地球環境に争い、責めることではなく 共に気づき 思いやって栄える法がある。

 

これってアドラーの言う、共同体感覚のような気がします。

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考えるということ

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を読み、冠光流柔術を学び始め、同じ著者の『合気修得への道』を読みました。

 

この著者は数学者です。

この本の第二章 数学の研究と合気修得に明け暮れた日々に「寝ても覚めても数学の日々」というのがあるのですが(P79)そこに次の言葉が紹介されています。

 

「数学というものは考え続けて考え続けてやっても、それでもできるかどうかわからない。自分の命を削ってやるものだ」

 

「朝起きて今日一日、さあ数学をやるぞなんて思っているようじゃとてもものにならない」

 

と師に言われ、

 

「数学をやりながらいつの間にか眠り、朝起きた時に自然に数学の世界にひたっている。どのくらいひたれるかが勝負の分かれ目だ」

 

ということだそうです。

 

武術ならいざしらず、数学の世界も命がけ、勝負なのですね。

そして我が身を振り返ってみると、中国語に関して、大学で何が何でも身につけようとしていたときには、

 

「中国語をやりながらいつの間にか眠り、朝起きた時に自然に中国語の世界にひたっている。」

 

状況に近かったと思います。

さらには中国で働いていて、中国人と中国語で交渉などをしているときには寝言でも中国語で言っていたといいます。

 

中国語を本当に身につけようとしたら、やはり中国語の世界にひたる必要があるのでしょうね。

 

そして、中国語を教える。ということについては、まだまだひたっている状態には程遠い。

どうやら中国語を教える。というのは私に与えられた役割ではないようです。

もっとも、いつも中国語に接するようにしていますし、また、日本語が母語の方がどうやったら効果的に中国語ができるようになるかについて人より考えているので、いくつかのヒントは気付きます。

 

これからもあくまでも私個人の感覚ですが、気づいたことはご紹介したいと思います。

 

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「透明な力」という本があります。

 

ある武術家のことを書いているのですが、中国語を学ぶ、いえ、あらゆるものを学ぶ時に参考になる言葉が多いのです。

 

 

文庫本のP91に次の言葉があります。

 

ニ、修行論

自得について

 

いくら教えても習っただけのものはすぐ忘れてしまうのだ。

しかし、自得したものは決して忘れず自分のものとなる。

要するに、教えるということはヒントを与えるのに過ぎない。

自得しなくてはならない。

 

この十数年、中国語を教えてきて思うのは最終的には;

 

「教えるということはヒントを与えるのに過ぎない」

 

ということなのかもしれないと思います。

最終的には「自得」しないことには自分のものとならず、すぐに忘れてしまうのでしょう。

 

中国語にかぎらずあらゆる物事の上達方法は、「自得」しなければだめで、そのためには;

 

「いろいろ考え工夫するというのが、一般的に上達する方法でしょう」

(P66)

 

「教えてもらおう」としている時点でもう人に頼ってしまうので上達しにくくなっているのかもしれません。

 

中国語は外国語は武術のように深いものではないかもしれませんが、それでもこのように考えることで上達する。そう思う今日このごろです。

 

そしてもう一つヒントになるのが次の言葉です。

 

「人が強くしてくれるのではない。自分の工夫と鍛錬で強くなっていく」

(P81)

 

これを外国語学習にあてはめると;

 

「先生が中国語をできるようにしれくれるのではない。自分の工夫と学習でできるようになっていく」

 

どうやったらいいのか自分で考えること。このことこそが中国語学習のコツなのかも知れません。

 

 

透明な力透明な力
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・ヒント。

提示 ピンイン tíshì

契机,线索

启示,启发

暗示

示意、秘诀

 

ヒントを得た.
得到启发  - 白水社 中国語辞典

 

英語を学ぶヒント
学习英语的提示  - 中国語会話例文集

 

君にひとつヒントをあげよう.
我给你提个醒儿。  - 白水社 中国語辞典

 

 

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「ゾーン」体験

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最近、また本を読んでいます。

 

考えないことで書いたYoutubeがきっかけで、これまでの人生で出逢った;

 

・柔道。

・空手。

・仏教。

・中国語。

・斎藤一人。

・小林正観。

・中村天風。

・アドラー心理学。
・北川八郎。

・・・・・・

 

などが一つのつながりを持っているように思うようになっています。

そして、また新しい出逢いがあったのですが、それは

 

 

Youtubeで言われている「0.5秒」のことが書いてあるといいます。

そして、このことを調べる途中で出逢ったのが、

 

「ゾーン」体験

 

です。

 

【黒子のバスケ】で話題の超集中状態「ゾーン」を体験する方法

ボールが止まって見える 究極の集中状態【ゾーン】

 

に詳しいのですが、最近では松岡修造さんが言っているようですね。

 

この「ゾーン」状態が中国語を話す、特に通訳しているときにこの状態なのではないかと思うようになりました。

 

スポーツの世界でよく言われる「ゾーン」は高度に集中して短い時間。だといいますが、外国語の場合、「考えることなく」「勝手に口から外国語が出て来る」状態が続き、そして、その状態になると「先読み」というか「0.5秒」前に事がわかり、直ぐに反応できるのではないか。

 

「ゾーン」の中国語は;

 

“心流理论”

 

のようです。

 

心流(英语:Flow),也有别名以化境(Zone)表示,亦有人翻译为神驰状态,定义是一种将个人精神力完全投注在某种活动上的感觉;心流产生时同时会有高度的兴奋及充实感。

 

昔、何かの武道の本で見た、

 

「ちょうどコマが急速に回っているように、一見すると止まっているように見えるけれど、実は猛スピードで回っている(=精神集中している)状態」

 

「数多くの反復訓練をした結果、身体が頭で考えることなく、反射的に動いている状態」

 

「大脳皮質ではなく、脳幹とかが働いている状態」

 

「勘が働いている状態」

 

この「勘」ですが、女性の方が男性より勘が働くようですが、通訳も女性の方が向いていると思います。

(男性なら女性的な人)

 

この「勘」は中国語で;

 

直觉,灵感,直感,第六感

 

これらを働かせることが「ゾーン」体験することであり、外国語を話す、聴く、通訳する。時にも有効のような気がする今日このごろです。

 

 

リスニングは音楽を楽しむように!

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考えないこと」で出逢ってから、保江邦夫さんを追いかけています。

 

「菊と刀」ではなく「脳と刀」を読み終えたのですが、この本の最後に、脳科学者の大谷悟さんとの対談があり、その中で次の表現があるのです。

 

音楽というのは聴いている時点では音楽になっていない。

 

耳に入ってくる信号は一つ一つの音符としての振動。

これだけではただの「音」ですが、それを「音楽」として聴くには一つ一つの「音」ではなくそれを「流れ」として聴く必要がある。私はそういう意味にとりました。

そして、外国語のリスニングについて思ったのです。

 

リスニングが苦手な人は、一つ一つ「音」を聴き取ることに集中しているのではないか。

完璧主義というか、論理的というか、一つ一つの「音」をしっかり、そして正しく聴き取ろうとするあまり、全体としての「何を伝えたいのか」という月よりも、一つ一つの「音」である単語に集中しているのではないかと。

 

外国語を話す。ということもそうなのかもしれません。

 

一つ一つの単語にこだわることなく、全体の流れとして自分が伝えたい事を伝える。ということを意識すればいいのに、一つ一つの単語にこだわってしまうから話せなくなる。

 

木を見て森を見ず。

 

◎ 只见树木,不见森林 zhǐ jiàn shùmù,bù jiàn sēnlín
[fail to see the wood for the trees] 比喻只看到个别的事物,看不到整体

 

いかがでしょうか?