集中力をつけると明鏡止水?

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外国語の学習方法、それも日本語が母語の人がどうすればより効果的に自分の思うような力をつけることができるかを考えていますが、最近思うことですが、一言に学習方法と言っても、

 

1.基礎力。

2.技術。

 

二つに分けて考えた方がいいように思います。

 

2.技術については教える側も色々とテクニック的なことを研究もするでしょうし、学ぶ方も、色んな学習方法を試したりするでしょうが、1.基礎力については忘れがちになるようで、そのために思うような学習効果が出ていないように思います。

 

1.基礎力の内容は「心構え」「目的を明確にする」ことです。

 

「心構え」については藤平信一さんの「心を静める (幻冬舎文庫)」やマインドフルネスで集中力を高めることができると思いますが、速聴でも集中力が身につき頭の回転が良くなるのかもしれません。

 

少し長いのですが、

 

聴覚刺激で頭の回転が驚くほど速くなる【速聴】|きこ書房|株式会社エス・エス・アイ

〈第2章〉聴覚刺激が脳力を向上させる

3. 速聴®の世界に一歩踏み込めば、未知の自分の脳力と出合うことができる

 脳をアルファ支配にしたとき、潜在脳力が顕在化する
 

以前、禅宗のあるお坊さんからこんな話を聞いたことがある。
そのお坊さんは、仏門に入る際、修行のため数年、山の中の道場に入ったという。

当然ながら、道場の日課の中心は座禅である。

彼は、毎日何時間も、壁に向かって座禅を組み続けた。

それは、一〇時間を超すことも珍しくなく、なかなか大変なものだったという。
もちろん彼は、道場に入り座禅三昧の日を送る中で “悟り” を得ようとしていたわけである。

しかし、意に反して彼は、修行の間これと自覚できる形で悟りを得ることはできなかったそうだ。

失意のうちに山を降りた彼は、父の跡を継いで自分が生まれた寺の住職になった。

 

父親の人徳もあり、彼の寺には檀家の人たちが、さまざまな相談事を持ち込んでくる。

父親が不在の場合、彼が相談相手になるのだが、そうしたことを続けるうちに、あることに気づくようになった。その「あること」とは、「相談を持ちかけてくる相手の心の中が、まるで手にとるかのごとくにわかる」というものだった。
もっとも、最初からそれを自覚していたわけではない。

初めのうちは、「あなたはその問題について、こう考え、こうしたいと思っているのではないですか」という自分の問いかけが相手の意図するところと同じであっても、単なる偶然ぐらいに思っていたという。
しかし、その “偶然” が度重なるうちに、「どうしてなのか?」と疑問を抱くようになったという。彼は、原因を考え続けた。そしてあるとき、一つのことに思いあたったのである。

 

「私は道場で座禅を組むとき、常に「自分は “無” になるんだ」という心構えで取り組んできました。初めのうちは、俗世間のさまざまな雑念が頭の中に浮かんできて、なかなか思うようにはいきませんでした。
しかし、一年、二年と座禅を続けていくうちに、ふと、座禅をしている時間の長さがまったく気にならない自分の姿に気がつくようになったのです。

つまり、その間私の頭の中は、まったく空っぽになっていたわけです。
『これが “無” になるということなのか』
私は、あとでこう思いました。

もっとも『これが “無” か』などと思ったら、もはや“無” ではない、という複雑なところがありますが、それはともかく、悩める人たちの話に耳を傾けるうちに、それが甦ってきたのです。
檀家の人たちの悩みを聴くとき、私の心は自然に “無” の状態になっていたのです。

言葉を換えるなら、私の心は、あたかも一点の曇りもない鏡のようになり、相手の言葉の奥底にあるものをそこに映し出していたのでしょう。それで私は、相手の考えていることが、手にとるようによくわかったのだと思います。
私は、修行時代『これ』とわかる形で悟りを得ることはできなかったと思い込んでいました。

しかし実際は、『心を無にする』という技術を、ある程度は身につけていたのです。

私はこのことを『檀家の悩みを真剣に聴く』ということで、はっきりと自覚することができたわけです。
おそらく、禅僧の悟りはさまざまでしょうが、私は自分の得たもので十分に満足しています。

そして今後は、それをより大きく育てていきたいと考えています」

 

彼は今でも毎日、座禅を組み、修行に努めている。

十分に満足している、というのは謙であろう。座禅は、修行者をして大悟に至らしめることを必ずしも保証しないが、脳をアルファ支配、覚醒シータ支配にすることはできるのだ。

そして、このような状態のとき、いわゆる潜在脳力が顕在化するのである。 

 

著者の田中孝顕さんは、瞑想なら長い時間がかかるのだけれども速聴なら短い期間で効果が出るということなのですが、マインドフルネスでも毎日少しずつでも続けるとそれなりに効果は実感できるようです。

 

正念练习 – 5 分钟 呼吸冥想
• 找一个舒适的地方,盘腿而坐,腰背挺直,手成杯状放在大腿上,摘下眼镜。闭上
眼睛。
• 感受脚和腿上的感觉,然后依次是:下半身和腹部;胸和背部;肩膀、手臂和手;
颈部、头部和脸部。
• 陷入沉静。因而,倘若感觉身体有不适(如鼻子发痒),要保持静默而非妄动。如
果在冥想的过程中必须活动,则请全神贯注地进行。尽量避免反应式动作。
• 感受呼吸。看看是否能够觉察到鼻孔的气息。凉爽的空气吸入鼻孔。温热的空气呼
出。注意吸气和呼气之间的间隔。你若感觉不到呼吸,则用鼻子来做几次深呼吸。
• 关注呼吸。注意它的起落。
• 当你的思绪徘徊时,慢慢地把注意力带回到呼吸上。无需作出评判。只要注意你徘
徊的思绪,幷把它带回到呼吸上。
• 保持静默幷给自己一些提示,如“回到呼吸”。

 

マインドフルネスの中国語表記は、“正念”“正念冥想”“专念冥想”

 

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現代人の集中力持続は金魚以下!

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今、マインドフルネスを学んでいます。

 

 

マインドフルネスを学び、アドラー心理学を学び、また、心身統一合氣道をまなび、北川八郎さんを学んでいるといくつかのキーワードが浮かんできます。

 

・断食→脳を休める→深い瞑想状態→集中!

・心を静める→集中!

・皮膚感覚→脳にダイレクトに情報が入る→集中!

・マインドフルネス→「いまここ」に意識を向ける→集中!

 

そして、ネットで以下がありました。

自分を受け入れるためのマインドフルネスでも紹介されていました)

 

現代人の集中力持続は金魚以下!IT進化で激減

(このサイトは「嫌われる勇気」の出版社が運営していることにもびっくり!)

 

IT化が進み、情報量が圧倒的に増えた。

加えてスマートフォンを持ち、SNSからの情報が雪崩のように脳を刺激する。

だから、現代人はほとんど集中することができていない。

 

うわの空

 

中文名 心不在焉

读音 xīn bù zài yān

出处 西汉·戴圣《礼记·大学》

注释 心思不在这里,指思想不集中

 

こうなると、「いま、ここ」に集中できなくなり、落ち着きがなく、また、不安に包まれる。

考えなくてもいいことをあれこれ考えてしまう・・・

 

私が感じているストレスはこのせいかもしれないと思うようになりましたが、これって、中国語学習者にもあてはまるのではないでしょうか?

 

集中できていないから、中国語検定のリスニングで思うように点を取ることができない。

集中できていないから、通訳・翻訳が思うようにできない。

 

そうです。

集中できていれば、自分の能力を存分に発揮することができるのです。

 

引き続き、マインドフルネス(Mindfulness)を学びます。

そして、これを取り入れた外国語学習をこころみてみますね。

 

 

冥想的入门你只要看这一篇就够了

 

冥想对于不熟悉它的人来说,是一种近乎于玄学的神秘存在。

冥想并非只是闭着眼盘着腿地坐着放空,通过什么都不想来平静身心。

而是通过更系统化的方式使思维和精神专注于你想要专注的事情。

 

冥想的方式有多种,我们大多数说的冥想,实指正念冥想(Mindfulness)。

引用最早将正念引入医学治疗领域的琼·卡巴特·金博士的的观点来讲,正念就是:“在现实此刻,应尽可能地采取非反应、非判断和全心开放的方法全心投入。” 

用白话来理解就是全情专注于此时此刻,不要纠结过去,不要预想未来,不要对你脑袋里的想法做出反应,不要去判断任何想法任何事,同时释放掉体验中的消极,尽可能注入积极成分。

 

随着现在社会的进步与信息量的大量涌入,我们更加难以真正的放松身心的静下来。

冥想这种方式可以很大程度的帮助我们清理思绪,缓解压力和享受放松的快乐。

下面我们就来具体的探讨一下冥想入门的方方面面。

 

情報量が多くなり大量にあふれている状態では、心身を鎮めて本当の意味でリラックスできなくなっているようです。

そして、瞑想。といいますが、仏教の座禅や立禅ではなく、宗教色をなくし、まるでゲームのように楽しむことがいいようです。

 

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小さな言い回しの違い

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外国語に関わっていると、言葉や表現に敏感になります。

渡辺シスターもご自身が英語の通訳・翻訳者なので言葉にとても敏感のようで、次の言葉を紹介されていました。

 

国際会議に出たときのこと。

そして、誰かが意見を述べて、その意見に対して別の人が意見を言おうとする。

その時に、以前なら、

 

You said.(あなたは今こうおっしゃったが)

 

“你刚才说”

 

という言葉で始まる欧州が多かったのが、最近は(と言っても実際にはかなり前のことになりますが)、

 

I heard you say.(わたしはあなたがこう言ったと聞きましたが)

 

“我刚听你说……,但……”

 

という言葉が使われるようになったとのことです。

 

そして、この小さな言い回しの違いに注目され、これを例えばお嫁さんとお姑さんの関係でもこの小さな言い回しの違いを使うと人間関係が円滑になるとおっしゃっています。

 

「お姑(かあ)さま、あなたはこうおっしゃいましたが」という感覚でお姑さんとけんかするのではなくて、「お姑さまがおっしゃったのは、こういうふうに理解してよろしんでしょうか」という含みを持った相手との人間関係ということです。

「ひと」として大切なこと P153)

 

比如和妈妈对话,我们不应说“妈妈,您刚这么说了”等带吵架倾向的话,而应说“刚才妈妈您说的话,我可以这么理解吗”等含有进退余地的话。这样我们就能维持与对方的人际关系。

 

この「小さな言い回しの違い」。

“措辞上有点小变化”

相手への思いやりがあふれるいい表現だと思いました。

 

英語や中国語は日本語に比べて直接思いを伝えようとする言語だと思うのですが、その中でも、人にやさしい、争いを避ける方向に進んでいるようで何かほっとしました。

 

 

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”翻訳は創造的表現”

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今の仕事は中国からの研修生が帰国したので翻訳がメインです。

 

通信制で一緒にアドラー心理学を学んでいる方もそうですが、翻訳家を目指している方もおられると思いますが、私なりに思うことは、

 

・翻訳は(通訳もそうですが)言葉の置き換えではない。

 

ということです。

 

中国語は漢字を使っていることもあり、技術文書などは一括置換機能を使って単語を一括して翻訳(というか単語の置き換え)をすることもあるのですが、これは「作業」であって「翻訳」ではないように思います。

 

「翻訳は新しく創造すること」

 

「翻訳はアート」

 

色々な表現がありますし、英語翻訳の世界では良著も多いのでとてもに参考になります。

 

 

そんな中で、ネットで見つけたのが栗宇美帆さんです。

 

翻訳者は作家。

 

私もそう思います。

(特許翻訳は単語の置き換えなのかもしれませんが)

 

栗宇さんのブログには以下の表現があります。

 

私は翻訳者は
作家が自分の言語で文章にした概念を
作家の言葉を通じて繋がり
同じ概念を別の言語で表現するのが
翻訳だと思っています。

 

私が思う翻訳者というのは、

 

作家が自分の言葉で文章にした表現を

表面的な単語や表現だけでなく

「何が伝えたいのか」をできるだけ正しく理解し

その「作家が伝えたいこと」を別の言葉で表現するのが

 

翻訳だと思っています。

 

外国語学習者はアスリート?

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世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる

 

の著者、久賀谷 亮さんが、ネットでコラムを書いています。

 

「瞑想」で成績アップ!?「集中力のある子」を育てる「脳の休ませ方」とは?

 

そこに以下の表現があります。

 

アスリートの世界というのは、やはり技術的な部分以前に、集中力やメンタルのコントロールが重要です。

 

そう言えば、心身統一合氣道会の宗主、藤平光一氏は、、王貞治氏や長嶋茂雄氏、榎本喜八氏 広岡達朗氏を指導したといいますが、身体と心。ともに鍛えることが大切のようです。

 

中国語や英語などの外国語学習者も、アスリートと同じなのではないでしょうか?

 

外国語を学ぶことをよく、水泳を学ぶ、あるいは自転車に乗ることができるようになることに譬えられます。

 

水泳や自転車は、机に座って授業を聞く、それだけではできるようにはなりません。

実際に身体を動かして、痛い思いもして初めてできるようになります。

 

このとき、やみくもにただやればいいのかというとそうではないと思います。

 

理論は理論としてしっかり学び、それをもとに、頭を使いながら(考えながら)実践していく。

バランスをとった学び、練習、稽古が大切のような気がします。

 

思えば、桂枝雀師匠の、

 

枝雀のアクション英語高座―英語落語を楽しんで英会話が身につく本

 

で、アクション(実際に身体を動かしながら英会話をトレーニングする)ということは心と身体を同時に鍛えることだと思いますし、

 

なんで英語やるの

 

の中津燎子さんが英会話のトレーニングに運動を取り入れたのも心と身体の両方を鍛えることが外国語習得に必要、あるいは効果的だからでしょう。

 

心身統一。

 

中国語にしても英語にしても、瞑想(というよりマインドフルネス。中国語では“正念”をすることで効果的にマスターできるのかもしれません。

 

正念的定义
  
正念指的是当下能够清楚地觉知目标,而不纯粹只是回忆过去。

目前,普遍公认的是卡巴特-津恩(Kabat-Zinn)给出的定义:“正念是以一种特定的方式来觉察,即有意识地觉察(On Purpose)、活在当下(In the Present Moment)及不做判断(Nonjudgementally)” 。

正念定义中通常包含以下几个概念:将注意力维持在当下, 意识到当下正在发生什么并采取一种接纳但不做评判的态度。

 

・アスリート:运动员