中国安徽省合肥からの研修生に日本語を教えてたり、一緒に働く通訳を見ていてつくづく思うのは、外国語ができる。というのは、ただたんに、
「誰かが使った(使っている)言葉をそのまま使うこと」
だと思います。
外国語が話せるようになるとか読めるようになるとか、通訳や翻訳をしようとする人は、どうしても「学ぼう」と思うようです。
合肥からの研修生もそうです。
日本語を五十音から学び、それを必死に覚え、単語を覚え、表現を覚える。
まるで試験のための勉強のように。
これでは楽しくないでしょう。
外国語が使えるようなる。
それはとてもシンプルなことだと思うのです。
頭の善し悪しではなく、ただただ「誰かが話したり、書いたりしたものをそのまま使うこと」だけです。
大人になってから学ぶのですから、より効果的にマスターするために文法を踏まえた学習方法もあるでしょうが、それでも基本は「外国語を使っている人が実際に使っている表現」です。
誰からが使った表現を一つでも多く自分が使えるようになること。
そのためには自分が使いたい表現からマスターしていくこと。
そのためにはIQが必要なのではないと思うのです。
せっかくの人生。
より豊かにするために、より楽しむために外国語を使えるように稽古する。
ただそれだけだと思います。
今朝のスーパームーン。
生きとし生けるものが幸せでありますように!