氏は御歳68歳、酸いも甘いも噛み分けてきた、柔らかい文体になるのかもしれないなぁ・・・などと思ったり。

目次を見ていこう

 先日、ほんのレビューを書くためにブックスタンドを買いました(笑)超便利!さて、目次。

  1. 日本を滅ぼす「異形の民主主義」(「憲法と戦争」への疑問/「平和」という憲法の欺瞞/「国を守る」とは何か/戦後日本の”陥穽(カンセイ)”/アメリカに従属してきた日本)
  2. 「実体なき空気」に支配される日本(マスメディアと政界の「空気商売」/「9条平和主義者」はエゴイストである/「決められない」政治と「決めた」首相/戦後日本で置きた「下克上」)
  3. 「戦後70年・安倍談話」の真意と「戦後レジーム」(安倍談話という「くせもの」/安倍談話の本当の恐ろしさ/「侵略戦争」とアメリカ歴史館の囚人「日本」/70年前の日本人は何を考えていたか/日本の宿命があった時代)
  4. 摩訶不思議な日本国憲法(「憲法を守れ」とはどういうことか/憲法にみる「法的手品」/根本に何があるのか/「神」も「思想」もない日本人の憲法とは)
  5. 「民主主義」の誕生と歴史を知る(「デモクラシー」は民主主義にあらず/「平等と自由」で排除される人/誕生の発端は”人違いの殺人”/民主主義を育んだ「戦争」と「植民地」)
  6. グローバル文明が生み出す野蛮な無差別テロ(アラブの言い分とは/「表現の自由」より優先される「信仰」原理/西洋近代「文明」とイスラム「文化」の衝突/正義への「驕り」が「野蛮」を生み出す)
  7. 少数賢者の「民本主義」と愚民の「デモクラシー」(「人間可謬説」から出てくる三つの案件/デモは毒にもクスリにもならない/「民主主義」という語を避けた吉野作造/少数賢者と「品の悪い権力闘争」)
  8. 民主主義政治に抗える「文学」(福田恆存「一匹と九十九匹と」を読む/知識人ほどインチキなものはない/「個」を抹殺する「民主主義の罠」/抗えるのは内なる「文学」だけ)
  9. エマニュエル・トッドは何を炙り出したのか(『シャリルとは誰か?』の要点/「ソンビ・カトリシズム」とは何か?/共和国の精神とフランス革命/「知」を失った民主主義)
  10. トランプ現象は民主主義そのもの(なぜ「非常識」が支持されるのか/大統領選は野蛮で騒々しい見世物/崩壊へのパラドックス/民主主義を恐れた建国者たち)

 1章の「陥穽」のふりがなは、私の付け足しです。

10章の一番最後を見てみよう

 10章「トランプ現象は民主主義そのもの」の最後、「民主主義を恐れた建国者たち」の最後の文章こそが、佐伯啓思氏の「危惧」を率直に表現されていると思います。その文章を引用しましょう。アメリカのデモクラシーを記したトクヴィルからの考察です。

 (トクヴィルは)民主主義は平等への強い情念を呼び覚ます。しかし、この期待はいずれ失望へと変わる。こうしたことは特に下層のもののたえざる不満を生み出し、この平等を求める永遠の運動はひっきりなしに社会を動揺させる、と。そして、自由な経済によって利益を得る者たちは決して公共精神をもたないだろう。そうした私的利益の集合が多数を集めて支配するだろう、と。そして実際に、アメリカでは最上の人物が政治や公職につくのを見たことはない、というのです。民主主義がある限界を超えると、政治家の質はどんどん低下する、と彼はいう。

 トクヴィルがむしろアメリカ民主主義の最上の部分と見たのは、地方の小規模な町(タウンシップ)のようなコミュニティにおける市民による自由な自治でしたが、そこでは、共和主義的な精神と宗教的・道徳的な価値がごく自然に人々の習俗のなかに根を下していたからでした。共有する価値があり、そのもとで人々は公共的活動に意義を見出せたからです。こういう習俗こそがかろうじて民主主義を支えてきたことをわれわれはもっと考えてみるべきでしょう。一方で、自由な経済競争やIT革命やグローバル金融などによって共和主義的精神も宗教的精神も道徳的習慣も打ち壊しながら、民主主義をうまく機能させるなどという虫のよい話はありえないのです。

 目次に戻りますと、1章は「日本を滅ぼす『異形の民主主義』」であり、この「異形の民主主義」とはすなわち「グローバリズムの中で完全に劣化した民主主義」というわけです。

 強烈なのが本書の帯には「民主主義を信じるほど、不幸になっていく。」と書かれておりまして、すなわち観念として「民主主義は絶対善だ」などという発想に囚われていてはいけない、と警鈴を鳴らすのが本書の狙いであろうと思います。

 本書の定義する民主主義とは何か?8章「民主主義政治に抗える『文学』」の「福田恆存『一匹と九十九匹と』を読む」より引用。

 ところが、政治に関わる「大説」の方は、決して決着はつきません。2015年の集団的自衛権議論にせよ、憲法改正の是非をめぐる論争にせよ、日本の防衛をめぐる議論にせよ、容易には決着はつきません。誰が見ても論理明快な正解などというものはないからです。だから双方が、ただただ相手を批判して自説を唱えるほかない。すると、どうしても声が大きくなる。世論もまた大声を発したほうへなびく。九十九匹などというあつかましいことはいわずとも、五十一匹を味方につければよい。人類普遍の宗教を説いたキリスト教は最後の一匹まで救わなければならなかったでしょうが、民主政治とは便利なもので、五十一匹を救ってやるといえば、それでよいのです。「民主主義を守れ」とはそういうことなのです。五十一匹をめぐる数の争奪戦への参戦なのです。

 そして前後しますがここで7章の『「民主主義」という語を避けた吉野作造』から民本主義が出てくるわけです。

 デモクラシーとはそもそも「民主制」であり民主主義ではありません。封建制、専制君主制などと同じ「政治の一形態」にすぎないのです。理想や理念ではなく、そもそも論として政治形態を表すのがデモクラシーなのですが、そこに「主義」とつけてしまったことで混乱が生まれ、イデオロギーとして左翼(というか日本人)はあたかも「これが理想なのだ!」としているわけです。

 しかし実体的には近代、現代に入ってから”民主主義”というイデオロギーは数の争奪戦と成り下がっているわけです。

 

 では民本主義とは何か?端的に言いますと「民を豊かにする」というイデオロギーといえます。これは専制君主制だろうが封建制だろうか、政治体制がどうであれ通用するイデオロギーかもしれません。経世済民と一緒ですね。

 

 しかしここで佐伯啓思氏に、1つの反論も私はあるのです。現在、藤井聡氏、佐藤健志氏共著の「炎上」日本のメカニズムという本も読んでおります。

 日本やアメリカに蔓延る「ポピュ”ラ”リズム(人気主義)」ですが、これは炎上をうまく使った手法であろうと思います。しかし、この「炎上」という現象は実は古今東西どこにでも観察できるものであり、現代の病理というわけではありません。中世の魔女狩りもその一例といえるでしょう。

 

 たしかに現代日本の民主主義は病理に満ちているとしかいいようがありません。しかしそれでも「表現の自由」「人権」といった近代的概念、いわば理想主義的概念によって守られている部分も少なからずあるのではなかろうか?と思います。

 

 ただ1つお断りしておきたいのは、佐伯啓思氏がこの本をお書きになったのは「民主制、民主主義の負の側面に光を当てる」という意図があったように思えます。おそらく上記のような反論も想定は十二分にされていることと思われまして、むしろこのような議論を促進させるために書いたのではないだろうか?とすら思えます。

レビューを書くにあたって

 5章「民主主義の誕生と歴史を知る」にて最後に痛烈な文章があります。「少なくともこれぐらいのことは知った上で、われわれは民主主義について論じるべきなのではないでしょうか。」、と。

 まったくもって同意でであり、保守思想を知らずに保守を語り、愛国心の定義すらできずに「アイコクシン!」と声高に叫ぶ右翼や自称保守やネトウヨ、そして民主主義の構造や歴史をしらずに「ミンシュシュギを守れ!」と叫ぶ左翼。

 もはや声高になにかを叫ぶことが”目的化”しているわけで、中身のない叫びを続けるというのはいわば「狂人」でしょう。

 と、このような考察のヒントを様々与えてくれる本書に、感謝の念をこめつつレビューを書いてみました。

 

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本日の男の料理 冬瓜の煮物

 そろそろ冬瓜も安くなってきて旬になってきたようです。冬瓜の煮物はアツアツでも良いんですけれども、冷やして食べても旨い。ぜひとも暑い夏にどうぞ!

 画像は先日作ったもの。本日は冷やして食べましたよっと。以下がその時のメニューの画像。

素麺、冬瓜の煮物、だし巻き、鰹のたたきでした~。素麺のつゆはもちろん自家製、わかめと生姜とミョウガを入れております。鰹のたたきも当然自家製。ポン酢も自家製(汗)

材料

  • 冬瓜
  • 鶏ミンチ
  • オクラ
  • 三度豆
  • 椎茸
  • 鰹節
  • 薄口醤油
  • 日本酒
  • みりん

調理手順

  1. 冬瓜は皮を剥いて種を取って、一口大の大きめにカット。オクラは手間を惜しまないなら塩で表面のうぶ毛を取って下さい。三度豆、椎茸も適当にカット。
  2. 鍋に湯を沸かしてふつふつとなってきたら鰹節を入れてすぐに火を消し、3~5分置きましてキッチンペーパーとザルで濾して鰹出汁を取ります。
  3. 冬瓜を鍋に見れてひたひたに鰹出汁をはって火にかけます。沸騰してきたら鶏ミンチをほぐしながら入れてアクを取り、塩、薄口醤油、日本酒とみりん少々で味を整え、落し蓋をして10分程度火が通るまで煮ます。
  4. 最後にオクラ、三度豆、椎茸を入れて1分ほど落し蓋をして煮たら出来上がり!

 オクラは表面を塩でこすってうぶ毛を取るのですが、面倒くさければやらなくてOK(笑)今回はやってません。自分用ですし(笑)

 冬瓜の皮の剥き方、ワタのとり方は色々ありますが「ヘタを厚めにカット」「まるまるなら横に2頭分、縦に4等分」「皮を縦に立てて剥く」「4等分のものをさらに縦に2頭分してからワタを包丁の刃で取り除く」が早くて楽だと思います。

 

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